mission6-30 御隠れの日
翌日、ナスカ=エラの街は不気味なくらい静かだった。
創世神話原典の解読結果を聞きにミハエルの元へ向かう途中、ルカたちは街を警備するミトス神兵団の兵士に理由を尋ねてみた。
「ああ、今日は大巫女の”御隠れの日”だからな」
要は大巫女の身に”月のもの”が来る日なのだという。この日大巫女は公務の一切を行わず、ミトス神教会が運営するほとんどの施設は公休となる。どうしても必要な事務だけ大巫女の代理で神官長が執り行う決まりになっているらしい。
「こういう日に事件なんて起きたら面倒なことになる。ゆえに、観光客にもよほどのことがない限り外出を控えるように呼びかけているのだ」
兵士はそう言うと、ルカたちを宿へと押し戻してしまった。兵士が再び持ち場に戻ったタイミングでルカはアイラに問いかける。
「こないだイスラ様に教えてもらった地下通路って、確かこの近くにもつながってたよな?」
「そうね。おとといは確か宿屋街の端の井戸から出られたと思うわ」
「よし、じゃあそこまでおれの瞬間移動を使って警備の目をかいくぐろう」
だが地下通路は神通力の高い者しか通ることはできない。ルカはガザの方を見た。彼はこうなることをすでに想定していたかのように肩をすくめる。
「俺のことは構わず行け。そうだな……警備の目を少しでも逸らせるように、ミトス神兵団に神器の出張メンテナンスでもサービスしといてやるかね」
ガザはそう言うと、「よっこらせ」と工具の入った巨大なバックパックを担いだ。
「ありがとう。助かるよ、ガザ」
「おう。せいぜい下手なことして捕まらねぇように気をつけろよ」
ルカ、アイラ、ユナの三人はクロノスの瞬間移動の力を使い、兵士に見つからないように地下通路に入った。そこから以前ミハエルに会った牢獄塔バスティリヤに繋がる通路を進む。行き止まりの鉄格子の向こうは松明が灯っていて明るかった。ミハエルがすでに来ていたのだ。
「お待ちしておりました」
ミハエルがルカたちに向かってにっこりと微笑む。その手にはルカたちが渡した原典の写しを持っていた。
「解読できた?」
ルカが尋ねるとミハエルは一瞬視線を落とし、また顔を上げて微笑んで言った。
「すみません、二日でできると言いましたがもう少し時間がかかりそうです」
「そうか。時間なら別に構わないけど……」
ルカが気にしていたのはミハエルの様子だった。以前会った時とどことなく雰囲気が違う。もちろん、顔を合わせるのはこれが二回目なので確信はないが、少なくとも一回目に会った時よりも他人行儀のように感じたのだ。
「話は変わりますが」
ミハエルは色の異なる両の眼でルカたちを見上げる。
「七年前にあなたに似た人に会ったと言いましたよね。僕はその時、その旅人の親子に旅の話を聞かせてもらったお礼にあることを教えたんです」
「あること?」
「代々の大巫女にしか語り継がれない……とある島のことです」
「……!」
ルカたちは顔を見合わせる。
ミハエルが七年前のキーノたちに伝えた島のことなど、思い当たるものは一つしかない。
「それってもしかして、時の島のことか……?」
ルカが尋ねると、ミハエルは目を見開く。
「やはり覚えて……!?」
「いや、悪いけどおれには三年より前の記憶がないんだ。だから七年前に君に会ったのかとか、そこでどんな話をしたのかは分からない。けど、おれが三年前に目覚めた場所がその時の島って場所なんだ」
「僕が彼に会ったのが七年前で、あなたが目を覚ましたのが三年前……」
「時の島のことが何か関係あるの?」
アイラが尋ねると、考え込んでいたミハエルは縦に頷いた。
「僕があの島のことを知ったのは、大巫女に代々伝わる宝具である石版を見たからです。あの石版には千里眼でないと読み取れない文字で時の島のことが記されています。以前読んだのが幼い頃だったので内容はほとんど覚えていないのですが、もう一度見ればもっと色々知ることができるかもしれません」
「なるほど、大巫女にしか読めない文字ね……ヴァスカラン学長でさえ知らなかった理由にも納得がいったわ」
