mission4-33 封じられているもの



--ブワッ!



 真っ暗だったルカの視界が、急に赤く染まった。


「何だったんだろう、今の……」


「どこかに移動したみたいね」


 声でユナやアイラ、他の仲間たちもそばにいることが分かり、ルカはまず安堵した。目が慣れてくると、自分たちがいつの間にか影から抜け出して赤い光に満ちている場所へ出たのだとわかった。


 ルカはまばたきをしながらじっくり目を凝らす。円形に背の高い不揃いな石柱が立ち並び、その周囲をまるで結界のように風の轟音が囲う。


 石柱と風が守るようにして囲っているものに視線を向けた時、ルカは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。そこには、ルーフェイの呪術文字が書かれた札が何枚も貼られた分厚い白地の布で、包帯を巻くようにぐるぐる巻きにされた人影があった。顔や指先までしっかり覆われて、その中にいるものが本当に人かどうかは分からない。しかし両手を上げるような格好で封神殿の壁に鎖で繋がれているとすれば--その正体として思い当たるのは一つしかなかった。




「破壊、神……?」




 時折ピチャリという水音がした。グレンが小さな声で「上だ……」と呟く。見上げてみると、天井から雨漏りのように赤黒い雫がこぼれてきていた。それは破壊神の頭上に落ち、包み込む布を伝って染み渡る。破壊神の足元には水たまりがあり、そこに再び雫が一滴一滴こぼれていく。水たまりの色は……ヤオ村の池の色によく似ていた。




「四神将……しくじったか」




 低い声が響き、ルカたちは身構える。石柱の前に立っていた濃紺の軍服の二人のうち、一人がゆっくりとこちらを振り返った。視線を向けられるだけで、神経がビリリと震える。背まである髪には白髪が混じっているが、彼の場合はそれがかえって威厳を示しているかのようだった。恵まれた体躯に、顔の左半分には戦歴を物語るような古傷。説明が無くともわかる--彼こそがヴァルトロの覇王・マティス。


「お前らは、ブラック・クロス!」


 マティスの隣に控えていたくせ毛の王子・ドーハが叫ぶ。こうして並んでみると確かに緑がかった髪の色とその癖のかかり方は似ているが、顔や体つきは父親と比べると随分ひ弱であまり親子とは思えなかった。


「ちょっと待て……よく見ればユナ姫じゃないか! そんなに髪を短くして……まさかそいつらにさらわれたんじゃ」


 ユナに気づいてあたふたとするドーハに、彼女はムッと口を尖らせて言い返す。


「私のこと無理やり連れて行こうとしたのはあなたたちの方でしょう! それに……!」


 ユナは水の祭壇でアランに言われたことを思い出したが、唇を噛んで言い止めた。ドーハに言っても無駄だろう。コーラント来訪の真の目的がヒュプノスの樹の実験のためだったとは、彼自身も聞かされていなかったに違いない。


 マティスはルカたちを一瞥いちべつしたのち、何も言わずに破壊神の方へと向き直った。ルカはその背中に向かって叫ぶ。


「あんた本当に破壊神を殺す気なのか!? 何がどうなって破壊神が生まれたのかは知らないけどさ……そいつは元人間だって、あんたたちも知っているんだろう!?」


 しかしマティスは返事をしないまま背負っていた大刀をすっと抜いた。アイラもルカに続けて言う。


「問題はそれだけじゃない……戦争になるわよ。ここはルーフェイの王家が七年間密かに守り続けてきた場所なんでしょう。そこにヴァルトロの王であるあなたが手を出せば」



--ズシン!



 地響きがして、アイラの言葉は途切れた。マティスが大刀を地面に勢いよく突き刺したのだ。その衝撃で破壊神の周りを囲っていた石柱が音を立てて崩れ落ち、石柱の間に吹いていた風は居場所を失ってルカたちのすぐそばを通り抜けていった。マティス・エスカレードがゆらりと振り返る。その背後に見えるのは--八匹の大蛇の影。それぞれが牙をむき、ルカたちを威嚇している。




「--それが、どうした?」




 マティスは大刀をゆっくりと抜くと、ぶんと横薙ぎに振るった。その剣閃からごうと音を立て強風が巻き起こる。体重の軽いユナはよろけてその場に倒れこむ。しっかり踏ん張っていないと吹き飛ばされそうだ。




すべて知っているとも。貴様らの偽善が産声うぶごえを上げる前から」




 マティスが巻き起こした風はかまいたちのように鋭く、破壊神を包む布を裂いた。バサリ。顔あたりの布が裂け、そこから長い髪が零れ落ちた。伸びきったそのボサボサの髪の隙間から覗く、血の気のない肌の色。それまで父の怒りに触れまいとばかりに縮こまっていたドーハは、急に目の色を変えた。



「え……まさ、か……」



 ヴァルトロの王子はそう呟いたかと思うと、よろよろと破壊神の元へと近づいていく。一体どうしたというのだろう。マティスはもう一度大刀で薙ぎはらう。理解が追いつかないルカたちの思考もろとも一刀両断するかのように、今度は破壊神に向けて。ガシャンと音を立てて破壊神を繋いでいた頑強な鎖が砕け散った。そして顔を覆っていた布が裂け、彼の素顔が露わになり……マティス以外の全員が息を飲んだ。




「--れは、俺の息子だ」




 鎖から解き放たれた彼は、眠っている……あるいは死んでいるかのように目を閉じて足元にあった水たまりの中に倒れている。


 破壊神と呼ばれるその人物は--ドーハとマティスによく似た顔をしていた。




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