mission4-32 二人の関係



--ガラッ。



 ルカは砂埃にまみれながら、巨大な地響きと共に崩れ落ちた瓦礫がれきの山から抜け出した。


「イテテ……ギリギリのところで時間軸が戻ってきたのはラッキーだったな……」


 落下の瞬間に身体の自由が戻り、クロノスの力で落下速度を落とすことができたのだ。ルカは上方を見やる。今いる空間は先ほどまでの祭壇の場所に比べ、天井がかなり高い。封神殿に入る前に昇った階段と同じくらいの高さだろうか。この衝撃を直に受けていたら怪我どころでは済まない。想像してゾッとする。


「アランの術か……」


 ルカはハッとして声がした方に顔を向ける。四神将ソニア・グラシールも同じように落下してきたらしい。無傷なところを見ると、彼も神石の力を使って衝撃をなくすすべを持っていたのだろう。


 ざっと周囲を見渡してみたが、仲間の姿は見当たらない。彼らはまだ上階にいるか、あるいは別の場所にいるか--いずれにせよ、無事だと信じる他に今のルカにできることはない。


 ルカはネックレスに戻っていた神器を再び大鎌に変化させ、ソニアに向かって構える。


「仕切り直しだ」


 しかしソニアは鞘にしまった長刀を抜くことはなかった。


「こうなるとは想定外……だが、俺にとっては都合が良いか」


「ん? どういうことだよ」


 ソニアはルカを無視してくるりと背を向け、つかつかと空間の奥の方--薄ぼんやりと赤い不気味な光が見える--へと歩き出した。


「おい!」


 ルカはその後を追う。ソニアは歩みを止めない。


「あんたさっき破壊神のこと知っているようなこと言ってただろ! 何で知ってるんだ? 破壊神は一体誰なんだ?」


 黒髪の青年は振り返らないまま答える。


「ついて来れば分かる。この奥は、破壊神が封じられているだ」


 ルカはゴクリと唾を飲む。ここからだと遠くてよく見えないが、奥の方の赤い光があるあたりには巨大な黒い鎖が壁面を覆っていて、その周囲を囲むように円形に石柱が立ち並んでいる。その手前には石畳の長い階段があった。本来は三つの宝玉で広場の扉を開け、あの階段を降りて最奥部を目指す予定だったのだ。


「けど何でだよ、あんた俺たちを止めるように言われていたんじゃないのか」


「状況が変わった。俺にはお前たちの相手をするよりも優先しなければならない使命がある」




「その使命って何です? ボクにも聞かせてくださいよ、ソニア」




 どこからともなくキャハハハという耳障りな笑い声が聞こえる。ソニアはぴたりと歩みを止めた。


「キリか。アランと一緒じゃなかったのか? この崩落はあいつの仕業しわざだろう」


 すると足音が小さく響いて、岩陰から細目の軍服を着た少年が現れた。ニヤニヤと笑みを浮かべていて殺気はないが、ルカは反射的に身構える。


「少々計算が外れたんですよ。まさかあの田舎姫の歌でアランの気性が入れ替わってしまうとはね。鬱モードのアランには手がつけられません。それはあなたも知っているでしょう、ソニア。そばにいたらボクの身がもたない」


 やれやれ、とわざとらしくため息を吐く。少年らしくないその所作と貼り付けられたような笑顔はいつ見ても不気味だ。


(ユナとアイラはこいつらとぶつかったのか。二人は今どこに--)


「心配しなくても大丈夫ですよ、ルカ・イージス。一人にはすぐに会わせてあげますから」


 キリはルカの考えを察したかのようにそう言うと、腰にさしていた杖を取り出し横に振った。小豆色の光が発せられ、目の前に靄がかかる。だんだんとそれは人の形になり--




「アイラ!?」




 ルカの前方に立つソニアの指先がぴくりと動く。二人の目の前に現れたのは、えんじ色のカーブがかった長い髪に、ファー付きの黒のロングコートを着たいつも通りの格好のアイラだ。だが、様子がおかしい。灰色の三白眼は光を失くしてどこかうつろで、ぼうっとどこか遠くを見ているかのようだ。キリが杖を振ると、アイラはピアスを双銃に変化させ銃口を向けた--ルカとソニア、二人に。


