mission7-20 骸装アキレウスVER.1



 ユナはすぐさまクレイオの歌を唱えた。




慈しみたまえ ゆらゆら煌めく命の

消し去りたまえ 憂い悲しむ罪咎つみとが

我一心に祈らん 御心みこころの慰みに任せて




 リュウの背中を薄桃色の光が包み込み、みるみるうちに傷口を塞いでいく。


「ごめん、リュウ……私が気をつけていれば……!」


「そんなのは今はいい。それより何なんだこいつは。気配は感じたが一歩出遅れた……こいつ、人間の動きとは思えない」


 リュウは体勢を整えて襲撃者に向き直る。


 まるで黒い骨をつなぎ合わせたかのような、ゴツゴツとした無機質な鎧。そして右手に握る、銀の刀身を赤い血で濡らしたサーベル。


 間違いない。ユナは確信する。キッシュの工場・ヌスタルトで見たものと同じだ。


骸装がいそうアキレウス……まさか、こんなところで」


「知っているのか」


「うん、以前キッシュで見たの……ヴァルトロの新兵器で、破壊の眷属の残骸で作られた鎧……!」


「チッ。ヴァルトロの奴ら、そんな趣味の悪いことに手を出していたのか。その時は戦ったのか?」


「戦ったというか、無力化したんだ。確か強力な鎧だから無意識状態の人に着せて、他の人が操らないと動かなかったはず。肩甲骨の間あたりに他の人が操作するためのコントローラの受信機があって——」


 ユナは途中で言葉を失った。


 目の前に立っている鎧が、顔まで覆う兜を脱ぎ捨てたのだ。そこに現れたのは、余裕げな笑みをたたえる若い男の表情だった。


「ははは、プロトタイプと一緒にしないでほしいな。これはね、キリ様に特別に使わせていただいているVER.1バージョンワンだよ」


「VER.1……!?」


 男は返事の代わりににやりと口角を吊り上げたかと思うと、ぐっと体勢を低くして天井すれすれの高さまで跳躍した。勢いをつけて斬りかかってくる気だ。


「リュウ、来るよ!」


「言われなくても……!」


 鎧の男の視線はリュウに向けられていた。ユナが先ほどの切り傷を回復させたのは目の前で見ているはずだが、それでも標的はユナではなくリュウに定めているらしい。まるで二人を止めることよりも、戦いを楽しむこと自体が目的のように。


(それなら補助に専念できる……!)


 ユナは腕輪の神器を円月輪の形状に変え、リュウの周囲めがけて放り投げる。円月輪は薄桃色のベールを伴ってリュウのそばを一周。カリオペの守護の力をまとわせたのだ。


 風を切る音がして、鎧の男はリュウ目がけて急速に落下。リュウは後頭部のかんざしを外すと、棍の形にして鎧の男のサーベルを受け止めた。金属と金属がぶつかり合う耳障りな音が響く。


「なんだ、てっきり素手かと思ったら武器も使うんだね」


 鎧の男はバックステップで一旦リュウから退き、相変わらずのん気な口調でそう言った。


「あなたは一体……それに、意識が……?」


 ユナの問いかけに、男は「はん」と鼻で笑った。


「無意識下じゃないとこの鎧を制御できないのは神通力の低い一般人だけさ! 俺みたいに、キリ様直下の特殊部隊はできが違うってわけ!」


 男はサーベルを振り上げてリュウに斬りかかる。目にも留まらぬ速さだ。棍で受け止めるので精一杯なのか、リュウは防戦一方になってしまっている。


 ユナは歌でサポートしながら鎧の男の動きに目を凝らしていた。


 キッシュの時と変わらない人間離れした動きだが、確かに背中には受信機が見当たらない。前回対峙した時は受信機を破壊すれば無力化できただけに、敵の弱点がわからない今は圧倒的に不利だ。


(『鎧が制御できないのは神通力の低い一般人だけ』……ってことは、神通力が何か関係あるの……?)


 手がかりは男が先ほど自分で言ったことだけだった。


 裏を返せば、神通力があれば鎧を制御できるということだ。鎧の材料は破壊の眷属の残骸。破壊の眷属は、破壊神の使い魔のこと。たとえ残骸といえど、そのかけらに宿る神通力は高いはず。


 ユナは必死に以前ヌスタルトで見た設計図の記憶を探る。




——強力すぎる鎧ゆえ、使用者が常人の場合ほぼ確実に拒絶反応が発生、つなぎとして使用している黒流石が離散する——




(そうだ、『拒絶反応』だ)


 それを引き起こさないように制御するのが神通力だとしたら。


(あの人と鎧が保っている神通力のバランスを崩せば……!)


 ユナは再び円月輪を構え、頭の中でミューズ神の一人であるメルポメネを呼び出した。


(メルポメネ、あなたの歌であの人の神通力を抑えることはできる?)


