mission6-20 優勝者の名



「私は何があってもルカの味方だから! 頑張れ! 銀髪女シルヴィアに勝って!」


 ユナは観覧席から乗り出すような格好で叫んでいた。メイヤー夫妻やエドワーズ、周囲でアニェスを応援する人々が彼女を取り押さえようと群がっていく。それでもユナは声を絶やさず叫び続けた。ルカの名前を、必死に。


「ユナ……!」


 ルカはもう一度武器を握る手に力を込めた。そうだ、こんなところで負けてはいられない。たとえ相手が誰であろうとそれは変わらない。


「あの子邪魔だなぁ。ああいう一途な人間には眠っておいてもらわないと」


 銀髪女の瞳が白銀色の光を灯す。準決勝の時のジューダスのように。


「させるか!」


 ルカは”音速次元”で相手の懐に飛び込んだ。下方から大鎌を薙ぎ払う。銀髪女はすぐさまバックステップで受け流した。彼女の瞳が黒目がちの元の色に戻る。


「へぇ、やるじゃん!」


 銀髪女はすぐさま体勢を整え、今度は剣を突き出し向かってくる。激しい打ち合いが続いた。両者一歩も譲らない。だがだんだんと観客席からアニェスを支持する声が小さくなってきた。


「その神石、だいぶ体力消費が激しそうだな!」


「ふふ、そういう君も息が上がってるよ?」


「そうだね、もう限界だ。だから——これで終わりにする!」


 ルカの動きが一段と加速した。跳躍から回転斬り、そして受け止める彼女の剣を重心に再度跳んだ。背後を取る。まだ相手の反応は追いついていない。ルカは後ろ足に重心を置いて力を溜め、最後の一振りと大鎌を振り回そうとした。


——パァンッ!


 乾いた銃声が響き、ルカは慌ててその場を離れる。音がしたのは観覧席の方だった。会場全体がどよめく。皆の視線をたどれば銃を使ったのが誰かはすぐに分かった。アシンメトリーの前髪をした青年。見覚えのある顔だ。


「はは……はははは……! 君には勝たせない……! 絶対に勝たせない……!」


 彼は狂ったように笑い出す。不穏な空気が充満していく。


(あいつは確かウーズレイとかいう……どうしてここに!)


 ルカが思考をめぐらせている間にウーズレイは背後から誰かに取り押さえられた。アイラだ。


「ルカ! 集中しなさい! こいつは私が押さえとくから!」


 ウーズレイはそれでもなお笑い続けていたが、アイラに対して抵抗するそぶりは見せなかった。


「ありがとう、アイ——」


「もう遅いよ」


 背後から聞こえた低い声音にぞっとする。視界の端に白銀色の光が映った。ルカはすぐさま瞬間移動で躱そうとした。だが刃が右腕をかすめる。


「うぐっ……!」


 皮膚の表面に鋭い痛みが走った。傷は深くはないが血管がどくどくと暴れるように鼓動し、うまく指先に力が入らない。


 銀髪女がつかつかと歩いてくる。


「馬鹿なウーズレイ……手出しはいらないって言ったのに余計なことをしてくれた。後で叱っておかないとね。だけど君も君だよ、ルカ・イージス。戦場とは常に何があるかわからないんだ。どんなことがあっても目的を見失わなかった者が勝つ。君が今立っているのはそういう場所なんだよ」


 彼女はぶんと剣を持つ腕を振った。刀身についた血が飛んで闘技場の地面に血痕を描く。そしてその切っ先はまっすぐルカに向けられた。


「目的ね……じゃあ、あんたは一体何のためにこの闘技大会に参加したんだよ」


 ルカは痛みを抑えて大鎌を構えるが、真っ向から相手の攻撃を受け止められるほどの体力はもう残っていない。


 ルカの問いに銀髪女は白い歯を見せて笑った。


「そんなことはすぐに分かるよ」


 銀髪女が体勢を低くして向かってくる。ルカは体力を振り絞り”時間軸転移タイム・シフト”を発動。彼女の動きが一瞬停止する。ルカはその隙に大鎌を振り上げた。


 だが、腕が動かない。


 姿勢を低くした銀髪女の首のチョーカーの隙間から桜色の入れ墨が見えた。痛々しく彫られたそれは、エドワーズと同じ旧エルロンド王国の奴隷兵士の証。


「……迷ったね?」


 クロノスの力が解けた。銀髪女がにやりと笑う。そして白銀色に輝く剣でルカの武器を薙ぎ払った。高い金属音が響き、ルカの大鎌は場外に弾き飛ばされる。


 銀髪女は切っ先をルカに向けたまま、ため息を吐いて言った。


「残念だよ。君の神石には壊す価値もないや。神石破壊の力って結構疲れるから、あんまり無駄遣いしたくないんだよね」


 ルカはその場に立ち尽くしていた。頭の中では時間が止まったあの一瞬が幾度も再生される。


 あの一瞬、大鎌を振り切れば勝てたはずだ。華奢な女の身体を両断することなど容易な間合いだった。だが今覚えば、彼女がそこに飛び込んできたのはおそらくわざとだ。まるで、ルカの意思を試すかのように。


 つまり、完全な敗北。


『ゆ、優勝者は! アニェス、いや、銀髪女——』


「違うよ」


 銀髪女はそう言うと、司会のところまで行き拡声器を奪って言った。はっきりとした明瞭な声で。


『あたしの本当の名前を教えてあげる。あたしはターニャ・バレンタイン! よーく覚えておいてね! この闘技大会の優勝者であり——今から牢獄塔バスティリヤに収監される犯罪者の名前だからさぁ!』


 会場中が騒然とする。


 彼女は懐から何やら書面のようなものを取り出し掲げた。ミトス神教会の係員がそれを受け取り目を見開いている。その内容は彼女が自ら出頭すると書かれた誓約書だった。


 やがて闘技大会の会場を警備していたミトス神兵団の兵士たちが集まってきて、ターニャを拘束しだす。彼女は何も抵抗しない。そして何人もの兵士に厳重に囲まれながら彼女はふと振り返り、ルカの方を見て意味ありげに微笑んだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る