mission6-25 彼の面影
「街の下にこんな通路があったなんて……!」
ルカたちはアディールに見つからないよう、謁見の間の奥・大巫女の部屋から通じる地下通路に案内された。踊り子曰く、歴代の大巫女たちが人目を忍んで伴侶に会うために使っていた抜け道なのだという。
しばらくは一本道だったが、やがて分岐路に出た。距離感的には大聖堂を出て闘技大会の開かれていた広場の下あたりといったところだろう。分岐路の入口にはそれぞれ手書きでどのエリアに繋がっているかが書かれていた。ヴァスカランの方面に行く道もあれば、宿屋街やティカ湖など街の主要エリアに行ける道もある。
「そもそもイスラ様に会いに行く時もこの道を使えば良かったんじゃ……」
通路に入る前にルカが踊り子にそう言うと、彼女はとんでもないという風に首を横に振った。
「この道は一般人が通れないよう、特別な術が施されています。私には無理です。神石との共鳴者の皆さんなら平気かもしれませんが」
実際に中に入ってみて、彼女の言った意味がわかった。
妙に全身を重く感じ、肌の表面は寒気がする。いや、むしろ共鳴者だからこれだけで済んでいるのだ。以前ジーゼルロックの封神殿の中に入った時と同様、ルカたちの持つ神石が熱を発している。
(カリオペ。これ……何なのか分かる?)
ユナが自らの腕輪に向かって尋ねると、頭の中で女神の声が響いた。
“ええ。この空間には封神殿のような穢れがあるわけではありませんが、人間の体力に直接干渉する呪術が仕掛けられているようです。神通力を持たない者はまともに歩くことさえできないでしょうね”
つまりこの通路は、共鳴者や大巫女のような神通力の高い人間しか通れない仕組みになっているのである。
もしガザが一緒に来ていたなら、今頃大聖堂の中で神官長アディールに見つかって咎められていたかもしれない。ガザは自分一人のけ者にされたことを快く思わないかもしれないが、ユナは内心ほっとした。
「バスティリヤの方にも繋がっているみたいよ。せっかくだからそのまま行ってみる?」
アイラが分岐路の一つを指差した。
ルカは縦に頷く。
体力的には早く宿に戻って休みたい気持ちも多少あったが、それよりも大巫女の言う「アタシ以上に目が利く変わり者」のことが気になっていた。
イスラの力でさえルカたちにとっては衝撃的だったのだが、その大巫女を上回る”千里眼”の持ち主がバスティリヤにいるのだという。しかもそこに行けばルカたちの願い、つまり創世神話原典の解読が叶うというのだ。
(バスティリヤには何があるんだろう……?)
それに、
牢獄塔バスティリヤに繋がる道は進めば進むほどに暗闇を深めていった。壁にある松明の数はさほど変わらないはずだが、閉じられた牢獄に立ち込める空気がそうさせるのかもしれない。皮膚を撫でる冷気が強まるのを感じながらルカたちは先を進む。
やがて道の先に鉄格子が現れ行き止まりになった。
「この先どうする? まさかこじ開ける気じゃないでしょうね」
「おれだってさすがにそんなことしないよ」
「近くに見張りの人がいるって感じでもないしね……」
ユナがそう言った瞬間だった。
すぐそばでジャラリという鎖が地面と擦れる音が響いた。鉄格子の向こうに小さな人影が見える。
「この道から人が来るなんて珍しい。あなたたちは何者ですか」
それは声変わり前の少年の声だった。暗闇に覆われてその表情は見えない。
「おれはルカ・イージス。隣にいるのは仲間のアイラとユナ。おれたちは旅人だ。創世神話について調べにナスカ=エラに来た」
「旅人……? どうしてそんな方たちが牢獄塔へ来たんです」
「大巫女イスラ様に紹介されたんだ。創世神話の原典を解読できるやつがここにいるかもしれないって」
「……!」
少年の声が一瞬途切れた。
相手が何者かもわからないのに、いきなり話しすぎただろうか。もしかしたら看守に報告されてしまうかもしれない。ルカの頭にはその懸念がよぎったが、少年がすぐにその場を去るような足音はしなかった。
やがて、少年はおもむろに口を開く。
「……大巫女様は何と言ってあなたたちをここに行くよう仕向けたのですか?」
「『アタシ以上に目が利く変わり者』がいると言っていたよ」
ルカが答えると、少年は驚いたような声音で「目が利く、ですって?」と聞き返す。やがて深いため息を吐いて呟いた。
「まったく……イスラ姉さまは何を考えているのだろう」
「え? ちょっと待って、姉さまって君はもしかしてエリィの一族の……?」
「ああすみません、暗くてよく分からないですよね」
少年はそう言うと、小さな声でぶつぶつと何やら唱えた。するとボゥッという音がして、近くの松明の炎の勢いが強くなった。
「ルーフェイ式の呪術ですよ。これくらいなら呪術師でなくとも多少勉強すれば使えます」
少し得意げに言う幼い声。
ルカは少年の方に視線を向けた。空間が明るくなり、鉄格子の向こうにいるその少年の顔が良く見える。
年の頃は十三くらいだろうか。白い髪が違和感を覚えさせるほどあどけない顔つき。色違いの両の眼がまっすぐにこちらを見ている。
その姿は、ルカの頭の中である人物の面影と重なった。
「ジーン!?」
思わず声が大きくなる。
封神殿で力を使って以来、ルカの中から消えてしまった時の島の少年。今鉄格子の向こう側にいる少年はウグイス色の左目こそ違うもののそれ以外はルカの記憶の中に焼きついたジーンの面影そっくりであった。
「ジーン? 誰ですかそれは」
少年は怪訝な顔つきで首を横にひねった。
それもそうだろう。ジーンは未知の海域にある時の島に住んでいた少年。その肉体は三年前にすでに滅んでいる。この牢獄塔の少年が知らなくて当然だ。だがそんな当たり前のことがすっかり抜けてしまうほど、彼の顔つきはジーンによく似ていた。
やがて牢獄塔の少年はハッとして、姿勢を正して言った。
「すみません、自己紹介がまだでしたね。僕はエリィの一族の末弟、ミハエル・エリィ。この牢獄塔の看守長をしています。ご用件をお聞かせください。お力になれるかは分かりませんが、おそらくイスラ姉さまが会えと言ったのは僕のことかと」
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