mission6-33 先の大巫女、かく語りき
はじめに、今この時代の情勢について話しておこう。
儂が大巫女を務めたこの五十年もの間は、間違いなく世界が最も発展した時代であり、そして真っ直ぐに終焉へと向かった時代でもある。
儂が就任して間もない頃はまだ世界中に飢餓や貧困が溢れていたが、儂が”千里眼”の力で二つの国を導いたことで人々の生活はめまぐるしく豊かさを蓄えていった。
工業大国ガルダストリア、そして呪術王国ルーフェイ。
信念は違えど、どちらも力強い統率者と広い領土を持つ国じゃ。この二つが中心となり人々の繁栄を確固たるものとする、それが儂の願いであった。
……じゃが、儂はいささか人の善意を信じすぎたらしい。
二つの国は、儂の予言をもう一方の国を陥れるために利用しようと考え始めたのじゃ。共存ではなく、競争の道を歩むために。
儂は両国のために未来を視るのをやめた。そして代わりに世界の行く末を視た。
そして悟ったのじゃ。
二年後には二国間で戦争が始まり、そしてその五年後には創世神話に言い伝えられてきた『
その先の未来はどれだけ目を凝らして見ても儂には視ることができぬ。
おそらくそこが儂の命の切れ目ということなのじゃろう。
運命は
じゃが世界を終焉の方向へと導いてしまったせめてもの罪滅ぼしとして、限られた時間で儂にできることは何であろうか……そう考えを巡らせていた時のことであった。
彼が——イヴォル・クロノがこの国に降り立ったのは。
「母上。お見せしたいものがあります。大図書館まで来てください」
ヴァスカランの学府を任せている娘・バルバラから連絡があったのは久しぶりのことであった。
キッシュの街から留学してきたガザとかいう鍛冶屋見習いの少年をこの国へ入れるかどうかで口論になって以来だから、かれこれ一年ぶりになるのだろう。
あの時の口論は、結局儂が折れる形で終わった。
彼の少年には終焉の影がまとわりついている。儂はそう伝えたのじゃが、バルバラは若い才能を伸ばすのが学長の務めと言って譲らなかった。生来おとなしいあの子が儂に逆らうなど初めてのことで、儂はつい聞き入れてしまった。神秘の大巫女も人の親であったということなのだろう。
「母上、一体どちらへ行かれるのですか?」
大聖堂を出てヴァスカランの大図書館へ向かおうとした時、長男のアディールに引き止められた。
「バルバラのところに行くのじゃ」
「バルバラの……!」
アディールは顔をしかめる。つい先日父親が亡くなり神官長の座を引き継いだアディールは、初任務と息巻いて大図書館のエリィの一族に関する書物を禁書としようと働きかけたことがあった。そのことでバルバラとは相当揉めたのだと言う。
「見せたいものがあるというから行くだけじゃよ」
「そうでしたか。てっきり次代の大巫女に関してお話しに行くのかと」
アディールの言い方にはとげがあった。二人ともいい大人のくせに争いなどしおって。父親が違えど兄妹喧嘩とは見苦しい。儂は深くため息を吐く。
今の時点では後継ぎの有力候補はバルバラであるが、アディールが推薦しているのはもう少し若いイスラの方であった。
確かにイスラの方がバルバラよりも神通力が高いが、あの娘は政治には無関心でエリィの一族であるにもかかわらず分派の巫女舞に傾倒している。とても大巫女が務まるような器ではない。
それでもアディールが彼女を推すのは、最も神通力が高い女児を大巫女にするという伝統に則るためというよりは、彼女を大巫女に掲げることで実質
「安心をし。儂はまだ大巫女の座を明け渡すつもりは毛頭ない」
アディールをあしらい、大聖堂を出る。
じゃが、そうは言いつつも儂の中には不安があった。七年後には儂の命は尽きるであろう。それまでに適切な後継ぎを決めることはできるのだろうか。バルバラもイスラも大巫女としての素質はあるが、『終焉の時代』を導くことのできる器かどうかについては確信が持てなかったのじゃ。
ヴァスカランの大図書館に着くと、バルバラ自らが迎えに出てきた。
「わざわざお越しいただきありがとうございます、母上。どうしてもアディール兄さんの目に触れる前に直接お見せしておきたくて」
「前置きはいいわい。そうまでして見せたかったものとは一体何なんじゃ」
「こちらです」
バルバラは先立って歩き、大図書館の一室の前で立ち止まった。そこは職員用の仮眠室であった。
バルバラがゆっくりと扉を開け、儂をベッドの脇まで案内する。そしてベッドの周囲のカーテンを音を立てぬようそっと開けた。
「これは……!!」
ベッドに横たわっていたのは齢二十くらいの若い青年であった。その頭には儂らエリィの一族と同じく真っ白な髪をたたえていたが、七十年以上生きている儂は彼のことを一度も見たことがなかった。
「この子は一体……?」
「外部から漂流してナスカ=エラにたどり着き、この髪を見て門番は何も問わずに通したそうですわ。大図書館を見るのが夢だったそうで、先ほどまでは元気に大図書館を歩き回っていたんですけど、急に糸が切れたように倒れてしまって。高山病かもしれないですね」
「そうではない。この子はどこから来たのかを聞いておる」
儂が尋ねると、バルバラは困ったように肩をすくめた。
「それが見たことも聞いたこともない地名なのですけれど……『時の島から来た』と」
「……!!」
時の島。それは……その島は。
「やはり、母上は何かをご存知なのですね」
「……このことは誰にも言うな。もちろんアディールにもじゃ。この子の身柄は儂が預かる」
バルバラは物分かりのいい娘である。彼女は事情を深く尋ねることはせず、この仮眠室の周囲に結界呪術を張って人が立ち入らないようにすると言った。
ベッドの上で眠る青年は儂とバルバラのやりとりなどつゆ知らず、すやすやと安らかな寝息を立てている。よく見ると長い白髪の影に埋もれる頰は少し
「ちなみに名は聞いたのか?」
「はい。イヴォル・クロノと名乗っておりましたわ」
「『クロノ』か……伝承通り、なんじゃな」
時の島。
それはエリィの一族の大巫女にのみ語り継がれてきた、秘密の島。
万が一『終焉の時代』が訪れた時、エリィの一族は破壊神を滅するために鍵となる、時の神クロノスの力を手元に置いておきたいと考えた。
そうして
クロノスの神石の覚醒方法と、その共鳴者となる我らが一族の分家・クロノ一族を……いざという時まで誰も知らない海域の小さな島に隠すという判断を。
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