mission7-13 北東工業地帯



 ルカたちはメイヤー夫妻のはからいで、ガルダストリア首都から北東工業地帯につながる”ピックアックス・ライン”の乗車券を手に入れ、朝一番の列車に乗り込んだ。


 ”ピックアックス・ライン”という名前は、北東工業地帯が元々ガーライト鉱石を発掘した最初の鉱山地帯であったことに由来する。


 今やその鉱山は掘り尽くし、山を崩して工場の並ぶ土地へと変貌を遂げたというが、列車にはかつて鉱石を運んでいた車両の名残か壁や天井にところどころガーライト鉱石とおなじ赤色の小さな傷がついていた。それは消せないから残っているというよりも、消す必要がないからそのままにしてあるといった様子だ。そもそもこの列車を使うのは首都から工業地帯に働きに出る者たちくらいなので、あまり外面には気を遣っていないのだろう。


 窓の外を眺めているとやがて海が見えてきた。ヴェリール大陸の北側に位置する海だ。他の地域で見た海よりも波が高く、海岸が入り組んでいる。


「北東工業地帯は鉱山に近い分、海運に不向きな土地柄なんじゃよ。海は荒いし、最大の市場であるキッシュの港は大陸に阻まれて遠い。じゃから、かつての北東工業地帯はエルロンドへの輸出品を中心に作っておったらしい。北東工業地帯はエルロンドとの国境付近でもあるからの」


 ホテルを出る前に、メイヤー氏はそう話していた。


「それが今は一部がヴァルトロのための工場になっている、ね。確かに他の工業地帯に比べたら北の海経由で輸送は便利だと思うけど、こんな場所でわざわざ何を作ってるのかしら」


 アイラの問いに答えを持つ者はいない。


 第五工場の情報は現時点でほとんど無いに等しい状態だった。何を作っているかも、どんな経緯で建てられたかも、どれくらいの規模の工場なのかも。


 強いて言うなれば、ジョーヌの記事——ルカたちは許可を得てメイヤーズホテルにあった雑誌を持ってきていた——に書かれている「ヴァルトロ軍に連行されたのち行方不明になっている人」リストのみだ。


 雑誌が発行されたのは二週間ほど前なので、シアンのことはそのリストには載っていない。載っているのは記事の中にあった「キャシーさんの息子」であるサムという青年や、エリア・”オフィス”で詐欺をしていた男、”ストリート”で窃盗を働いた若い女……などタイプは様々である。ガルダストリアの犯罪者の全員がヴァルトロ管轄になるわけではなく、何かしらの法則で選り分けられているのではないか、とジョーヌは記事の中で推測している。


「ヴァルトロ軍の管轄になる人に何か共通点はないのかな?」


 ユナは雑誌に載っている行方不明者たちの似顔絵を何度も見てみたが、共通点は見当たらない。年齢も性別もバラバラで、犯した罪の内容や髪の色・目の色、顔の形など細かく見ていっても特にこれといった傾向があるわけではない。


「にしてもこのサムってやつ、けっこう悪人ヅラしてるなぁ」


 ルカが指差したサムの似顔絵は、確かに顔の骨格がごつくエラ張っていて、突き出た額とは対照的に窪んだ目からじっとりとこちらを睨んでいるようだ。ジョーヌの注釈によると、「顔つきゆえに誤解されやすいが、本来の彼は虫も殺せぬ心優しい青年(キャシーさん談)」らしいが。






『”北東工業地帯”……”北東工業地帯”……』


 列車の中で電子音が響きわたると、周囲に乗っていた乗客たちはぞろぞろと腰を上げ始めた。窓の外を眺めると。まるで森のように工場がいくつも立ち並んでいるのが見えた。そろそろ真昼の頃だが、工場の煙突から出る煙で空は全体的にどんより曇って見える。


「さ、着いたはいいけどここからどうやって第五工場に入るかが問題だな」


 ルカたちは列車を降り、ターミナルの周囲を見渡した。北東工業地帯は話に聞いた通り元鉱山を潰して拓いた人工の盆地になっていて、手前から順に第一工場、第二工場と並んでいるらしい。


 第五工場は一番奥地にあり、その背後には険しい山がそびえている。地図によるとその山の向こうにはもう一つ山があって、二つの山の間に幅の狭い急流が一本ある。その川がガルダストリアと旧エルロンド王国の国境線となっているようだ。


 ルカたちは第五工場の方へと向かう。北東工業地帯を出歩く人々はほとんどが工場勤務なのか作業着を着ていて、旅人然とした格好では明らかに浮いていたのだろう。第二工場の前あたりに差しかかった時、門の警備員が声をかけてきた。


「あんたたち、この辺じゃ見ない顔だな。求職者か? それとも工場見学か?」


 アイラが進み出て答える。


「私たちはガルダストリア七不思議の研究をしていて、第五工場について取材をさせてもらいたくてここまで来たの」


 警備員は疑い深い性格のようで、「ふーん」と言いながらもじろじろとルカたちの格好を見ながら話す。


「つい先日も同じようなことを言ってきた爺さんがいたな。雑誌の取材だとか言っていたっけ」


 ルカたちは顔を見合わせる。おそらくジョーヌのことだろう。


「ねぇ、その人私たちの上司なの。合流したいんだけどどこへ行けばいいかしら?」


 すると警備員は「さぁね」と肩をすくめて言った。


「第五工場は一般公開してないし、報道関係者ならなおさら立ち入り禁止のはずだよ。その爺さんには他に入る方法はないかって聞かれて、昔の坑道の跡を掘り返せば敷地に繋がってるかもしれないとは言ったけど、あれは冗談だし、あんな真っ暗で整備されてない道、どんなに肝試し好きの奴でも逃げ出すって——」


「ありがとう、警備員のおっさん! その方法で試してみるよ!」


「……へ? あれ? おーい、お前たち、ちゃんと俺の話を聞いていたのか? 言っとくが旧坑道には破壊の眷属も出るって噂が……」


 ルカたちはもはや警備員の話など聞いていなかった。


 リュウの持っている古地図——リュウ曰く、七年前から使っているというがおそらく発行日はそれよりさらに前であり、以前ダイアウトになっていたヤオ村を見つけるのに一躍した——には旧坑道の位置がしっかり記されている。


 最近の地図と照らし合わせると、どうやら第四工場の裏にある廃水を流す地下水路が旧坑道と繋がっていて、そこを通れば第五工場の柵を乗り越えずとも敷地内に入れそうだ。


「それにしても、こんな場所を一人で突破しようなんて、ジョーヌってのはずいぶん無茶をする爺さんのようだな」


 そう言うリュウこそ、もともとはヴァルトロ相手に正面突破するつもりだったくせに。アイラもルカもユナも同じことを思ったが、突っ込んでいるときりがない。適当に返して、まずは第四工場裏の地下水路の場所を探ることにした。


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