mission6-21 アランの賭け


***



「ハァ!? あいつどういうつもりだよ!」


 極寒の大地、ニヴルヘイム大陸。その中央に高くそびえる無機質な塔、それこそが”覇者の砦”と呼ばれるヴァルトロ王の居城。


 その一室で、四神将の一人・アラン=スペリウスはモニターに向かって叫んだ。


 彼が見ていたのは銀髪女シルヴィアの動向だ。キッシュの街で偽の神石を破壊させ、彼女の居場所を追うことができるマーキングを仕込んでおいたのである。


 銀髪女はヴァルトロが囲い込もうとしている共鳴者を狙い、暗殺や神石の破壊を繰り返してきた。これ以上自由にはさせまいと、ナスカ=エラに入国したのを確認してからは彼の地にいるヴァルトロの協力者に連絡を取り、折を見て拘束するように指示を出していた。そして今日こそ彼女を捕えられると、そわそわしながらモニターを見守っていた。


——ところが、だ。


 アランの配下の者が動くよりも先に、女スパイは自らナスカ=エラの牢獄塔バスティリヤに出頭宣言をしてしまった。


「くそが! くそが! くそが!」


 アランは髪をかきむしりながら地団駄を踏む。


 バスティリヤは難攻不落の牢獄。それは囚人にとってという意味ではもちろんのこと、外部から干渉するという見方においても同じことが言える。


「あいつの身柄を拘束したら、これまで俺たちの邪魔をしやがった報いとして人体実験に使ってやろうと思っていたのに……共鳴者なんて貴重なサンプルだぞ!? なのにバスティリヤなんかに入っちまったら……あああああクソクソクソ!」


「なーに悪趣味なことぶつぶつ言ってんのさ」


 ドアが開く音がして、青白い髪の少女が部屋の中に入ってきた。アランはちらとその姿を確認すると、すぐにモニターに向き直って不機嫌に当たり散らす。


「おいクソガキウラノス! 入る時はノックしろって言ってんだろうが! 俺は今忙しいんだ! ガキに構ってる暇はねぇんだよ!」


「ふーん、王様が一緒でも?」


「はっ……」


 アランはびくりとして恐る恐る振り返る。ウラノスの背後にはマティスが腕を組んで立っていた。


「ママママママティス様! どうしてここへ」


「ウラノスに呼ばれたのだ。お前が話をしたがっていると」


 マティスがそう言うと、ウラノスは誇らしげに胸を張った。気が利くでしょう、と言わんばかりに。


(チッ。余計なマネを……)


 アランは歯ぎしりをしたが、さすがにマティスがいる手前ウラノスを怒鳴るようなことはしない。咳払い一つして、渋々と話し出す。


「……マティス様は俺に、ルーフェイとの戦に備えて武器を揃えておくよう命じられましたね」


「ああ。状況はどうだ」


「順調すぎるくらいです。キッシュの武器職人の主要販路は押さえましたし、『骸装がいそうアキレウス』の開発も進んでいます。開戦前には士官以上の兵士の分の用意が整うでしょう。ですが……」


「何だ。何か言いたいことがあるのか」


 低い声で尋ねられ、アランは額に冷や汗が浮かぶのを感じた。


 四神将は最も王に近い立場ではあるが、王の前で気を許せたことは一度もない。むしろ常に緊張がつきまとう。マティスは使える部下しか近くに置かないからだ。少しでも歯向かったり失敗をした者たちが失脚させられていくのを何度も目にしてきている。


 特に一年前、先の”将軍”が解任となった時のことは衝撃的だった。


 その男はヴァルトロが建国する前からマティスを支えてきた重臣の一人で、腕っ節の強さはもちろん、部下からの信頼も厚かった。にも関わらず、ある日突然解任されることになったのである。士官学校の学生との模擬試合で負けた、ただそれだけの理由で。


 たかが模擬試合、しかも学生相手に本気を出す軍人なんて大人げない……誰もがそう思ったが、マティスは周囲の言うことには一切耳を貸さず、男の代わりにその学生を次の”将軍”にしてしまった。


 そう、それがソニア・グラシール。


 唖然とする戦友に対しマティスが放ったのは「貴様、衰えたな」——ただその一言だけだった。


 訝しむマティスの視線に耐えながらアランは慎重に言葉を選ぶ。下手したら今度は自分の首が飛ぶだろう。それだけのことを、彼は今考えていた。


「……やはり、マティス様の大刀無しでは破壊神に立ち向かうのは心許こころもとないかと」


 王の眉間に皺が寄る。


 マティスはジーゼルロックの封神殿で破壊神に大刀を折られて以来、それを強化も修復もしようとはしなかった。彼の矜持の現れなのだ。魔のものと化した息子に対して敵わなかった己を戒め、次こそは武器に頼らず自らの手で討ち果たしてみせると。


 だがあの大刀はマティスの神器でもある。それが折れたままでは十分に力を発揮できず、破壊神に対抗できない。理屈で考えればそれは間違いなかった。おまけに、王の武器が折れたままの状態というのは兵士の士気にも影響してしまう。


 どうすればマティスの矜持を汚さずに大刀を打ち直せるか——アランは一つの賭けをしようとしていた。


「俺に、リベンジさせてもらえないでしょうか?」


「どういうことだ」


「マティス様の大刀を俺の雪辱を果たすために利用させてほしいんです。破壊神の持つあの巨大な剣は、俺にとってにっくき弟弟子おとうとでしが作った神器です。だから、俺がマティス様の大刀を打ち直してそれで破壊神に勝てれば、俺があいつより上だってことを証明できるんですよ!」


 アランは心臓が高鳴るのを感じながらマティスの表情を窺う。少しも動じていない。つまり、いきなり地雷に触れてしまったというわけではなさそうだ。


「アテはあるのか?」


「はい。破壊神の神石は元々スウェント坑道の最深部で掘り出されたものです。調査の結果、あの辺りはポイニクス霊山の鉱脈と繋がっていることがわかりました。神通力の込められた鉱石が多く採れると言われる鉱脈です。調査隊にサンプルを持ち帰らせてみたんですが、うまく加工すれば神器製作において黒流石を凌ぐ素材になるやもしれません」


 マティスはしばらく黙っていたが、やがて鋭い視線をアランに向けて言った。


「やってみろ。お前の戦いの為になるのならば、俺の大刀は好きに使って構わん」


「! ありがとうございます……!」


「良かったねぇ、アラン君」


 したり顔のウラノスにアランは苛立ったが、それとは比べ物にならないほどマティスの許可を得られたことの興奮が大きいせいで、彼にしては珍しく深く気にすることはなかった。


 用は終わったとマティスが部屋を出て行こうとするのを見て、アランはふと思い出す。もう一つ彼に伝えておかなければいけないことがあった。


「そういえば銀髪女がナスカ=エラで自ら出頭したそうですが」


「今は捨て置け。女一人、我々の脅威ではない」


「分かりました。ですが、念には念を入れさせていただきますよ」


 アランは作業机の上に置かれているガルダストリア製通信機を操作し、短い暗号文を入力して送信する。宛先はミトス神教会神官長のアディール。暗号文の内容はこうだ。




——銀髪女 ハ 重罪 トシ 即座 ニ 死刑 ニ 処 セヨ——




***



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