mission4-31 鬱モードアラン




「ハァ……ハァ……あれ、まだ誰も来てないのか……?」


 呪術文字で創世神話が壁中に書き連ねられた広場に戻ってきたグレンは、息を整えながら辺りを見渡す。最奥部につながる大きな扉の前には誰もおらず、三つの窪みにも一つも宝玉がはまっていない。


「他の通路にも行ってみるか……。早くしないと、あいつがあの四神将に一人でどうにかなるとは思えないし」


 そう思ってリュウが進んだ道、風の祭壇へ続く通路の方へ一歩踏み出そうとした時だった。


--ガサッ。


 通路の奥から物音がして、グレンはすぐさま身構える。這うようにしてゆっくりと姿を現したのは--ネコ型のぬいぐるみに引っ張られる鬼人族の青年であった。その手には緑色の宝玉がしっかりと握られている。


「リュウ!」


 グレンが駆け寄ってくるのに気づいて、サンド三号はホッとしたような表情を浮かべたのち、通路中に響くような声で喚きだした。


「びぇぇぇぇぇぇぇ! 来てくれて助かったわぁぁぁぁぁ! この阿呆が体力切れで動けのうなって、オイラ一人で運ばなあかんかと途方にくれとったんよぉぉぉぉ!」


 あまりの声の大きさに耳が痛くなる。隣の通路まで響きそうな勢いだ。グレンは「シーッ」とサンド三号を黙らせると、ぬいぐるみに代わって傷だらけのリュウの身体を背負った。


「……グレン、か」


 リュウがぼそりと呟く。


「なんだ、意識はあるのかよ。体力戻ったらさっさと自分で歩いてくれ。野郎を背負う趣味はねぇからな」


「……すまん」


「いーって。その宝玉とってきたってことは一人で四神将に勝ったんだろ。すげぇな。俺はルカに任せて逃げてきちまったから」


「いや、そうじゃない」


「ん?」


「村でお前の話を聞いた時……最低だなと言ったが……あれは忘れてくれ。後でユナからサラスヴァティーの話を聞いたんだ。……悪かった」


「ああ、そんなことか。気にしてねぇよ。悪口言われんのは慣れてんだ。むしろ面と向かって言われた方がせいせいするね」


 グレンがそう答えると、リュウはフッと弱々しげに笑う。


「あと……俺はお前にそういうことを言えるような立場でもない……昔は金目当てに縁も何もない人間をぶん殴ったりしてきた」


「おまけにシアンのストーカーみたいなこともしてはったしな!」


 リュウの体重から解放されてグレンの前をスタスタと歩いているサンド三号が突っ込むが、リュウは無視した。


「俺に比べたらグレン、お前は随分まともだ。詫びと言ってはなんだが……ヤオ村が元に戻るまで、最後まで付き合ってやる。この、リュウ・ゲンマがな」


「はっ。そんなボロボロの身体で言われても全然説得力ねぇよ!」


 グレンは笑う。少しだけ涙腺が緩んだのを、誤魔化すかのように。






「あとは……アイラとユナか」


 再び広場に戻ったグレンとリュウは、もう一つの通路の前に立つ。


「ルカは……あいつはなんとかなりそうなのか?」


 グレンが持ってきていたヤオ村の薬のおかげで少し体力が回復したリュウは、腕を組みながら尋ねる。


「いや……だけど、ルカは”時間軸転移タイム・シフト”の力の反動を食らってまで俺を先に進ませようとしてくれた。今はとにかく前に進むことを考える」


 それを聞くと鬼人族の青年はうむと頷く。


「まぁ大丈夫だろう。あいつが簡単に死ねない身体だってのは俺もこの目でよく見て知っている」


「そう言えばルカ本人も同じようなこと言ってたけど、それってどういうことなんだ?」


 リュウが黙っていると、代わりにサンド三号がしゃべりだした。


「三年前、記憶を失ってたルカをオイラたちのリーダーがブラック・クロスの本部に連れてきた時のことや。今でこそ明るく飄々として見えるけど、当時のルカはとにかく無口で根暗で無表情で、食事も一切食わん奴やったんよ」


「え、そうなのか? 信じられん……」


「んで、厄介なことに何度も何度も自傷行為を繰り返したんや。よほど記憶なくして目を覚ましたのがショックやったんやろうなぁ。でも、ルカは死ねんかった。自分を殺そうとすると、まるで何かに憑かれたみたいに身体が勝手に動いてそれを阻止されるんやと。あれははたから見たら……呪いみたいなもんやね」


