mission6-32 祈りの間



 神官長の部屋を出たルカたちは大聖堂の奥に進んでいた。神官長の部屋から”謁見の間”を挟んで反対側に位置する一角。大聖堂には珍しく通路の幅は民家並みに狭くなっており、その先には階段が続く。階段の先には一つの扉と、その両脇に佇む二人の兵士。


「あそこが”祈りの間”です」


「今度は合ってるんだろうな?」


 ルカが尋ねるとミハエルはむっと頬を膨らませる。


「大丈夫ですよ。ちゃんとが届く範囲まで来ましたから」


 ミハエルがそう言うと、若い男のような声が応答するのが聞こえた。ルカは周囲を見渡す。しかしそれらしき人物の影はない。アイラとユナはきょとんとしている。


「ちょっと待って、今のってもしかして……!」


「あれ? まだ言ってませんでしたか。”千里眼”の力はエリィの一族に伝わる宝具・光明の石版にはめられた神石ヘイムダルと共鳴することによって発揮する力です」


 つまりこの少年もルカたちと同じく神石の共鳴者だったのだ。確かにこれだけの神通力を持っていて共鳴者ではなかったらそれこそ驚きではあるが。


「あれ、それならイスラ様はどうなるの? 共鳴者が二人ってことにならないかな」


 ユナの質問にミハエルは首を横に振る。


「イスラ姉さまは厳密には共鳴者ではないのです。それどころか、先代の母上——マグダラさまやそれ以前の大巫女は神石の力を借りることはあっても共鳴にまでは至っていません。神石が覚醒を始めたのは『終焉の時代ラグナロク』以降ですから」


「なるほど……他の大巫女は生まれ持った高い神通力でヘイムダルの力の一部を拝借していた。だけど本当の共鳴者は君一人。だけど君は本来家督を継げないはずの男の子として生まれている。だから異端として牢獄塔に幽閉されて、イスラが大巫女になっていた——そういうことね?」


 アイラの言葉にミハエルは黙って頷いた。


「僕が牢獄塔から出られるようになるには、ミトス神教会の大巫女継承制度を変えなければいけません。アディール兄さまはそれをなんとかする代わりに、力を貸すように言いました。イスラ姉さまには正確な未来を視る力がないので、大事な判断が必要な時だけ石版を牢獄まで持ってきていたんです。僕は兄さまを信じて、何度も"千里眼"を使ってきました……」


 少年は話途中で俯く。つい先ほど立ち聞きしてしまったアディールとジューダスの会話が頭をよぎっていた。


 ルカがその表情をのぞき込もうとすると、ミハエルはぱっと顔を上げて言葉を続ける。


「この話はやめましょう。それよりどう先に進むかです。制服から見て、あの二人の兵士はそれなりの手練れのはずです。どうやって突破しますか?」


「ああ、それなら問題ないよ」


 ルカはそう言ってにっと笑うと、ユナの方へ視線を向ける。彼女は頷くと、神器である腕輪がはめられている右腕を顔の高さまで掲げ、すっと息を吸った。




晴れて 曇るか 雨降るか

咲きて 枯れるか 種子たねなるか

うれうも笑うも一時ぞ

らばわずらうべきことか




 ユナが歌い終えると、二人の兵士はその場に崩れ落ちて寝息を立て始めた。九柱の歌の女神ミューズ神のうちの一人、ポリュムニアの力だ。ルカたちは兵士が眠りこけているうちに彼らの脇を通り抜ける。


「恐ろしいくらいにぐっすり眠っていますね。近づいても起きる気配がありません」


 ミハエルの言葉にルカが笑った。


「そりゃそうだ。ポリュムニアの歌は強力だよ。経験済みのおれらが保証する」


 アイラにまでにやにやと笑われ、ユナは少しだけ顔を赤らめた。


「でも良かったよ……今回はちゃんと役に立てたから」






 ”祈りの間"はそれまでの通路よりも天井が高く、円形の部屋の中央にある台座の他には何もなく広々としている。周囲の壁には隙間なくびっしりと古代ミトス文字が刻まれている。その様子はジーゼルロックの封神殿を彷彿とさせるものでもあった。


「こちらです」


 ミハエルが先を歩き、台座の前までルカたちを案内する。間近で見てみると、台座の上に置かれている石版には確かに神石らしきウグイス色の石が中央にはめられている。


「これが神石ヘイムダルだな」


「はい。代々の大巫女に受け継がれている時の島に関する記録はヘイムダルが管理しています。彼に呼びかけることで大巫女はそれを読むことができる」


 少年はそう言ってまだ成長途中の手を石版にかざした。石がぼんやりと光りを放ち始める。


「ここに刻まれている記録をあなた方にも直接お見せします。準備はいいですか?」


 少しだけ声を震わせるミハエル。彼の瞳は今、左右別の色ではなく両眼ともウグイス色の輝きをたたえていた——






***





 光明の神・ヘイムダルよ。


 我が呼びかけに応え、これより語ることを後世まで伝え残したまえ。


 我らがエリィの大巫女にのみ代々受け継がれてきた時の島——当代まで嘘か真か見極めるすべがなかったその島の”今”が明らかになったのじゃ。


 これを知ったところでこの時代に何かができるわけではない。じゃが、おそらく七年後の『終焉の時代』の幕開けに於いて、必ずの島の力を借りねばならぬ時が来るじゃろう。


 おそらく儂はそれまでは生きられぬ。ゆえに後世の儂の意志を継ぐ者に全てを託そう。


 ……おおそうじゃ、儂の名前を記録するのを忘れていた。


 儂の名はマグダラ・エリィ。


 ミトス創世暦九八二年、十三代目大巫女である。



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