mission6-24 大巫女の悪戯



 ルカたちは慌ててその場で膝をつき、大巫女に向かって頭を下げた。


 だがイスラは呆れたようなため息を吐き、「やめやめ。そういうことされるとこっちまで気が張るから」と言って姿勢を崩させる。


 ルカたちは恐る恐る顔を上げた。改めて見ると、やはり齢四十を越えているとは思えない美貌の女であった。


「ルカ・イージス。先の試合はなかなかに面白かった! まさかあのジューダスを敗る者が現れるとは。しかも雨って! まさかそんなやり方で勝つとはさすがのアタシもよ」


 彼女はそう言うとカッカと高らかに笑った。


 ルカたちは予想外の言葉に戸惑う。むしろ公共の目のある場所でミトス神兵団の師団長を倒したことは良くは思われないだろうと構えていたからだ。


「おっと、これはアディール兄さんやジューダスには言うなよ。今回お前たちを呼んだのだってあいつらには何一つ言っていないんだからな」


「人目を忍んでいたのはそういう理由か……どうしてそこまでしておれたちに会ってくれたんですか?」


「アタシはこれでも義理堅い方でね。お前にはそれなりに面白いものを見せてもらったから、ちゃんと礼がしたくなったんだよ。……それに、アタシには。お前たちがこの退屈な国に何か変化をもたらすのを」


 彼女の不敵な笑みに、ルカの胸の鼓動が早まる。決勝戦の時に銀髪女シルヴィアにも見せていたその表情は、この女が確かに神に仕える大巫女であるという神々しさを余すことなく魅せてくる。


「あの……っていうのは、一体どういうことなんでしょうか?」


 ユナが尋ねると、イスラはにやりと口角を吊り上げる。


「”千里眼”だよ」


「……!」


「古来より、エリィの大巫女に代々受け継がれている未来さきを見通す力のことさ。まぁアタシの力は母さんマグダラほどではないけどね」


 イスラは隣に控える踊り子に視線で合図を送る。面倒なので代わりに説明しろ、そういう意味だったらしい。彼女は一歩進み出て補足した。


「”千里眼”はある宝具に力を通すことで未来が視える力のことです。どんな未来が視えるのかは神様の御心みこころ次第。場合によっては眠りの浅いときに見る夢のような曖昧なものもあるそうです」


 踊り子は懐から一枚の紙を取り出す。そこには文字なのか絵なのか判別のつかないものが筆で書き殴られていた。踊り子曰く、これが今朝イスラが”千里眼”で見た様子をありのままに記録したものなのだという。


「神通力が高いほどその未来はより鮮やかに見えるのだそうです。ゆえに、大巫女は当代で最も神通力の高いお方が後継の第一候補となります」


「つまり、イスラ様は今のエリィの一族の中で一番神通力が強いってこと?」


「その通りです。ですが、それでもお母上様にはかないません。マグダラ様は歴代でもずば抜けて高い能力をお持ちでしたので、”千里眼”で誰がいつどこで何をするのかはっきりと視えていたのだそうですよ」


 踊り子は謁見の間の奥に掛けられている羊皮紙を指差す。そこには誰が見ても確実に読み取れるような文字が記されていた。


 その内容はルカたちも目にしたことがある。


 大巫女マグダラの最期の予言だ。


「”千里眼”って……そんなものがこの世の中にあるなんてね。まさか私たちが何をしにこの地に来たのか、そこまで見通されてるってことかしら?」


 アイラが尋ねると、イスラは気だるげに上半身を起こしながら言った。


「さっきその者が説明しただろう。アタシにはそこまで細かいことを明確に視る力はない。だがぼんやりとお前たちがこの国で何かをしでかすのは視えた。アタシはそれを早く見届けたくってうずうずしてるんだよ。さぁ、望みがあるなら言ってみろ。お前たちがまた面白いものを見せてくれるってんならいくらでも叶えてやる」


 ルカたちは顔を見合わせる。


 大巫女自らこちらの望みを聞いてくれるという。願ってもない話だ。だが自分たちがナスカ=エラで何かをしでかすと予言された上でその選択を鵜呑みにしていいものか。


 アイラの頭にミッションシートに書かれたノワールの言葉が浮かぶ。


——あと、これは杞憂であってほしいが……今回の任務地は”創世神話の聖地”だ。くれぐれも変な騒ぎは起こすなよ!——


 他のメンバーが隠密任務を背負っている中、自分たちが無駄に注目を集めるようなことは避けたい。アイラが言葉を慎重に選んでいる時だった。


「おれたちは創世神話の原典を解読してもらいたいんだ」


「ちょっとルカ!」


 アイラは慌ててルカの口を塞ごうとしたがすでに遅かった。イスラが目を細める。原典の解読とは、ミトス神教会の機密に部外者が立ち入ろうとするようなものだ。簡単に許可が下りるわけがない。おまけに下手したら神教会に目をつけられてしまう可能性だってある。


 長い沈黙の後、イスラはやれやれと肩をすくめて言った。


「残念だなぁ、そればっかりは神官長のアディール兄さんの力を借りないとどうにもできない。他の望みはないのか?」


 謁見の間の空気が張り詰める。


 ルカは口を一文字に結んだまま、イスラに対してまっすぐに視線を返した。


 やがて部屋の外でバタバタと足音がしたかと思うと男の声が響いてきた。


「イスラ様! ここで何をしているのですか! この緊急事態に!」


 闘技大会の時に聞いたことのある声。神官長アディールの声だ。


 イスラは微笑んで「時間切れだ」と呟く。


 そこで初めて彼女はゆるりと立ち上がりソファから離れた。さらさらと裾布の擦れる音を立てながらルカの方へと近づき、すっとしゃがんだ。着崩したローブから無防備な肩がのぞく。


 彼女は声をひそめると、ルカの耳元にそっと耳打ちした。


「バスティリヤに行ってみろ。そこでお前らの願いが叶うかもしれないよ。あそこにはアタシ以上に目が利く変わり者がいるから」






「イスラ様……大丈夫ですか、ミハエル様の事を彼らに伝えてしまって」


 アディールに見つかる前にルカたちを大聖堂の外へと送った後、踊り子は気まぐれなあるじに対してそう問うた。


 彼女が大変な気苦労をした一方で、イスラはどこかいつもより機嫌がいい。


 イスラはにやりと微笑んで呟いた。


「別にいいだろ、アディール兄さんにさえバレなければ。アタシだってたまには悪戯してみたくなるのさ」


「たまには……ですか」


 侍女である踊り子が深いため息を吐いて肩を落としたのは、言うまでもない。



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