mission6-45 鬼人族の弱点
「あいつらは一体どこへ行くつもりなんだ?」
ルカが立ち上がって、この場に残ったグエンに尋ねる。
「さぁ? 俺に勝てたら教えてやるよ、ブラック・クロスの坊ちゃん」
そう言って体勢を低く構え、拳を握り締めるグエン。
前方にルカ、後方にアイラにユナと挟まれるようにして立っているが、鬼人族の男は余裕げな表情を少しも崩さない。絶対的な自信。闘技大会の予選ですでにその力をルカたちも目にしていた。準決勝で負けているとはいえ、ターニャがいない今、彼から闘気を奪う者はここにはいない。
「もう一つ聞きたい。あんたは何でターニャについたんだ? あんただけじゃない……ミハエルやエドワーズも」
ルカの問いに、グエンはふんと鼻で笑った。
「……お前、さっき『人の命を奪った分だけ、それ以上に誰かの命を救える人間になる』とか言っていたよな」
「そうだよ」
「キレイゴトだな」
即座に斬り捨てるグエンに、ルカはむっとして言い返す。
「別に何と言われたっていい。実現すればいいだけの話だ」
「はんっ、できるものか。お前は単純な計算ミスをしてるんだ。救うのと殺すのとは……同じ重さじゃないってことをな!」
グエンが石の床を強く蹴った。ひび割れた破片がルカの方めがけて飛んでくる。
ルカは瞬時にクロノスの力を使い、瞬間移動してグエンの背後へと回る。大鎌で斬りかかる——が、グエンは素早く反応し、振り向きざま左腕で大鎌を受け止めた。鬼人族の硬い皮膚は、少しも刃を通さない。グエンの右足がルカに向かって蹴りを繰り出すのが見え、ルカはとっさに後ろに退いた。
その間、ルカと反対側の位置を取っていたアイラがグエンの身体に砂弾を浴びせる。だがやはり大鎌と同じく手ごたえがない。
「ユナ、タレイアの歌を!」
「う、うん!」
ユナの腕輪の黒の十字が弾け、薄桃色の光を帯びた円月輪に変わる。ユナがそれを投げ、円月輪はルカやアイラの周りを旋回。身体中に力が満ちてくる。ルカは強く踏み込んで跳躍し、遠心力をつけてグエンに斬りかかった。だが再び片腕で刃を受け止められ、まるで金属同士がぶつかり合うような音が響く。
「くそっ! これでもダメか!」
「甘い! 甘いぜぇ!」
グエンの身体の周囲に湯気が湧き始めていた。まずい——そう思った時にはすでに彼の拳は振り上げられ、空中にあったルカの顔面に叩き込まれた。
「んぐっ!」
ルカの身体は本棚に叩きつけられ、本棚ごと後ろにひっくり返った。衝撃で本棚の中にあった古い本のページが宙を舞い、埃が沸き立つ。
「ルカ!」
駆け寄ろうとするユナ。
グエンの次の標的は彼女へと変わる。
「ハッハ! 女だろうと容赦しねぇぜ!」
ユナはハッとして振り向く。グエンがまっすぐに自分に向かってくる。
「ユナ、逃げて!」
逃げる? いや、そんな余裕はない。ならばカリオペの歌で守りの力を——いや、さっきタレイアの歌の力を使ったばかりですぐには使えない。ならどうする?
あらゆる考えがほんの一瞬の間に閃光のように駆け巡っていくが、ユナはその場を一歩も動けず、身動きさえ取れなかった。無自覚のうちに恐れが彼女の身体を支配してしまっていたのだ。
「”音速次元”——間に合ええええっ!!」
視界の端に紫色の光が映り、瞬間ユナの身体はその場から突き飛ばされた。ユナがいた場所にはルカがいる。彼の目の前には、赤い拳がすでに迫っていた。
「ルカっ……!!」
すでに頬が火傷のように腫れているルカが、ユナに向かって微笑んだように見えた。だがあの状態でもう一発食らって、無事なはずがない。ユナが悲鳴をあげる——その時だった。
「あかんあかんあかんーーーーっ! ルカ、避けてやぁぁぁぁぁ!!」
場違いな甲高い声と、バチバチという電気の弾ける音。
何かが風を切って突き進んでくる。グエンもそれに気づいたのか、ルカに向けていた拳をひいて脇に避ける。ルカはとっさに首を左に逸らした。
——ドゴンッ!
