mission4-34 もう一人の息子




「破壊神が、あんたの息子……!?」




 天災を引き起こし、破壊の眷属をって誰彼構わず殺戮を行う恐怖の象徴・破壊神。それはしばらくの間神話の中だけの存在と思われていたが、七年前突如として降臨し、世界に『終焉の時代ラグナロク』をもたらした。マグダラの最期の預言によって、破壊神は人間への失望によって生み出されたのだと世界中に伝えられ、今でも多くの人々がその言葉を信じている。


 だが、真相は違う。


 創世神話の原典にほのめかされた、一部の人間しか知りえない事実--それは、破壊神が元人間であるということ。破壊神の正体は二国間大戦の最中、ガザが師匠ヴェルンドに禁忌とされていた石で作り上げた神器によって覚醒した人間。


(それがまさか、ヴァルトロ王の息子だって……?)


 もう一人の王子・ドーハは破壊神の方へと駆け寄っていく。穢れに満たされた水たまりがあるせいで、触れることはできない。彼は水たまりのすぐ手前でしゃがみ込み眠っている破壊神の表情を覗き込んだ。「間違いない……」と小さく呟くと、王やルカたちのいる方へバッと振り返る。


「どうして……どうしてですか父上! ライアン兄さんがどうしてここにいるんですか? 七年前に言いましたよね……兄さんは、戦地で死んだって! 二国間大戦の時に、ルーフェイの兵に殺されたって……!」


 ドーハの顔は青ざめ、その声はわなわなと震えている。だがマティスの表情は変わらなかった。


「確かにお前のよく知っているライアンはあの時に死んだ。れはライアンの姿をしているだけの破壊神だ」


「そういう問題じゃないんだよ!!」


 ドーハの叫び声が空間の中でこだまする。彼は肩を上下させながらゆっくりと立ちあがり、父親を睨むように見る。頼りなげな風貌ではあるが、その瞳の中の光の強さは確かに親譲りのものだ。


「なんで今まで教えてくれなかったんですか……! 兄さんは生きているって、その一言を、どうして……! 知ってさえいれば、俺も母上も……!」


 するとマティスは大きくため息をついた。その吐息に、場の空気が張り詰める。カチャリ、と彼が大刀のつかを握り直した音が響く。


「……愚か者め、分からんか。『終焉の時代』を終わらせるためには破壊神を殺す--それしかないのだ!」


「やめろ!」


 大刀を破壊神とその手前に立つドーハに向かって構えるマティスに、ルカは考えるよりも先に動いていた。クロノスの力を発動し、一瞬で近づいて彼を止める。ただ、それだけのことのはずだった。しかし気づいた時にはルカの身体はマティスのいる方とは反対側、つまり後方へと吹き飛ばされていた。


「ぐっ!」


「ルカ!」


 背中を打ち付けるルカに、ユナが駆け寄り手当てをする。覇王は大刀を振るうことすらしなかった。一瞥くれただけで、ルカの足元に強い風が生まれ、それがまるで蛇のように足に絡み、抵抗する隙なく吹き飛ばされていたのだ。アイラたちはマティスに向かって武器を構えたが、彼は背を向けたまま低い声で言った。


「邪魔をするなよ、小僧ども。破壊神無き世で息をしていたいと思うのならばな」


 また強い風が吹いた。皮膚の表面がチリチリと痛い。刃のように鋭く吹き荒び、下手に身動きを取れば切り裂かれてしまいそうだ。


退け、ドーハ!」


 マティスに怒鳴られ彼は肩をびくつかせたが、それでもかぶりを振る。マティスはまた一つため息をつくと、大刀の切っ先を破壊神へと向ける。そして腰を低く構え「ハァァァァァ……」と力を込める。大刀の刀身が濃紺色の光を帯びていった。いよいよ父親の本気を感じ取り、ついにドーハはあたふたと破壊神の元から離れる。


 ルカは歯を食いしばったがうまく足に力が入らず立ち上がれなかった。おまけに風は相変わらず強く吹いていて、マティスに近づけるような状態じゃない。


(くそう……こんな、目の前で何もできないなんて……! 確かに破壊神を倒せば『終焉の時代』は終わる。けど……!)




「--決着をつけるぞ、ライアン」




 マティスが大刀を構え破壊神に向かっていく。もう、誰にも止められない--ルカがそう思った時、ユナの足元の影が勢いよく伸びていくのが見えた。





--グシャッ。





 刃物が肉にめり込む嫌な音がする。終わったのだ。結局はヴァルトロの思い描いた通りに。ルカは恐る恐る顔を上げた。しかし、そこにある光景を目にして息を飲む。マティスの大刀が貫いているのは--



--リン。



 の身体から、血とともに小さな鈴がこぼれ落ちる。



「ハリブル!?」




 声を上げたのはグレンだった。マティスに斬られたのは破壊神ではない--いつの間にか現れ、破壊神を庇うようにして間に入った行商人の女。


「……惜しい、なァ……あと、ちょっとだったのに」


 ハリブルはそう小さく呟き血を吐いた。大刀に串刺しにされるような格好で、彼女の腹部からはとめどなく血が溢れている。奇抜な配色の服もみるみるうちに赤一色に染まっていった。


「どうしてあいつがこんなところに……!」


 グレンが彼女に駆け寄ろうとする。しかし後ろに引っ張られた。ユナがグレンの服の裾を掴んでいたのだ。彼女は何か怯えたような表情を浮かべ、首を横に振る。行ってはいけない、と言うように。


「何だ貴様は」


 顔をしかめるマティスに、ハリブルは弱々しく笑った。


「これを、見れば……分かる?」


 よろよろと懐から取り出したのは--陶器の仮面。その瞬間、グレンの頭の中で全てが繋がった。


「まさか、仮面舞踏会ヴェル・ムスケ……お前だったのか! 俺たちの村を……父さんや母さんを!」


 荒々しくユナの手を振り払うと、グレンは背負っていた神器を構え、群青色の光の矢をハリブルに向かって放つ。矢は何にも阻まれることなく彼女めがけてくうを駆ける。ハリブルは今、マティスの大刀に貫かれたまま身動きできないはずだ。しかし、彼女は余裕の笑みを浮かべると声高々に叫んだ。


「あはははははは! 君は最っっっっ高に悲劇的だったよ、グレン! 仇を討ちたいだろうねぇ、君を騙してたあたしを殺したいだろうねぇ! でももう遅い--」


 その瞬間、彼女の形が崩れた。まるで泥でできた人形のように黒一色となって地面に落ちる。ルカたちは当然のこと、彼女を突き刺していたはずのマティスでさえ見失う。しかし彼女が再び姿を現わすまで、そう時間はかからなかった。なぜなら逃げたわけではなく、倒れている破壊神の元へと移動しただけだったからだ。


 ハリブルは破壊神の身体を抱き起こすと、眠っているその顔を両手で包み込む。




「愛しい愛しい破壊神……あたしの血を、どうか目覚めのかてとなさいませ」




--その場にいる誰もが、耳と目を疑った。




 血塗れの仮面舞踏会の女が、破壊神の唇に優しく接吻をする。


 その瞬間、赤黒く強い光が周囲を覆った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る