mission7-19 北の増幅器
リュウとユナは、ジョーヌとアイラの二人よりも先に地下倉庫の天井の穴を抜けて一階に出て、二階北端にある増幅器を目指すことになっていた。
一階にはベルトコンベアが四ライン並んでいて、それぞれ工程別に小豆色の箱型の装置が均等に並んでいる。
ジョーヌの話によると、この工場では携帯型の増幅器を作っているのだという。自分たちがこれから止めようとしているのも同様の型になっているようだ。そんなものを大量に作ってどうするのか……ヒュプノスの樹海の力を知ってしまった今では、想像するだけで恐ろしい。
もしも増幅器がこの工場を起点に各地に設置されてしまったら?
もしもヒュプノスの樹海の本体ごと、これから起ころうとしている戦場に持ち込むつもりだったら?
多くの人々と眷属たちの意思が奪われて、ヴァルトロの思いのままに操られてしまう。それはまるで、ただひたすら破壊と殺戮を行う破壊神のように。
考え込んでいたユナは、ふとリュウと距離が開いていたことに気づく。すぐ目の前にあると思っていた背中がずんずんとユナを置いて進んでいた。歩くのが速いとか、そういうことではない。リュウは地下倉庫を出た時から一度もユナの方を振り返っていないのだ。
「あの……」
ユナは恐る恐る声をかけてみたが、リュウは気づいていないようだった。小走りで彼を追う。
「リュウ、ちょっと待って!」
追いついて、リュウの上衣の裾を掴んだ。そこでようやく彼はユナの方を見た。なぜユナが呼び止めたのか理解できないという顔だ。
「そっち……北じゃなくて南だよ……」
ユナがそう言うと、リュウは眉をひそめた。だが、確かに彼が進もうとしていたのは北側ではなく南側だ。さすがにその間違いを理解できないわけではない。やがてリュウは小さくため息を吐いた。
「……すまん。いつも道案内はサンド三号の役目なんだ。今はあいつがいないんだったな」
普段無表情に近いリュウの顔は、あからさまに落胆しているように見えた。
(そうなるのも、仕方ないよね……)
リュウの想いを想像してみて、ユナの胸はちくりと痛む。
シアンが目の前で捕まって、サンド三号も操られて、リュウにとっては一番親しい人たちが敵に奪われたのである。表には出していないが、そこには怒りや悲しみ、色んな感情が渦巻いているに違いない。
「シアンさんやサンド三号のためにも、早く増幅器を見つけて止めよう。そうすればきっと助けられるから」
励ますつもりでユナはそう言ったが、リュウは首を横に振った。
「それはあの男……ジョーヌの考えた作戦だろう。俺じゃない」
「それは、そうだけど……」
「何とかしたいと思っても、俺には何もできていない。俺には、自分の師匠を助ける力もないんだ」
「そんな……」
ユナは言葉に詰まる。リュウの抱えているものに対して、彼女は答えを持たなかった。
自分の非力さについては、ユナが一番身に染みて感じていることだった。大切なものが危機にさらされた時、自分一人でなんとかできたことなんて一度もない。いつも誰かに助けてもらっていた。
飛空挺でキリに追い詰められた時も、スウェント坑道でゴーレムに襲われた時も。
ユナは自嘲気味に笑う。
「私も一緒。私にできたのは、誰かに『助けて』って言うことだけだったよ。私は弱いから、そうするしかできないんだ。……でもさ」
「……」
「リュウは私と違って強いけど……だからこそ、たまには『助けて』って言ってみてもいいんじゃないかな。ブラック・クロスの人たちは、弱みがあったら見捨てるような人じゃない。むしろ、助けてくれる人たちだもんね。もちろん、私だって仲間が困っている時は助けてあげたいと思っているよ」
リュウはしばらく黙って立ち止まっていた。
怒らせてしまっただろうか。また余計なことを言ったのかもしれない。ユナはだんだん不安になってきて、恐る恐るリュウの顔を覗き込む。
すると、リュウは急に両手を挙げたかと思うと赤く鬼人化させた状態で自分の頬を強く叩いた。
バチンッ!
激しい音が響き、ユナは思わず肩をびくつかせる。
リュウはゆっくりと顔を上げた。両頬は赤く腫れ上がってしまっているが、その表情はどこか憑き物が落ちたかのようにすっきりとして見えた。
「助けてくれ、ユナ。俺一人じゃ増幅器にたどり着けるかさえ怪しい。シアンを救うために、力を貸してくれ」
リュウの顔は自分で叩いた場所以外も赤く染まっているように見えた。彼にとってはきっとむず痒い言葉なのだろう。不器用なリュウの必死のごまかしに、ユナはふっと笑って答えた。
「うん。初めからそのつもりだよ」
ジョーヌの地図を頭で描きながら、ユナたちは工場の中を慎重に進んでいた。
北端の増幅器の場所に向かうには、一階のベルトコンベアエリアを抜けて二階につながる昇降機に乗り込む。二階は北エリアと南エリアに分かれているので、方向を間違えるのは致命的だ。引き返している間に作戦のタイミングを逃してしまう。
一階は地下とは違ってヒュプノスの樹海の催眠をかけられている人々はいないようだったが、ベルトコンベアのそばには監視用ロボットが配備されていて、一定距離内に近づくと襲いかかってくる仕組みだった。なるべくロボットに気づかれないよう、検知範囲を見極めて慎重に進んでいく。
「別にこんな面倒なことをしなくても、一体一体相手をしてやる」
リュウはそう言ったが、ユナはそれを引き止めた。
「そんなことをしたら騒ぎになってキリに見つかっちゃうよ。なるべく気づかれないように、増幅器のところまで行こう」
それでもたまに見回りに来ているヴァルトロ兵に鉢合わせることもあった。そういう場合はユナのポリュムニアの歌で眠らせて突破する。
敵と戦った方が効率がいいと思っているリュウはそわそわと落ち着かない様子であったが、ユナを頼ると決めた以上は勝手な行動を取ることもなかった。
なんとか敵の目をくぐり抜けて、二人は二階・北エリアにつながる昇降機に乗り込んだ。ここまでは順調だ。
二階部分はフロアになっているのではなく、一階から見て天井に設置されている工場機械の整備用にフレームが組まれた簡易な作りとなっている。ゆえに隙間が多いので、ユナたちは踏み外さないように慎重に進んでいく。
北端にあたる部分には、確かに何やら箱のようなものが置かれていて、それに色とりどりのケーブルが挿されているのが見えた。目の前まで来ると、それが一階のベルトコンベアに並んでいたものとほとんど同じ型であることが分かった。増幅器だ。
「そろそろルカに合図を送るよ」
ユナがそう言って神石に意識を集中した時だった。
「危ない!」
リュウの短い叫びとともに、ユナの身体は押し倒される。ガシャン! すぐ近くでそんな音が響いて、簡素な床が揺れる。ユナはすぐに身体を起こし、自分が先ほどまで立っていた場所を見て息を飲んだ。
ざっくりと背中が裂け、そこから血を流すリュウ。あれは本来ユナが受けるはずだった傷だ。そして二人に襲いかかってきたものの正体は……増幅器を守るかのように立ちはだかる、闇に溶け込むような色をした漆黒の鎧。
キッシュの工場で見た、骸装アキレウスだった。
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