mission6-26 ミハエルとの約束



「看守長って、君が……!?」


 唖然とするルカたちに、ミハエルは鉄格子の向こうで不満げに頬を膨らませた。


「馬鹿にしないでくださいよ。これでも、物心ついた時からこのお役目をおおせつかっているんです」


「だけどその鎖は……」


 ルカはミハエルの細い手首と足首につけられたごつい鎖に目をやった。これでは看守長というよりも囚人だ。服装はよく見ればミトス神教会のローブと同じものを着ていたが、それがなければ一般の囚人と見分けるすべはない。


 ミハエルは少し憂いを帯びた視線で自らを繋ぐ鎖を見る。


「僕はここから永久に出てはいけないんです。聖地ナスカ=エラにとって僕は異端者ですから」


「異端?」


 ルカが聞き返すと、ミハエルは俯いたまま答えた。


「この瞳です。僕の目は一族の他の兄弟たちと色が違うだけじゃなくて、昔からえすぎてしまうんです。本来、エリィの一族の男は”千里眼”を扱えるほどの神通力を持たないはずなのに」


 イスラが「自分より目が利く」と表現したのはやはり”千里眼”のことのようだ。


 ユナが大図書館で読んだ本の内容に間違いがなければ、ナスカ=エラの大巫女は創世の頃から今まで一度たりとも男性が務めたことはないという。その本には予言の力を持って生まれるのが女性のみだからとされていたが、歴史の裏ではミハエルのような力の強い男児が異端として閉じ込め隠されてきたのかもしれない。


 ルカたちの同情の視線をかき消すかのように、ミハエルはぱっと顔を上げて笑った。


「あ、かわいそうとかそういう風には思わないでくださいね。こんな場所だけど、僕は僕なりにエリィの一族の一人としてちゃんとお役目を果たしているんです。聞いてください、僕がここに着任してからバスティリヤの脱獄者は一人も出ていないんですよ。囚人たちが何か悪さしようとしてもすべて視えてしまいますからね」


 そう言ってミハエルは得意げに自分の紫色の瞳を指差した。


「ここから出たいと思うことはないの?」


 アイラが尋ねてみるが、少年は迷うことなく首を横に振った。


「ないですよ。出たところで居場所があるわけじゃないですし、ここにいて牢獄塔を守っていればいつか何とかしてくれるってアディール兄さまと約束していますから。兄さまは男に”千里眼”の力があるというだけで異端扱いはおかしいと、ミトス神教会の制度を変えようとしてくれているんです」


 そう語るミハエルの瞳は純粋に輝いていた。それだけ彼は神官長アディールを信用しているということなのだろう。


「それより、あなたたちは創世神話の原典の解読をしたいんですよね。ぜひ僕に任せてください! ミトス古代文字の文法は勉強したのですが実際に読んだことはまだなくて、一度目にしてみたいと思っていたんです」


「もしかして解読って君がやるの?」


 ルカが尋ねると、ミハエルは再び不満そうに頬を膨らませた。


「こう見えても、ミトス神教会の神官並みの知識はあるんです。ここにいると読書以外にやることがないので」


「そうだったのか。君、いろいろできてすごいんだなぁ」


 ルカの褒め言葉に、ミハエルの頰に溜まっていた空気が抜けていく。


「でもいいの? 原典の解読は本来神官長の許可が必要なんでしょう。私たちはその正規ルートを通っていないわ。場合によってはそのお兄さんに歯向かうことになるかもしれないけれど」


 アイラが皮肉めいた音で言うと、ミハエルは一瞬ハッとしたような顔つきになったが、やがてごくりと唾を飲み声を潜めて言った。


「……それでも僕は原典を読んでみたい。今まで兄さまに頼んでみたこともありましたが、持ってきてくれることはなかったんです。だから……このことは兄さまには絶対内緒でお願いしますね」


 ルカは頷き、鉄格子の間から腕を差し出した。


「約束するよ」


「ありがとうございます」


 まだ成長途上の小さな手が、鉄格子の向こうでルカの手を取る。ずっと光の射さない牢獄塔にいるからなのかその手はとても白く、そして冷たかった。


 ルカは腰のポーチから創世神話の原典の写しを取り出し、ミハエルに手渡す。


「だいたいどれくらいで解読できるものなんだ?」


「この程度の文量であれば二日くらいでいけると思いますよ。二日後にまたここに来てください。正面口の”懺悔する冥道バスティリヤロード”だと人目につきますから」


「わかった。じゃあ次ここに来るときは何かお礼に持っていくよ。欲しいものはある?」


 ルカの言葉にミハエルはうーんと首をひねった。


「欲しいもの、ですか……あなたたちは旅人なんですよね?」


「そうだよ」


「そしたら、旅の話を聞かせてください。僕はここから出られない身ですから、冒険の話を読んだり聞いたりするのが好きなんです」


「そんなのでいいのか?」


「はい。何か物をもらっても兄さま方に見つかってしまったら厄介だし、それが一番良さそうです」


 ミハエルの声は弾んでいる。ルカたちが創世神話の原典の話をした時の反応からしてそうであったが、彼は何かを学んだり知ったりすることに対してとても意欲的な少年なのだ。


 ミハエルのことを少し理解できたような気がして、ルカはにっと笑う。


「よし。じゃあ二日後だな。言っとくけど、おれたちの旅は話すとめちゃくちゃ長くなるから覚悟しとけよ」


「はい、楽しみです」


 そうしてルカたちがミハエルに手を振って道を引き返そうとした時だった。


「待ってください」


 少年の声が、狭い通路に響く。


 ルカたちは彼の方を振り返った。


「あの……そういえば、僕もあなたに会ったことがある気がします。確か『終焉の時代ラグナロク』が始まるより少し前に、間違ってこの牢獄塔に拘留されていた旅の親子がいました。金髪に深緑の瞳。あなたはその時に出会った人によく似ています」


「それってもしかして……」


 ルカとユナは顔を見合わせた。


 『終焉の時代』が始まるより少し前、つまり七年前にナスカ=エラに来ていた旅の親子。コーラントで分かった推定航路の情報とぴったり一致する。


 キーノだ。


 キーノはやはり七年前にこの地に訪れていたのだ。



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