mission5-6 時の島



——三年前。


「ノワール、こっちに未処理のミッションシート置いておきますからね」


「お、おう……まだ全然終わってないんだが……」


 しどろもどろなノワールに構わず、シアンはどさっと音を立ててデスクに書類の山を置いた。ブラック・クロス本部、リーダー執務室。そろそろメンバーも増えてきたということで、この日は過去のミッションについて完了したものと未完のものの整理をしていたのだ。


「ん、これは……」


 ノワールがふと手に取ったミッションシートは、古いものなのか紙が少し黄ばんでしまっている。シアンがノワールの背後に回り、その紙の中身を覗き込んで「ああ」と溜息を漏らす。


「懐かしいですね。その依頼、受けたのは四年前でしたっけ? 『終焉の時代ラグナロク』が始まったのと同じ日のことでしたから印象に残ってます。確か依頼人は代理人を使っていて、頑なに匿名を通してましたよね」


「そうだな。どこにも記録のない島を探せっていう無茶な依頼だった。色々調べてみたが何の手がかりもないし、依頼人とも連絡が取れなくなっちまって、結局やらずじまいになってたんだよなぁ」


「いたずらだったんですかね? そのミッションシートどうしましょうか。破棄してしまうのもありかと思いますけど」


 ノワールは顎に手をやってううむと唸っている。シアンの言うことはもっともだと思う。


 依頼人と連絡のつかない状態で、実在するかもわからない島を探す時間があるのなら、まだまだこなさなければいけないミッションは山ほどある。なんせ今は『終焉の時代』なのだ。かつての二大国は実りのない戦争によって弱体化し失業者で溢れかえっているし、その余波で革命が起こって滅びた国もあるし、破壊の眷属に襲撃されて住む場所を追われている人々が各地にごまんといる。


 しかし彼には一つ、気になることがあった。依頼主の代理人はまだブラック・クロスが十人にも満たない規模だった頃にわざわざ訪ねてきて、二大国であるガルダストリアやルーフェイ、またそこに関係する立場の人間には任せられないのだと言った。しかも報酬は望むもの何でも良いという。ノワールは冗談で「一国の主にしてくれ」と言ってみたが、代理人は表情を変えないまま頷き、「良いでしょう、あの島が見つかるというのは、それ以上に価値のあることですから」と言った。


 そうまでして依頼人が見つけたかった”時の島”というのは一体何なのだろう。どうも気になって、ノワールはそのミッションシートを捨てられないでいた。





 そして数日後。本部の岸辺で珍しくシャチたちが騒がしく鳴いていた。ノワールが話を聞いてやると、子シャチが未知の海域に迷い込んでしまい、それを探しに行ったところ、何もなかったはずの場所に急に島が現れたのだという。その位置はヴィナ大陸の南西側、地図上では何もないとされている。ノワールの脳裏にはすぐに例のミッションシートが浮かんだ。


「おい! 誰か手の空いてるやつはいないか」


「どうしたのノワール。朝からそんな騒いじゃって」


 声を聞きつけたのか、寝ぼけ眼のアイラが外に出て来た。


「ちょうど良かった。アイラ、一緒に来い。今すぐ出発するぞ」


「はぁ?」


 怪訝な表情を浮かべているアイラを無理やり引っ張り、ノワールはカゴに乗り込む。ヴィナ大陸南東の海域など辺境なのでたどり着くまで五日はかかる。その時間がとにかくもどかしかった。この時の彼の胸の内は好奇心でいっぱいになっていたのだ。だから、想像だにしなかった。その島に思わず目を覆いたくなるような惨状が広がっているということなど——。






 その海域には深い霧が立ち込めていた。シャチたち曰く、この辺りは天候が不安定で頻繁に大時化おおしけが起こるので、泳ぎに長けた彼らでさえも滅多に近づくことはないのだと言う。


 霧の中を進んで行くと、確かにそこには島影があった。ブラック・クロスの本部となっている浮島とそう大きさは変わらない。しかし草木一本生えていない岩礁でできた本部に比べ、その島はたくさんの緑に覆われていた。ぐるっと周回してみたが船着場はない。ノワールとアイラは浜辺でカゴシャチを降りた。


(ん……?)


 島に足を踏み入れた瞬間、何か違和感があった。それまで触れていた空気が、急に別物に変わったような感覚。アイラも感じたようだ。きょろきょろと周囲を見渡している。しかしその正体はわからない。目に見える限りは、先ほど見ていた景色と何か変わったところはない。


 二人は見たことのない背の高い木々に囲まれた細道を通って島の中心を目指した。人気ひとけはなく、辺りはしんと静まっている。無人島なのだろうか? そう疑い始めた時だった。


「なんだ、これ……!」


 すぐ後ろをついてきたアイラも、細道の先に広がっていた光景を目にして口を覆う。


 そこは、間違いなく人の集落


 地面には荒く削り出されたタイルが敷き詰められてよく整備されている。白いタイルの中に線を引くように紫色のタイルが混ざっていて、そのコントラストが美しい。家々は基本的には一階建てになっていて、どれも白泥によって作られているため白く、その輪郭は独特な曲線を描いている。辺境特有の文化が見られる以外は、平和そうな集落かに見えた。


 しかし異質を際立てているのは周囲に点々と転がった白骨である。争った形跡は一切ない。腐臭もしない。死者を並べたような規則性もない。ある家屋の中では店番をしたまま白骨化してしまったようなものもあった。


「何よ……どういうことなのこれ……」


 アイラが声を震わせる。まるで普通の暮らしをしていた人々が突然一斉に白骨化してしまったかのような光景。一見すると穏やかな死だが、何が起きたのか原因が分からない今、その穏やかさがかえって不気味だった。


 ノワールたちが通ってきたのは村の脇道にあたる場所だったようだ。村の奥には一回り大きな家がある。その家の前まで行くと、人の背ほどはある石碑が置かれていた。


「これは……古代ミトス語か?」


 石碑には何か書かれているようだが、文字は読めない。中央には同心円が描かれ、その円周上には絡みつくようにして人間のような形をした紋様が刻まれている。よくよく見ればその人間の形は小さいものから大きなもの、そして腰を曲げたような形のものまで揃っている。そしてそれらが囲む円の中心には、大きな鎌を持ち背に翼を生やした神の絵が描かれていた。


「この線って、もしかして」


 アイラがぼそりとつぶやき、地面を指差した。白いタイルの中に混ざる紫のタイルが描く線。それはまるで波紋のように島の外縁に向けて等間隔で円形を成していた。


「嫌な予感がするな」


 石碑と同じように島全体に描かれた線と、その線の上に転がっている白骨。同心円の中心にあたるのは——それはちょうど、ノワールが石碑がある家の向こうにある小高い丘の方を見やった時のことだった。その方角から少年と思われる声の悲鳴が聞こえてきたのだ。それはこの島に来て初めて聞いた人の声だった。


「行ってみよう!」


「……ええ」


 アイラは両耳のピアスを外して神器に変える。ノワールもいつでも神器が使えるよう腰につけているチャームを外し、丘の上につながる石段を一気に駆け上がった。




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