 すると、ぼそぼそと暗い声音が返ってくる。

 

“できなくはないと思う……けど”


(なら力を貸して!)


“はぁ……上手くいかなくっても怒らないでね……”


 ユナの円月輪が薄桃色の光を帯びる。メルポメネの歌の力は『脱力』だ。これを男に命中させることで、彼の神通力を抑え鎧の制御を弱める。だが——


「おや? お嬢さんも戦いに加わるんなら、容赦しないよ!」


 ユナが武器を構えて狙っているのをいち早く察知したのか、男はユナの方に向きを変えてサーベルを振り上げる。


 リュウがすぐさまその間に入り、鬼人化させた腕で棍を支えてサーベルの刃を受け止める。男は口笛一つ吹いて一歩退く。


「ま、別にどっちがかかってきてもいいんだよ。せっかくアキレウスを試着させてもらえることになったんだ、存分に戦いを楽しませてくれるならなんだって大歓迎さ!」


 そう言って男は増幅器の前に戻り、力を抜いた様子で楽にサーベルを構えている。こちらが向かっていくのを待っているかのようだ。


 ユナの前に立っていたリュウは、ユナに向かって下がるよう合図する。


「このままじゃケリがつかない。今からトールの力を解放して、一気に決める。巻き込まれない距離まで下がってろ」


「でも、トールの力を使ったらリュウの体力は……!」


 リュウは神石の力を使いこなせていない分、トールの力を扱うときは自らの身体を鬼人化で守りながら全身に雷をまとって戦う。鬼人化も神石の力もどちらも体力を使う行動だというのに、その両方を同時に使ったらこの後何かあった時に太刀打ちできる体力は残らないだろう。


(そんなこと、望んでないでしょ……!?)


 工場の最奥部に進んで、シアンを救出する。それがリュウの一番の目的だ。それを成せるだけの体力は残しておきたいはず。


 かといって自分に何ができるだろうか。リュウのように鎧に対抗できる強い力があるわけでもないし、メルポメネの力で敵の弱体化を狙おうとすると気づかれて妨害されてしまう。


(何か、他の手段は……)


 その時、ふとユナの頭の中にある歌が浮かんだ。


「待って、私にやらせてほしいことがあるの」




法螺貝ほらがいを吹け 勝ちどきを上げろ

銅鑼どらを叩いて

大地震撼のごとく足音を踏み鳴らせ




 ユナが歌ったのは、メルポメネとは逆に力を引き出すタレイアの歌。リュウは身体の端々にまで力が行き渡ってくるのを感じながら、鎧の男に向かって突進していく。


「おお? さっきより拳の重みが違うじゃないか! ……でも!」


 鎧の男にはあっけなく弾き返される。


「もう一度!」


 ユナは再び神器に手をかざし、タレイアの歌を口ずさむ。


 鎧の男は余裕げに笑っていた。


「ああ、そうだそうだ、せめてアキレウスと渡り合えるくらいには強化してくれないと……ん!?」


 男はすぐ異変に気付いた。薄桃色の光が包んでいたのはリュウではなかった。自分が着ている鎧の方だったのだ。


「ぐ……待て、どういうことだ……制御が、効かないッ……!」


 男はうめき声をあげてその場に這いつくばった。額から汗が滝のように溢れ出し、鎧を脱ごうと必死にもがき出す。


「まさ、か……拒絶反応か……!? そんな、俺は制御を続けていたはずじゃ……」


 男がうずくまっている間に、リュウとユナは増幅器の目の前まで進んでいた。


「私の歌で鎧の力を強化したんです。だから、あなたの神通力じゃ足りなくなってしまった」


「何、だと……!?」


 先ほどまでの余裕が信じられないくらい、男の顔は青ざめている。リュウはそんな彼に向かって拳を高く振り上げた。


「そういうわけだ。大人しく寝ていろ!」






 意識を失うと拒絶反応は収まるらしい。リュウに殴られて気絶したヴァルトロ兵の表情には、もう苦しんでいる様子はない。


「なかなかやるな、ユナ」


 リュウにそう言われ、ユナは顔を赤らめながら首を横に振った。


「ううん、それはお互い様だよ。そもそも最初に庇ってもらっちゃったしね」


「いや、今回お前がいなかったら俺はここで体力を使い切ってしまっていただろう。感謝する」


 リュウがすっと頭を下げてきて、ユナは恐れ多くてすぐに顔を上げさせようとする。


 リュウとはヤオ村に入る前に出会ってからというもの、戦闘に積極的でないユナはあまり彼によく思われていないような気がしていた。実際どう思っているのか分からないが——おそらくそんなに深く考えるような男ではないというのが正解に近い気もする——、ようやく仲間として認めてもらえたということなのかもしれない。


 ユナはカリオペに呼びかけ、ルカに合図を出してもらうように伝えた。あとは目の前の増幅器にココットアニスのエキスをかけるだけだ。


「それよりアイラたち、大丈夫かな……」



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