ユナは大図書館でバルバラと話した時のことを思い出す。彼女は書物や地図では時の島のことを見聞きしたことはないと言った。だがそれではアウフェン親子は時の島の方へ向かった理由が分からなかった。千里眼の力を持つミハエルと出会い、彼に時の島のことを教えられたなら合点が行く。
「ミハエルくん、その石版は一体どこにあるの?」
「僕の力で未来を視る必要がある時はアディール兄さまがここへ持ってきてくださいますが、普段は大聖堂の中の”祈りの間”に置かれているはずです。そこで、お願いがあって」
ミハエルは細く白い腕を鉄格子の隙間からルカたちに向かって伸ばす。その手首には少年の身体には不釣り合いな堅牢な手錠がはめられていた。
「僕を……大聖堂に連れて行ってはもらえないでしょうか」
少年はまっすぐな視線を向けて言った。その光の強さは単なる好奇心によるものではない、何か強い意志が秘められているような感じがする。
「お前、いいのか? この前はアディールが助けてくれるのを待ってるって言ってたじゃないか」
ルカの言葉にミハエルは首を横に振った。
「何も脱獄するわけではありません。一瞬抜け出すだけです。今日は”御隠れの日”で”祈りの間”に出入りする人も少ない。絶好の機会です。石版に触れて、時の島に関する記述を読んだらすぐに戻ります。あなたたちにとっても悪い話じゃないでしょう」
「だけど見つかった時のリスクは大きいわよ。私たちは適当に逃げればいいけど、あなたは——」
「僕も石版に用があるんです。触れて確かめなきゃいけないことがある……あまりのんびり待ってはいられないんです」
はっきりと通るミハエルの声に込められた決意は固い。
ルカはミハエルの手に触れ、その手錠の鍵穴を探った。ガルダストリア製のもので、複雑な仕組みではあるが第三者が錠を外すのにはそこまで苦労しない形である。ルーフェイ製の呪術式錠だとお手上げだが、おそらく神通力の高いミハエルの手を塞ぐにはこちらの方がいいと判断してのことだろう。
ルカはポーチの中から短い針金を取り出し、ミハエルの手錠の鍵穴に通す。やがてカチャカチャと回しているうちにロックが外れる音がした。重い金属の鎖が地面に落ちる。
「ありがとうございます……!」
ミハエルはしばらく感慨深そうに手錠の跡がくっきりと残る自分の手を見つめていた。
「手錠は外せたけどこの鉄格子はどうする? こっちの鍵は三重構造になってて解錠するのにけっこう時間がかかりそうだ」
ルカがそう言うとミハエルは問題ないといった風に首を横に振り、解放されたばかりの手を鉄格子にかざすと円を描くように動かしながら何やらぶつぶつと唱えはじめた。
「……”火を司る眷属よ、我ミハエル・エリィの魂を糧に汝の力を示したまえ”」
するとひんやりとしていた空間が急に熱気に包まれた。ルカたちとミハエルの間を遮っていた鉄格子が赤く熱せられて湯気を放っている。ミハエルがかざしていた手を開くと、鉄格子がそれに応じるかのようにぐにゃりと曲がって道を空けた。ミハエルは鉄格子をくぐり抜けると、振り返って今度は外側から手をかざす。
「……”水を司る眷属よ、我ミハエル・エリィの魂を糧に汝の力を示したまえ”」
今度は急速に冷気が皮膚を撫でるのを感じた。曲がっていた鉄格子はてきぱきと元の形に戻っていく。
ミハエルが牢獄塔の外に出てきたこと以外はすっかり元通りだ。
「すごいなぁ……今のは何?」
ルカが感心していると、ミハエルは照れたのか少しだけ頬を赤らめる。
「ルーフェイ式の呪術を独自に応用して、触媒なしでも眷属の力を借りられるようにした呪文です。通常の呪術よりも神通力が必要なので普通の人には使えないと思いますが」
褒められたのが嬉しかったのか、ミハエルは再び呪文を唱えて通路の松明の勢いを強くした。薄暗かった通路が昼間のように明るくなる。
「私たちもしかして、とんでもない子を牢の外に出しちゃったんじゃないかしら……」
苦笑いするアイラをよそに、ルカは先頭に立って言った。
「さぁ行こうか。道が塞がってなければこの地下通路から大聖堂の中まで入れるはずだ」
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