ルカの顔のすぐ横、壁に突き刺さる萌黄色の電気を帯びた棍と、その先端にくくりつけられたネコ型のぬいぐるみ。ぬいぐるみはぐるんと飛ばされてきた方を振り返り、耳障りな高音で喚いた。
「びぇぇぇぇ! こんのノーコンがぁぁぁぁ! どこ狙っとるんや、アホリュウ!」
ぬいぐるみの視線の先には、額に一角が生えたブラック・クロスの仲間が立っていた。
「コントロールするのはお前の役目だ、サンド三号」
「んなことできるかい! おいらは付喪神の眷属やぞ! 仲間同士の連絡以外にできることなんぞ筋肉バカの道案内くらいやわ! ……あかん、自分で言うてて悲しゅうなってきた……」
しょぼんと肩を落とすサンド三号付きの棍を壁から引き抜き、ルカはそれをリュウに向かって投げる。
「……危うくおれの顔に穴が空きそうになったことは、後でシアンに言いつけてやるからな」
リュウは棍をキャッチすると、きょとんとして首をかしげる。
「ほう、クレイジーの流儀じゃ助けた相手に文句を言うのが礼儀なのか?」
「お前な……!」
ルカは立ち上がりリュウに向かっていこうとするが、グエンがすっとその間に立ちはだかった。まだ戦闘中であることを彼らに思い出させるかのように。
「義賊の仲間か。まぁ何人増えようが変わらねぇが……ん?」
グエンはようやくここに現れたのが自らと同族であることに気づく。皮膚は白く、額の角も一つしかないが、グエンは彼の顔に見覚えがあったのだ。
「お前……もしかして、リュウ・ゲンマか? 修行に耐えきれなくて里を逃げ出した
笑いをこらえるようにして放たれたグエンのその言葉に、リュウの眉間には深い皺が刻まれる。
「あれは修行じゃなくて、お前たちが俺を標的にいじめをしていただけだろう。本当の修行が何であるかは俺の師匠が教えてくれた」
リュウは表情を変えずに淡々と返したが、グエンはぷっと吹き出す。
「くかか! 昔はお前のそういうところがやけにムカついたんだよなぁ。だが今は違う、くだらなすぎてヘドがでるぜ! さっさと認めて楽になっちまえよ! 自分は鬼人にはなれない、ナメクジだってことをなぁ!」
再びグエンの皮膚の表面から湯気が立つ。動きが早くなる——ルカがそう思った時、グエンはすでにリュウの懐まで飛び込んでいた。
ガザと同じくらいの恵まれた体躯を持つグエンと、ルカよりも背が低いリュウ。そして全身を覆う頑健な赤い皮膚と、一部分を除いて普通の人間と同じ白い肌。
その力の差は目で見て歴然。
だが、両者の戦い方は同じようで真逆。
圧倒的な力で攻めに徹する鬼人族の戦い方に対し、シアンがリュウに教えてきたのは仲間を守るための武術。
リュウの顔面めがけて繰り出された拳を避けるでも応戦するでもなく、肘から脇に挟むようにして受け止める。グエンの腕は捻られたような形となり、彼は痛みに顔を歪めた。今のグエンの皮膚は高熱を持っているが、リュウも彼と触れる部分は鬼人化させているので耐えられる。
「ぐっ! 離せこの野郎!」
グエンはリュウの間合いに攻め込んだのではない、リュウが自分の領域に誘い込んだのだ。
リュウはじたばたするグエンの動きに応じながら、ルカたちに向かって叫ぶ。
「鬼人族の弱点は冷気だ! 俺が抑え込んでるうちに氷か何かでグエンの身体を冷やせ! そうすれば動きが鈍くなる」
「お前っ……身内の弱みを……!」
「悪いがお前らを身内だと思ったことはない。俺の身内はブラック・クロスの仲間だけだ」
「チッ! くそが、ナメクジ共に毒されやがって!」
同じ鬼人族であるがゆえに、グエンの動きの癖もよく分かるらしい。リュウはグエンの反応を先読みして彼の動きを封じこんでいた。おかげでルカたちの時間が稼げている。
「でも冷気なんてどうやって……」
ユナは不安げな表情でルカの方を見る。ルカにできることは瞬間移動や時間停止で、ユナの歌も仲間を支援したり回復したりはできるものの、どちらもグエンの身体を冷やすような力はない。それならこの部屋の中にあるもので何とかしよう——ユナが周囲にきょろきょろと視線を巡らせていると、アイラが不敵に笑うのが目に入った。
「あるわよ。とっておきがね」
アイラが拳銃の側面にあるボルト——レバーのようなもの——を引くと、ガシャンと音がして銃身が黄色の光に包まれていく。
「体感させてあげるわ。凍てつく砂漠の夜を——“冷砂”!」
アイラの拳銃から砂弾が発せられる。青みを帯びたそれはグエンに被弾する直前で砂状に変化し、彼の身に襲いかかった。
「うっ……な、なんだこの砂……寒い……く、そ……が……」
みるみるうちにグエンの赤い皮膚が紫色に近い色へと変化していく。鬼人族の皮膚には鉄分が多いがゆえに、金属に近しい性質を持つのだ。熱しやすく、冷めやすい。だが火山地帯に住む彼らの身体は高熱には耐えられるよう進化しているが、冷気には耐性がない。
グエンの動きが緩慢になっていく。皮膚の表面は頑丈でも、内側の臓器のつくりは鬼人族とて人間とさほど変わらない。身体が冷えれば、内側の機能も弱っていく。
「今だ、ルカ!」
リュウが呼びかけるより先に、ルカはすでに動いていた。ありったけのスピードで助走をつけ、跳躍。グエンに向かって大鎌を振り下ろす。
そして刃ではなく峰のほうを、グエンの頭部に思い切り命中させた。
——ゴンッ!
鈍い音が響く。
反動でルカの手はビリビリと痺れているが、グエンにも相当効いたはずだ。
「ぐ……寒くて、力が……」
グエンは殴られた頭を抱えながら足元をふらつかせ、やがて白目をむいてその場に倒れてしまった。
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