mission6-31 大聖堂侵入
ルカたちは地下通路を通り、大聖堂の暖炉の中に出た。ここは”謁見の間”の奥に位置する大巫女の控え部屋だ。ルカは暖炉から抜け出して部屋を見回した後、恐る恐る”謁見の間”の方を覗いてみた。当然、今は来客対応などしていないのでそこには誰もいない。
ルカは後ろに続く三人に合図を送った後、”謁見の間”の正面扉をゆっくり開けてその隙間から廊下の様子を窺った。
「見張りは……ほとんどいないな」
そう呟くと、すぐ後ろまで来ていたミハエルが声を潜めて言う。
「”御隠れの日”は大聖堂も立ち入り禁止になるので警備が手薄になるんです。ただ”祈りの間”の周辺は変わらずミトス神兵が配備されている可能性があるので注意して進んでください」
「なるほど。つまり今日は絶好の侵入日和ってわけだな」
嬉々とした様子で目を輝かせるのはルカだけで、アイラとユナは深いため息を吐く。ことは重大だ。自分たちは大聖堂が立ち入り禁止になる日に、本来なら大巫女しか通ってはいけないはずの地下通路を通って侵入しているのである。しかも、永久に牢獄塔に閉じ込められているはずの少年を連れ出して。
「万が一見つかれば、私たちと
こんなことならさっき地下通路の中で一服しておけば良かったわ、とアイラは小さくぼやく。大聖堂の中は禁煙だ。ここでタバコを吸うのは痕跡を残すことになってしまうので我慢しているのである。
「で、ミハエル。その”祈りの間”ってのはどっちにあるんだ?」
ルカが尋ねると、ミハエルは一瞬考え込んでいたがやがて廊下の方を指差した。
「確か……右に進んで、突き当たりを左に曲がったところだったと思います。久しぶりに来たので記憶は曖昧ですけど」
ミハエルが案内した先には確かに一つの部屋があった。ここに来るまでにはいくつか小部屋があったが、それよりは部屋が広く中は明るい。ルカはそっと扉を開けて中を覗いてみた。背の高い本棚が幾つも並んでいる。まるで資料室のようだ。
「ミハエル、ここ”祈りの間”じゃないんじゃ……」
ルカがそう言おうとした時、ミハエルはハッと目を見開いた。
「まずい……ジューダス兄さまがこちらに向かっています!」
「ジューダスが!?」
耳を澄ませてみると、確かに廊下の向こうからカツカツと人の足音が近づいてくるのが聞こえる。ミハエルは千里眼でいち早くそれを視てとったのだろう。
しかしルカたちの今いる場所は一本道だ。廊下には隠れる場所も何もない。引き返したら確実にジューダスと鉢合わせるだろう。
「いちか……ばちかだ!」
ルカは扉を押し、その一瞬の隙に瞬間移動で他の三人を連れて部屋の中に入った。廊下で鉢合わせるよりは部屋の中で本棚の影に隠れてやり過ごしたほうがいいと考えたのだ。
「ミハエル、君が一番見つかっちゃいけないでしょう。私の影に隠れなさい」
アイラがそう言ってミハエルの身を引き寄せ、彼の頭を自らの胸元に押し付ける。
「わっ!?」
その柔らかい衝撃に、十三の少年は思わずうろたえて声を上げてしまった。
「しっ、静かに」
四人が息を潜めていると、やがて足音は近づいてきて扉を開ける音がした。ルカは本棚を背にして隠れながら様子を窺う。ミトス神兵団師団長のジューダスが一人で部屋に入ってきていた。
彼はカツカツと足音を鳴らしながら部屋の奥へと進んでいく。その様子を目で追っていると、この部屋がどんな場所なのかわかった。奥には木机に積まれた大量の書類に目を通しては印を押すアディールの姿があった。ここは神官長の部屋なのだ。
「……アディール兄さん」
ジューダスが声をかけると、作業に集中していたアディールがゆっくりと顔を上げる。
「ジューダスか。何の用だ」
「銀髪女の件、処遇は決まったので?」
するとアディールの口角がゆっくりと吊り上がる。彼は机の上に積まれていた書類の中から封筒を一通取り出しジューダスに見せた。彼はその中身を見るや否や「おお……!」と歓声を上げる。
「無期懲役ではなく死刑ですか……!」
その言葉を聞いてミハエルは思わず声が出そうになったのを必死で抑えた。そうなるだろうとは予想はついたものの、いざこうして言葉で聞くとずしりと重い。今朝だって彼女はまるで囚人とは思えないほどの余裕のある表情で、独房の中で一人口笛を吹いていたというのに。