「お前、アイラに何を……!」


 ルカが向かっていこうとすると、すっと差し出されたソニアの腕に阻まれた。


「……これは何の真似だ、キリ」


 ソニアの声が低く響く。キリはそれを面白がるかのようにキャハハハと甲高い声で笑った。


「マティス様が破壊神を倒せば名実共にこの世界は我らがヴァルトロのものになる……だから、今のうちにあなたの忠誠心を確かめておきたいんですよ」


「意味が分からんな」


「そうですねぇ……あなたはいつでもその顔だ。何も感ぜず、何も存ぜず。……ですから、こういうのはいかがでしょうか?」


 キリがすっと軍服の懐に手を入れる。そして取り出したのは焦茶色に光る石のはまった、まるで天秤のような形をした杖。


--ゴゴゴゴゴゴ……


 上階の崩落時に落ちてきた瓦礫が杖の先の石と同じ色の光に包まれ、ゆっくりと浮き上がり始めた。


「さぁ、どうします?」


 キリが杖を振り上げた。瓦礫がスピードを上げて向かって行く先はルカたちの方ではない。微動だにしないアイラだ。




「アイラ!!」



--パァン!




 鋭い銃声の音が響く。そのすぐ後に、浮かんだ瓦礫がぶつかり崩れ落ちる音。砂煙がもうもうと立ちのぼる。




「キャハハハハハ……ブラック・クロスに助けられましたねぇ、ソニア」




 アイラの身体は無事だった。ルカがクロノスの力で瞬間移動して、彼女を移動させたのだ。ルカに押されて地面に倒れた衝撃で、アイラはハッと意識を取り戻す。


「痛……あれ、私ここで何を……!?」


 アイラは横で倒れているルカを見てぎょっとする。彼の左足の太ももから血が流れている。それに、硝煙を上げる自分の神器。嫌でも何が起きたのか理解できてしまう。


「ルカ! 私一体何をして……!?」


「はは、目が覚めた? アイラ姐さん……」


 ルカは息を荒げながら自力で立ち上がろうとしたが、左足に上手く力が入らず崩れ落ちた。アイラは肩車する形で彼を支える。彼女自身先ほど戦ったときの傷は癒えておらず、背中はズキズキと痛んでいたが歯を食いしばってこらえる。二人でなんとか立ち上がり、アイラはそこでようやく気付いた。




「ソニア……!?」




 名前を呼ばれた四神将は無表情のまま、こちらに顔を向けた。眼帯の奥はどんな形をしているのか、そればかりは知り得ないが。


 沈黙を壊すかのように、キリはわざとらしく咳払いをした。


「いやはや、まったく残念ですよ。ルカ・イージス、あなたが出しゃばってしまうからこの男の本性を見定められなかったじゃないですか」


「なんだって……!? そんなことのために、どうしてアイラを……!」


 語気を荒げるルカを無視し、キリは再び耳障りな声で笑う。


「そうですねぇ、次はルカ・イージスに術をかけてアイラ・ローゼンを襲わせてみましょうか。そうすれば今度は彼女を助ける者はいない。あなたは耐えられますか? 幼い頃同じ場所で過ごした彼女を」




--ゾワッ。




 キリが途中で口をつぐむ。周囲一帯に冷たい空気が流れた。ルカはそれを知っている。命の祭壇で感じた、ソニア・グラシールの神石・ハデスが持つ気配……この冷たさはこの世のものではない、冥界からもたらされるものだ。




「……ふざけるのも大概にしろ。でないとこの場で全員殺す」




 ソニアの声に、ルカは体内の臓器が凍ってしまうかのような心地がした。本気なのだ。キリの表情を見やると、ソニアの怒りを感じ取ってはいるようだが、相変わらず不気味な薄笑いを浮かべていた。二人の四神将の対立--緊張感が漂う中、ルカの身体を支えているアイラは痛みに顔を歪めながらも一つため息をつくと、顔を上げて余裕げに笑って言った。




