mission7-14 地下水路潜入



「うわ、くっさ……」


 第四工場の裏に回り、工業廃水を流す地下水路に繋がるマンホールを見つけたルカたちであったが、マンホールを開けてすぐに湧き出してきた臭気の強さに顔をしかめる。腐った泥とガスの混ざったような臭いだ。


 ルカは鼻をつまみながら中を覗いてみたが、暗くて何も見えない。


「中の様子は実際に入ってみないと分からないな……ユナ、リュウ、頼める?」


 ユナは頷き、カリオペの歌を口ずさんだ。四人の身体を温かな加護のべールが包む。


 ルカがポーチから取り出した空き瓶をリュウに手渡すと、リュウはその瓶の中に思い切り息を吹きこんだ。彼の後頭部にあるかんざしの先端の石が萌黄色に輝き、瓶の中に小さな光が生まれる。雷神トールの力によって生み出された電気の塊だ。


「よし。それじゃあ行ってみますか!」


 ルカはその瓶を受け取って蓋をすると、梯子を伝って地下水路の中へと降りていく。カリオペのベールのおかげで先ほどの臭気に悩むことはない。電気の入った瓶をかざすと、水路の様子が見えてきた。ルカが今降りている梯子の下には一人分の幅の狭い通路があり、その脇にどんよりと黒く濁った廃水が流れているようだ。


 とりあえず足場は問題ない。ルカは上にいる三人に合図した。リュウ、ユナ、アイラが順番に降りてくる。


 アイラは砂漠の神・セトの力で小さな砂のツチブタを作ると、一行の先頭に立たせた。こうしていれば、通路の先に何かあったとしてもツチブタを通じて察知することができる。


「慎重に進んでいきましょう。何があるか分からないから」


 ツチブタがトコトコと進み始めると、ルカたちは普段よりも歩調を落としてその後をついていった。


 水路の中はしんとしていて、自分たちの足音や息遣い以外にほとんど音がしない。人気ひとけがないとはいえ、この水路自体は最近整備されたような印象を受けた。老朽化度合いからして、地上で見た第四工場の状態とさほど変わらない。むしろ外気にさらされていない分、廃水の周囲を除けばこちらの水路の方が綺麗な状態のまま維持されていると言っても間違いではないだろう。


 ルカたちは第五工場のある東側へと進み続ける。やがて整備されていた水路の幅がだんだんと狭くなり、ついには行き止まりになった。


 左手には工場からの排水管があり、水はそこから出ていたようだ。正面には鉄格子があり、その先は整備されていない、土がむき出しの道になっている。ユナの頭にはキッシュに向かう際に通ったスウェント坑道の絵が浮かんだ。雰囲気がよく似ている。この道がおそらく警備員の話していた旧坑道なのだろう。


 ルカは鉄格子の錠前に手を伸ばした。古い坑道に比べてその鍵はやけに真新しい。


「あれ? この鍵、思ってたより簡単な作りみたいだな……」


 ポーチから針金を取り出して、カチャカチャといじってみる。すると予想通りすぐに錠が外れた。


「なんだ、やたらと警備の甘い——」


 リュウがそう言いかけた時だった。


 急に鉄格子の向こうからズズズズズという地響きが鳴り始め、砂埃が舞い立つ。音はだんだんこちらへと近づいてくる。


「……まさか」


 ルカたちは息を飲み、その場に構えた。


「グオオオオォォォォォオオオオ!!」


 耳をつんざくような叫び声とともに砂埃の向こう側から姿を現したのは、干からびた人間のような形をした破壊の眷属たち。どうやら鉄格子の向こう側の地面の中に潜んでいたらしい。


(けどやけにタイミングが良すぎるような……? まるでおれが鍵を開けたのに反応したみたいだ)


 気になることはあるが、今は考え事をしている余裕などない。ルカはちらと後ろを振り返る。これまで通ってきた道は狭い。とてもじゃないが後退しながら四人で戦うのは無理だ。だとしたら、選ぶ道は一つしかない。


「このまま突っ切ろう! おれが切り拓くから!」


 そう言うと同時に、紫色の光が水路を包んだ。ルカは大鎌を振りかざし、湧いて出た破壊の眷属たちに斬りかかっていく。


「援護は私とユナでやるわ。リュウはルカと一緒に!」


 アイラはリュウに指示を出しつつ、自らもすでに神器を構えていた。二丁拳銃から発せられた砂弾が破壊の眷属たちの足元に着弾し、自在に動く砂となって彼らの機動力を奪っていく。


「そういうことなら任せろ」


 そして赤く鬼人化したリュウの腕が、ルカの取りこぼした破壊の眷属たちを確実に仕留めていく。


「ユナ、後押しをお願い」


「うん!」


 ユナは腕輪に手をかざし、眠りの力を持つポリュムニアの歌を歌った。気だるげな旋律は薄桃色の靄となって破壊の眷属たちの身体を包み、動きを鈍らせていく。


「上出来よ! 今のうちに突破しましょう!」


 アイラに手を引かれ、ユナもその場から駆け出した。うずくまっている破壊の眷属たちを乗り越えて、旧坑道の先を目指す。


「こっちだ!」


 先を走っていたルカが二人に向かって手を伸ばす。それを阻むかのように割って入ってきた破壊の眷属が一体。すぐさまリュウの拳が横から命中し、魔物はうめき声をあげて崩れ落ちていく。


 消失していく破壊の眷属の残骸。その断面から発せられる黒い煙の間に小豆あずき色の煙がうっすらと混ざっているのが見えた。


「これってもしかして……」


 気づいたのはユナだけじゃない。アイラにとっても見覚えのある色だ。彼女は苦い顔をして呟いた。「嫌な予感ほど当たるものね」と。



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