 声を低めて言うサンド三号に、グレンはびくりと肩を震わせる。それを見てぬいぐるみはケラケラと笑った。


「グレンはビビリやなぁ」


「こんな場所でそんな話されたら怖くもなるだろ!」


「だから大丈夫。ルカはそう簡単には死なん」


 リュウはぽんとグレンの肩を叩く。気負いすぎるな、ということなのだろうか。ルカの話を聞いて違う意味で不安にもなるのだが。リュウはグレンが複雑な表情を浮かべているのを意に介さず、すっと目の前の通路の奥を指差す。


「それよりも俺が心配なのは--あの二人だ」






 少し待ってみたが、ユナやアイラが広場に戻ってくる気配はない。リュウとグレンは二つの宝玉を持って、ユナたちがいるはずの通路を進んでみることにした。道がすぐに水によって阻まれていることに驚きはしたものの、グレンの神石サラスヴァティーによってその水がヤオ村の聖水と同じものであることが分かった。


「つまり、この道は村の水源に繋がってるってことか……」


 グレンはこの時にはもう理解し始めていた。ソニアが言った、封神殿は破壊神を封じるのではなく増強するための場所だということ。そしてかつてサラスヴァティーに言われた、聖水には破壊神を浄化できるだけの力はないということ。


「聖水を元に戻すためには、破壊神をこの場所から追い出さないといけないんだろうな」


「話の通じるような奴だといいが」


「阿呆! 七年前に二国間大戦の戦場を壊滅させた奴やぞ! 立ち退き交渉なんてできるはずないやろ! 大人しくこんなところに閉じ込められとるってのが不思議なくらいや……」


 足元に生えている雑草を水の中に落としながら進む。奥は風の祭壇や命の祭壇と同様開けた空間になっている……が、少し様子が違っていた。天井が崩落でもしたのか、ところどころに岩石が落ちている。


「アイラ! ユナ! ここにいるのか?」


 しかし辺りはしんとしている。


「誰もいない……?」


 グレンが空間の中に一歩踏み入った時だった。




「だめ! それ以上こっちへ来ては!」


「ユナ!?」




 ユナの声とともに、彼女の円月輪がグレンたちの目の前まで飛んできた。グレンたちの身体が薄桃色の光に包まれる。一体何が--そう思った瞬間、目の前で激しい爆発が起きた。


--ドゴォン!


「大丈夫!?」


 爆煙が晴れきらないうちに、ユナが駆け寄ってきた。息を切らして、着ている服はボロボロだ。


「ああ、ユナの力のおかげで俺たちは平気だ。けどどうした? それに、アイラは……」


 グレンが尋ねると、ユナは唇をぎゅっと噛む。


「……ごめん。私を庇って、キリに連れ去られてしまったの」


「!? まさか、あの人が……」


「おい、集中を切らすな。次が来るぞ」


 いつの間にか臨戦態勢に入っていたリュウが低い声で言う。爆煙が少しずつ晴れてきた。その向こうにゆらりと姿を現わすのは、白衣に眼鏡、巨大化した機械の左腕を持つ男。四神将アラン=スペリウスだ。しかしどこか様子がおかしい。まるで糸人形のようにこうべを垂れ、だらりと腕を下ろし、肩を震わせて不気味に笑っている。


「私がエラトーの歌を歌ってからなんだか雰囲気が変わってしまったの。気をつけて……手数は少ないけど、神石の力はすごく強い。次はカリオペの力じゃ防ぎきれないかもしれ--」


--ドゴォン!


 ユナの言葉を遮るように、また三人の目の前で爆発が起きる。


「ハァァァァァァァァァァァ……一体何をぶつぶつ言ってやがんだ? 俺の陰口か? ああもう聞きたくねぇよ……分かってるのさ、俺は利き腕を失くした時点で人生終わってんだってよ……ああ、今のこの瞬間だってただの消化試合さ……マティス様も本心では呆れてるに違いねぇ。だから最奥部に俺を連れて行ってくれなかったんだろうよ……ハハッ、じゃあ何のために俺はここにいるんだ? ああああ死にてぇ。死にてぇなぁぁぁぁああああああああ!」


 アランの全身を若草色の光が覆う。彼はまた頭を垂れぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。


「来る!」


 ユナ達は岩陰に隠れ、防御態勢に入った。しかし……


「--お前らも地獄に連れっててやるよ」


 アランがそう言った瞬間、地面が大きく縦に揺れる。広場の中央、祭壇が崩れ、地面の中に飲み込まれていく。中心から地盤が崩れているのだ。ユナ達は元来た通路に戻ろうとする。しかし、地響きが強く上手く歩けない。




「「「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」」」




 アランも含め、その場にいた全員が崩落に飲み込まれていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る