mission7-15 第五工場地下一階




 旧坑道は第五工場のどこかの部屋の通風口と繋がっていた。旧坑道側から通風口の金網を押し開けると、そこは倉庫のような場所になっていた。素人目には何に使われるものなのか分からない金属の機械が整然と並べられている。


 ルカは倉庫の扉を薄く開け、周囲の様子を探る。


 外観を見たときは他の工場に比べて第五工場は一回り小さいように見えたが、実際中に入ってみると奥行きがあって広い。おそらく敷地面積はキッシュの街の工場・ヌスタルトの四倍にはなるだろう。


 どうやら今いる部屋は数多くある地下倉庫のうちの一つのようだ。このフロアは工場の資材を置くための場所になっているらしく、中央部には部屋に入りきらない円柱型の大きな金属塊が並べてあり、数カ所に運搬用の昇降機があるのが見える。


「まだ日中なのに、やけに薄暗いな」


 リュウは目を細めてそう呟いた。


 広い工場内は人気ひとけがなくがらんとしていて、照明も切られている。唯一点灯している赤色の非常灯がかえって不気味な雰囲気を醸し出していた。


「そういえば〈レッド・デビル〉でこんな話を聞いたよね。第五工場で何か実験をやるから、工員はしばらくお休みになったって」


 ヴァルトロ管轄の工場で行われる実験。


 必要とあれば他国の不利益などかえりみないのがヴァルトロのやり方だ。


 酒場での話を聞いてからユナの胸のうちに芽生えていた嫌な予感は、この工場の中に入ってから徐々に大きくなってきていた。


(ヒュプノスの樹や、骸装アキレウス……彼らは一体何のためにあんなものを? それにこの工場では何をする気で……)


 おまけにシアンを始めとする行方不明の人々がこの工場に関わっている可能性を考えると、気が気ではなかった。


「ユナ、大丈夫か?」


 ルカに声をかけられてハッとする。ユナは慌てて顔を上げた。ルカが心配そうにこちらを見ている。


「……うん、平気だよ。分からないことをあれこれ考えたって仕方ないよね。まずはシアンさんを助けないと」


 するとルカはユナの肩を軽く叩いて言った。


「そうだな。こんな暗いとこに閉じ込められてるとしたら、シアンがブチ切れて大暴れするかもしれない。そうなった時のシアンは破壊神なんか敵じゃない気がするね」


 ルカはそう言って怒った時のシアンの真似をしてみせた。まるで獣のようなその仕草にユナは思わず吹き出す。


「シアンさんて、そんな風に怒ったりすることあるの?」


「あるある。前に本部の食堂で、おれとリュウが喧嘩して食堂の皿を割っちゃったことがあってさ。そしたらシアンが怒っておれたちの喧嘩に割って入ったんだ」


 ルカがちらりとリュウの方を見ると、リュウは気まずそうに目をそらす。師匠に叱られたできごとはあまり思い出したくないらしい。


「……けど、おれらを取り押さえようとしたシアンの方が結果的に皿をたくさん割っててさ。そこらじゅう破片まみれで掃除がすげぇ大変なのに、シアンはノワールに注意されたことに落ち込んでて何もやってくれなかったっていうね。あんなのは二度とごめんだよ」


 ルカの言葉にリュウは何度も縦に頷いた。その時の本部はよほど悲惨な状態になっていたということなのだろう。


 ユナはふと気づく。ルカの話を聞いているうちに、自分の気持ちが少し軽くなっているような気がしたのだ。別に一人で思い悩む必要はない。コーラントの時は一人だったが、今は隣に仲間がいる。


(……ありがとう、ルカ)






 一行は地下倉庫を出て、なるべく物陰に隠れるような道を探しながら歩く。ここは敵陣。一体どこに監視の目があるかも分からない。ヌスタルトの時のように、いきなり敵襲を受ける可能性だってある。ルカたちはいつでも応戦できる状態を保ちつつ、まずは上層を目指すことにした。


「それにしてもなんか甘い匂いしない? ここに出てきてからずっと、砂糖を溶かしたみたいな匂いがするんだけど」


 先頭を歩くルカは、確かに先ほどからずっとすんすんと鼻を鳴らしている。だが他の三人にはルカの言う甘い匂いなど感じられなかった。するとしたら、金属とかオイルのような工場らしい匂いくらいだ。


「気のせいじゃない? きっと地下水路に入った時の臭さで鼻がおかしくなったのよ」


「そうなのかなぁ。一瞬お菓子でも作ってんのかなと思ったのに」


「こんな物々しいところがお菓子工場なはずないでしょ」


 アイラは呆れて言ったが、それでもルカは腑に落ちないようだった。「おかしいなぁ」とブツブツ言いながら周囲を見渡すも、確かにその匂いの源泉となるようなものは見つからない。


「匂いなんて今はどうでもいいだろう。シアンの居場所を探るのが先だ」


 リュウは背負っているバッグからサンド三号を取り出す。シアンの神通力によって付喪神の眷属となったサンドシリーズなら主人の居場所が分かるかもしれないと考えたのだ。ヴェリール大陸に上陸してすぐの時は距離が遠すぎて分からなかったらしいが、もしこの工場内にいるのならさすがに察知できるだろう。リュウはサンド三号を軽く小突いて起動させる。


 だが、違和感があった。


 いつもならサンドシリーズから湧き上がる白煙が、今は小豆色に染まっている。


 いつもなら小うるさいサンド三号が、起動後に沈黙したまま宙に浮いている。


 嫌な予感が、膨れ上がる。


「リュウ、伏せて!」


 ユナはとっさに叫んだ。


 反射的にリュウは体勢を低くする。


 次の瞬間には、先ほどまでリュウの頭があった場所を、桃色のネコ型のぬいぐるみのつぎはぎの拳が彷徨っていた。


「……どういうつもりだ、サンド三号」


 リュウは低い声で尋ねた。だがサンド三号は何も答えない。


 やがて周囲で物音がして、ルカたちは身構えた。ぞろぞろと物陰から姿を現わす、背格好ばらばらの人々。いつの間にか囲まれていたらしい。彼らは何も言わないが、敵意が向けられているのはひしひしと感じられた。


「ねえ、もしかしてあの人……」


 ユナはそのうちの一人を見て呟く。角張った顔の輪郭に、窪んだ目から虚ろな視線を向けてくる男。その特徴的な顔をルカたちはよく覚えていた。ジョーヌの雑誌に載っていた、行方不明者の一人。


「まさか、これ全員……!」


 雑誌に載っていた人数は十三人。今自分たちを取り囲んでいる人数も、十三人。雑誌に描かれていた似顔絵と照らし合わせてみても、間違いない。


 今ルカたちを取り囲んでいるのは、ガルダストリアで行方不明になっていた人々であった。



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