mission6-18 アニェスの正体



 決勝戦に出るためルカが選手控え場所に戻った後、アイラは一度会場の外に出て一服していた。しばらくして会場内が賑わいだしてきた。そろそろ決勝戦が始まる。席に戻ろうとした時、ふと見覚えのある人物とすれ違った。


(あれ……?)


 すれ違った人物の方を振り返る。アシンメトリーの髪型の、姿勢のいい青年。帽子を目深まぶかにかぶっていて顔はよく見えなかったが、その毅然とした立ち居振る舞いが印象的だったのを覚えている。ひとまず席に戻り、アイラはガザに尋ねた。


「ねぇ、確かキッシュのインビジブル・ハンドにボーイが一人いたでしょ。彼、名前なんて言ったっけ」


「ウーズレイだよ。そいつがどうした? アンゼルが殺された日から行方不明になっているらしいが」


「行方不明、ですって?」


「ああ。俺が撃たれた後の騒動の間に消えちまったんだとよ。シスター・ジルと話をしているのを見たってやつもいたし、銀髪女シルヴィアとグルだったんじゃねぇかって——」


 ガザの話の途中、アイラは目を細めて自分たちの席の反対側を指差す。ガザとユナはアイラが示す先を見て息を飲んだ。今話に上がっていた青年らしき人影が歩いているのが見える。


「私、彼を追うわ。なんだか嫌な予感がする」






『いよいよ決勝戦の始まりです! 予選を勝ち抜いた強者の二人がいざ最後の戦いの舞台へ……!』


 割れんばかりの歓声と拍手。こんなにも大勢に視線を向けられているのは初めてで、なんだか照れくさくなりながらもルカは気を引き締めて闘技場への階段を登る。向かい側からはローブの女戦士アニェス。彼女のその余裕げな表情は予選が始まる前からまるで変わらない。


『さてここで、試合開始の前に大巫女イスラ様からお言葉をいただきます!』


 ミトス神教会の係員が彼女に拡声器を渡す。イスラは嫌そうな表情を浮かべていたが、後ろに立つ神官長アディールに小突かれて仕方なく立ち上がった。


『あー……何にも考えてなかったけど、そろそろこの大会も長ったらしくて飽きてきたところだ。ずっと外にいるのも疲れるし、さっさと終わらせて——』


 その時、ルカは視界の端で何かが光るのを捉えた。白銀しろがね色。イスラが急に口をつぐむ。彼女は一瞬視線を泳がせた後、ハッとしたような表情になり闘技場に立つルカとアニェスに向かって言った。


『そうだ。こうすりゃ退屈じゃなくなるじゃないか。あんたらその武器を捨てな。代わりに……真剣の使用を許可する!』


 会場中がざわついた。誰よりも驚いているのは彼女のそばにいるアディールである。


「イスラ様! 何をおっしゃっているのです!? この闘技大会は古代より伝わる神聖な儀式でもあるからこそ、今回は開催が許可されたというのに! 真剣を使うなど聖地を血で汚すような行為、許されるわけが」


 するとイスラはにっこりと妖艶な笑みを神官長に向けた。


『アディール兄さん。大巫女はアタシだぞ? 普段の教会の仕事や政治に関しては興味がないから勝手にやってくれればいい。けど、闘技大会くらい好きにさせてくれよ』


 拡声器で兄妹のやりとりが晒され、アディールは押し黙る。ルカは隣に立つアニェスの口角がつり上がるのを見逃さなかった。


「あんた今、神石の力を使ったよな」


 彼女はわざとらしく首を横にひねる。


「さぁ、何のことかな。それにあたしはポリシーとして、人に無理強いするのは嫌いでね」


「大巫女の意思だと言いたいのか」


「ふふ。君もあたしと戦ってみれば分かるよ」


 そう言って彼女は体勢を低くしローブの裾を腰の高さまでまくる。鞘に赤い刺繍が施され、柄に白銀色の石がはめられている剣があった。彼女はそれを鞘から抜き、ルカに向かって構える。白銀色の光を放つ剣。ルカの中での仮説が確信へと変わる。


 ルカもネックレスを大鎌に変形させて構え互いにいつでも戦える状態になったところで、イスラが思い出したように言った。


『ローブの女。全部自分の思う壺だと勘違いしているならこれだけは言っておく。アタシには。敢えてお前の企みに乗ってやっただけだよ』


 アニェスはペロリと舌を出して肩をすくめる。


「はは、かなわないなぁ。大巫女の予言の力ってことか。じゃあどっちが勝つかも視えてるってわけ?」


 イスラは答えず、含み笑いをするだけだった。


 痺れを切らした司会が鐘を鳴らす。高らかで混ざり気のない音がその戦いの始まりを告げた時、二人の戦士はすでに動き始めていた。


「まずは小手調べと行こうか、義賊のルカ!」


 その口調は楽しげであったが繰り出される剣筋には少しの油断もない。エドワーズの話を聞いてからだと、確かに彼女の動きはエドワーズのエルロンド流によく似ているように感じた。型にはまった剣舞のように見えて、着実にこちらの急所を狙ってくる。ルカは間合いを詰められないよう大鎌で牽制しながら彼女の動きの癖を見極めようとする。ここまではまだ神石を使っていない。


(だけど——強い!)


 しばらくの斬り合い。会場には刃と刃がぶつかる音だけが響き、観客たちは息を飲んで見守っている。


 アニェスは一歩後ろに退いて距離を取ると、体勢を低くして強く踏み込んだ。大鎌の間合いの内側に入るつもりだ。ルカはギリギリまで誘い込み、その場で跳躍。


「はっ!!」


 上空から大鎌を振り下ろす。アニェスはすぐさま避けたが、顔を覆うほどのローブはその刃にかかっていた。布の切れ端が宙を舞う。


 晒された長い髪が太陽に照らされて銀色に輝いた。


 会場中を包むどよめき。当然皆の視線は闘技場の中央に立つ女に向けられている。


「やっぱりあんただったんだな、銀髪女……!」


 着地したルカは再び大鎌の切っ先を相手に向ける。アニェス——いや、本名不詳の女スパイはにっこりと笑ってローブを脱ぎ捨てた。


「あーあ、バレちゃった。けど……お楽しみはここからだよ!」


 彼女が剣を構え直すと白銀色の光は一層強くなり、ルカの頭にあの声が響いた。


“見極めよ……清きを助け、悪しきを罰す、我が名は審判の女神ヴァルキリーなり”




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