「ナスカ=エラではあまり前例がなかったと思うのですが、このことをイスラ様は?」
「知るわけがなかろう。私は今日初めてこの文書を確認したのだ。見ての通り忙しい身でな」
そう言ってアディールはジューダスに渡した封筒を指差す。そこにはヴァルトロの紋章である「死に八つ蛇」が印字されていた。彼が引っ張り出した書類の山の量から見て、とても今日届いたものとは思えない。ジューダスがくっくと笑う。
「悪いお人ですねぇ。いずれ神様からの天罰がくだりますよ」
するとアディールはフンと鼻を鳴らした。
「神? そんなものを信仰していられたのは前時代までの話だ。破壊神が覚醒した今、必要なのは武力であって神がかりな予言の力ではない」
アイラの腕の中でミハエルの身体がぴくりと震える。
(アディール兄さま……? 一体それは、どういう……)
当然アディールたちはミハエルがそこにいることに気づいていなかった。
ジューダスが書類をアディールに返すと、彼は木机の上でその書類に力強く印を押し、そして高らかに笑った。
「世襲による大巫女の統治など時代遅れ。我らはヴァルトロと同盟を結び、ルーフェイを滅ぼし統一された世界で実権を握る……そのために銀髪女には犠牲になってもらおうではないか!」
ルカたちは顔を見合わせる。
どうやら彼らの話によると、ジューダスをはじめとするエリィの一族の男兄弟のほとんどがアディール派についているらしい。裏でヴァルトロと連携を強め、開戦の暁にはミトス神兵団をアルフ大陸西岸から送り込みルーフェイを攻めることまで約束しているのだという。それを機に中立国としての立場を棄て、混乱に乗じて大巫女を失脚させることが狙いのようだ。
「そういえばミハエルはどうするのです? ミトス神教会の制度を変えていずれ牢獄から出してやると約束しているのでしょう」
ミハエルの身体がいっそう強張った。まさかここで自分の名前が出てくるとは思わなかったのだ。そうだ、この話は以前アディールが約束してくれた釈放の話とも関連があるのかもしれない。
しかし少年の期待むなしく、アディールの低い声が部屋の中に響いた。
「あんなもの口約束に決まっているだろう。あれは子どもの姿をした化け物だ。利用はさせてもらうが、牢獄塔から出す気は毛頭ないよ」
ルカたちはアディールとジューダスが話し込んでいる隙に部屋を抜け出し、再び廊下に出ていた。見つからずに済んだことには安堵したものの、それぞれの表情は暗い。銀髪女の死刑とヴァルトロとの同盟、そして大巫女への謀反の計画……ルカたちが今聞いてしまったのは、この国だけでなく世界を揺るがすほどの重大な話である。それにミハエルにしてみれば唯一の希望の光を打ち砕かれたも同然だった。
「ミハエルくん……アディールさんがああいう風に考えていたこと、知らなかったの?」
ユナが声を潜めて尋ねると、少年は小さく頷いた。
「知りませんでした……”千里眼”では自らの未来に強く関わる事象を視ることができないのです」
「そうなんだね……」
するとルカがしゃがんでミハエルと同じ目線の高さになると、彼の肩をガッと掴んだ。
「どうする? 引き返してあの二人を叩きのめすってのもありだけど」
「ちょっとルカ、何言ってるのよ。こんなところで騒ぎを起こしたら」
「分かってるけど! それでも、ミハエルはもっと怒っていいはずだろ? ずっと騙されてたんだぞ……!」
くるりと進行方向を逆向きに変えるルカに、それを引きとめようとするアイラ。しかし当の少年は静かに首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいですけど、今はまず先へ進みましょう。せっかくここまで来たんですから」
「ミハエルくん……」
ミハエルは微笑む。無理にその表情を作ったわけではない。彼には笑うことしかできなかったのだ。あまりにも惨めな自分の身の上に。そして、こうなることをまるで見透かしていたかのようなターニャの言葉に。
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