「ソニアが私を助けるわけがないわ……あなたにとって私はだもの。ね?」




 アイラに視線を向けられ、ソニアの口元が何か言いたげにぴくりと動く。ルカがアイラの言葉の意味を聞こうとした--その時だった。




「ルカ! アイラ!」




 背後の方で声がする。振り返るとユナ、グレン、リュウがこちらに向かって走ってきていた。


「みんな! 無事だったか!」


 しかしなぜ走ってくるのだろう。彼らの表情を見る限り、ルカたちに向かってというよりは、何かから逃げているかのような様子だ。


「二人とも、伏せてーーっ!!」


 ユナが大きな声で叫ぶ。ルカとアイラは反射的にその場にうずくまった。ソニア、キリもサッと構える。


--ドゴォン!!


 すぐ頭の上で巨大な爆発が起こった。


「死ね死ね死ね死ね……ああ俺をそんな目で見るな……いっそ気づかないでくれ……俺みたいなやつは暗い場所に閉じこもっているべきなのさ……それでも俺を引っ張り出すやつは……ああ苦しいいいいいい……!」


 腕をだらりと下ろし、ブツブツと何かつぶやきながらこちらに向かってくるのは--四神将のアラン。


「あれがアラン=スペリウス? なんか前に会った時とはまるで別人のような……」


 ルカが呟くと、キリは狂ったように笑った。


「キャハハハハ! ユナ姫の歌のおかげで気性が入れ替わってしまったんですよ! あの状態のアランがここに来てしまっては、マティス様の邪魔になりかねない。ソニア、手伝ってくれますね?」


「……ああ」


 ソニアは頷くと、地面を蹴ってアランの方へ駆けていく。キリは神石ヒュプノスの杖の方を取り出し、何やら呪文を唱え始めた。




 四神将二人がアランを止めにかかっている隙に、ユナたちはルカとアイラの元へと合流した。ユナはルカの足の傷とアイラの背中の傷に手をかざし、クレイオの歌を歌うと、傷口が薄桃色の光に温かく包まれた。


「はは……結局全員落ちてきちゃったな。しかもみんなボロボロ」


 ルカがそう言うと、グレンは彼の肩車をアイラと交代しながら背中を軽く叩いた。


「バカやろう、無茶しやがって。……とにかく、無事でよかった」


「おう、お前もな」


 ルカはにっと笑う。傷口をまとっていた薄桃色の光はだんだんと弱まり、傷口が綺麗に消えていった。クレイオの力で体力が戻るわけではないが、これで痛みなく動くことができる。


「さて、今のうちにっと」


「あれ、ユナ何か言った?」


 全員の注目がユナに集まる。しかしユナは慌てて首を横に振った。


「ううん、何も言ってないよ」


「そうそう、言ってないよ」


「「「「……?」」」」


 ルカたちは顔を見合わせる。この場にいる誰のものでもない声がする。ユナの方から。しかし誰よりも戸惑っているのはユナ自身だった。


「おれたち以外に、誰かいるのか?」


 ルカはユナの周りをぐるりと回ってみるが、誰かが……あるいは何かが隠れているような気配はない。


「この声、聞き覚えあるんだけどな……」


 グレンがそう呟いた時だった。彼らの足元が暗くなる。いや、正しくは暗くなったのではない。ユナの足元の影が伸びて、ルカたちの影を飲み込んだのだ。


「--!?」


 あまりの奇妙な出来事に、全員がその場で声を失う。まるで溶けた氷菓子のように、ルカたちの身体は影の中に飲み込まれていったのだ。視界が急に地面に近くなり、いつの間にか何も見えなくなる。ルカたちの頭の中には、やはり聞き覚えのあるあの声が強く響いた。




「さてさて。これよりブラック・クロス御一行、七年間じーっくり熟成させた悲劇へ……いざ、ご招待ーっ!」





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