mission5-7 依頼の真意



 丘の上は石畳の開けた空間になっていた。中央には石碑に描かれていたのと同じ円形の陣が紫色の塗料で描かれている。


「ノワール、あそこ!」


 アイラが指差した先、円の中心にあたるところには金髪の少年がうつ伏せに倒れていた。この島で唯一の、白骨でない人間。先ほどの悲鳴は彼のものだろうか。ノワールはすぐさま少年のそばに駆け寄り、彼の身体を揺さぶった。


「おい、きみ大丈夫か! 目を覚ませ!」


 意識はない。だがちゃんと脈はあるし息をしている。ほっとした瞬間、彼の背にベトリとした感触を覚えノワールは自分の手を見た。血だ。どうやら肩を負傷しているらしい。よく見ると彼の周りの石畳には血の跡が点々とついている。


「ひどい出血ね……でもこれだけの量、彼のものだけじゃないんじゃないかしら」


「そうだな。そこの白骨を見てみろ」


 少年と向かい合うようにして転がっている白いローブを着た白骨。背丈は少年と同じくらいだろうか。その白骨の周囲もまた赤く染まっている。しかも、乾いた血ではない。


「気味が悪いわね……最近のものとしか思えない血と、肉片すら残っていない白骨、これが同じ場所にあるなんて」


「ああ。しかも血の跡があるってことは……この場所だけ、何かしらの争いがあったってことになる。一体何が……」


 ノワールはふと白骨が着ているローブの一部が盛り上がっていることに気づいた。骨の形状からして不自然な場所だ。ローブの内側を探ると、分厚い手帳のようなものが出てきた。手書きで文字が綴られているが読めない。血が染み込んでしまったのもあるが、これもまた古代ミトス語かそれに近い系統を持つ言語で書かれているようだった。




「ようやく見つけてくれましたね、ブラック・クロスよ」


「!?」




 急に女の声が聞こえてきた。アイラの声ではない。周囲を見渡すがそれらしい人影はない。しかし確実に聞いたことのある声だった。ノワールは懐に入れていた古いミッションシートを取り出す。すると黄ばんだその紙がぼんやりと光ったかと思うと、その光はふわりと紙から離れて人の形に広がっていく。光の強さが弱まり、その人影のコントラストがはっきりとしてくる。ローブを目深まぶかにかぶった女。彼女こそが、四年前にこのミッションを依頼してきた人物の代理人であった。


「あんた……! 一体どうしてここに」


「私は思念体なのです。今は亡き大巫女マグダラが神通力を振り絞りこの世に残した、彼女の意志を継ぐ眷属のようなものです」


 ノワールもアイラも唖然として言葉が出なかった。思念体とはいえ、彼女が代理人であったということに相違はない。何よりも驚くべきは、このミッションの依頼人が『終焉の時代ラグナロク』の到来を告げたの大巫女マグダラであったということである。


「これまで黙っていた非礼は詫びます。私の役目はあなたたちに時の島を見つけさせること。それが叶うまで、正体を明かすのは得策でないと考えました」


「しかし一体何でそんな依頼を俺たちに」


「マグダラの目に何が映っていたかまでは私も知りません。ですが、きっと彼女には分かっていたのでしょう。あなただからこそこの島を見つけられるということ、そしてこの島が正常な形で覚醒を遂げられないということも」


「正常な形……覚醒……?」


 代理人はすっとしゃがみこむと、そこに転がっている白骨の頭蓋を優しく撫でた。


「村の石碑は見ましたか?」


「ああ……何が書いているのかは読めなかったが」


「この島は、時の神クロノスの神石を覚醒させる方法を受け継ぎ、それが表の世界に出ないよう長年守ってきた人々の島なのです」


 代理人はそう言って、倒れている少年の右手を指す。彼は意識がないにも関わらず、右手だけは強く握りしめていた。ノワールはその手を開き、ハッとした。その中には小さな石が紫色に煌々と光っていたのだ。


「つまり、あの石碑に書かれていたのは……」


「クロノスの神石の覚醒方法。そしてその儀はすでに執り行われたようです」


 ノワールの背後でアイラが喉を詰まらせる。神石を無理に覚醒させるためには代償が必要だと聞いたことがある。つまりこの島の人々はクロノス覚醒のための犠牲になったということなのだ。しかも村中に描かれた円を見る限り、この島はそのために作られていたと言っても過言ではない。


「あんた、ここを俺たちに見つけさせてどうするつもりだったんだ」


「クロノスとの共鳴者はナスカ=エラに引き渡していただき、我らが巫女の力をって『終焉の時代』を収束に導くつもりでした。しかし」


 代理人は一旦口をつぐむ。表情は窺えないが、その声音は依頼の達成を喜んでいる様子では決してない。


「……ナスカ=エラもマグダラが死に、状況が変わってきました。おまけに神石の覚醒は不完全。彼の身柄を巫女に渡したとしても世界は何も変わらないでしょう。ですから……その少年はあなたたちに預けたい」


「覚醒が不完全ってのはどういうことなんだ」


「その少年は、本来クロノスの力を得るべき者ではなかったということです」


 代理人に言われ、ノワールは白骨のローブの中から出てきた手帳を彼女に手渡した。彼女はそれをペラペラとめくる。ナスカ=エラの巫女の意志を継ぐ者なのだから、この文字も読むことができるのだろう。


「ほとんど血で汚れていて詳しくは分かりませんが、一番新しいページに『クロノバース三七六年、雨潮うしおの月、鳥覚とりさめこく。同じ十五の歳の少年がこの島にやってきた。一刻も早く彼をこの島から出さなければいけない。儀式の日は近づいている』と書かれています。おそらくは……この白骨となった少年こそが、本来の継承者だったのでしょう」


「つまり生き残った方のこいつは、力を奪った盗人ということか。確かに、そんなやつの身柄は公正中立のナスカ=エラじゃ引き取れねぇよな」


 ノワールの皮肉に、代理人は押し黙っている。


「それにしてもクロノバースって聞いたことのない暦ね」


「おそらくこの島独自のものでしょう。ナスカ=エラにも伝わっていません」


——バサリ。


 代理人が手帳を地面に落とした。彼女の指先は薄ぼんやりと影を失い、だんだんと消え始めている。


「……どうやら、役目を果たしたことで私がこの世に留まっていられるのもあとわずかとなったようです」


「んな勝手な! 報酬だってもらってねぇし、まだあんたには聞きたいことが……!」


「報酬はその少年の身柄ですよ。クロノスの力は強大です。使いこなせるか否かは彼次第ですが、あなたたちにとって力となってくれるはずです」


 アイラは不安げに意識を失っている少年の顔を覗き込む。彼に本当に時を操る力があるなど、にわかには信じがたい。


「迷えるときはナスカ=エラを訪れなさい。私の他にもマグダラの意志を継ぐ者は必ずいるはず。その者がきっと、あなた方を導くことでしょう……」


 代理人の姿は徐々に光の粒となって、空気の中に溶け込んでいく。


「おい待て! ナスカ=エラとこの島は一体どういう関係——」


 ノワールの言葉の最中で、代理人は跡形もなく消えてしまった。辺りは再び不気味なくらいの静けさを取り戻し、倒れている少年の荒い息遣いだけが響いている。呆気あっけにとられているノワールの肩を、アイラがぽんと叩く。


「とりあえず本部へ戻りましょう。この子、だいぶ憔悴しているみたいだし」


 少年の出血はまだ止まっておらず、早く手当てをしなければ危うい状態だ。ノワールは頷くと、ひょいと少年の身体を背負った。


「……そうしよう。俺も少し疲れた」



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