mission4-30 雷神トール


 風の祭壇のある空間は、ジーゼルロックの強風に加え、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた萌黄色の電気に包まれていた。


「ブォォォォォォォォォ……」


 身体のあちこちが電気によって焦げ付いた玄武は、低いいななきを上げ、ドシンと音を立てて崩れ落ちた。蒸気のようなものが立ち上がり、その輪郭がだんだんと薄くなって消えていく。


「あちゃー、玄武じゃ相性悪かったか……トールの神石--なるほど、雷の能力ということだね」


 電気空間のせいで逆立つ橙色の髪の毛を押さえながらフロワは言った。口ぶりこそ余裕げであったが、彼女の目線は先ほど雷をこの場所に充満させた相手・リュウから離れることはなかった。それだけ彼に対する構え方が変わったということだ。


「その通りだ。言っておくが、手加減はできないぞ。俺は神石を扱うのが苦手なんだ」


 ゆらりと立ち上がる鬼人化したリュウの全身には、萌黄色の光がまとっている。雷だ。そのせいでフロワを退しりぞけるのに力を放出した瞬間、上半身の服はその衝撃で破れ落ち、かんざしを外した黒髪はゆらりと逆立っている。リュウはかんざしの先端、萌黄色の石がはまっている場所を軽く親指の腹で押す。すると両端が伸びて、こんのようになった。


「珍しいねぇ、神石の力を自分の身にまとう戦い方なんて!」


「身体の外に力を上手く具現化できないだけだ。そのせいで、鬼人化を解いたら俺自身も雷にやられることになる。だから、長くは戦えない。一気にカタをつける!」


 身構えるリュウに対し、フロワは豪快に笑う。


「カッハッハ! おバカな子だね! そこまで力のたねを明かしてくれるなんて」


「--そうじゃないと不公平だろ?」


「!?」


 リュウは一瞬のうちにフロワとの間合いを詰め、雷を帯びた左手の拳を振り上げていた。フロワの反応は、遅い--バチンッ! それでも歴戦の女戦士、とっさの判断で鞭を払いリュウを右手に追いやる。しかしその鞭にはすぐさま電流が伝わり、フロワはうめき声をあげて鞭をその場に落とした。


「ハァ……ハァ……やってくれるじゃないの!」


 ビリビリと痺れる右手を押さえ、フロワは額に脂汗を浮かべる。


「これで対等だな」


 リュウは先ほどまでフロワの甲冑に踏み潰されて血の滲んだ右手の甲を見せる。フロワはそれを見てにっと笑みを浮かべると、落とした鞭を拾った。


「面白くなってきたよ……まさかこんな坊や相手に四霊星君しれいせいくんを二体呼び出すことになるとはね!」


 鞭が力強く床に叩きつけられる。鋭い炸裂音と共に、飛び散る茜色の光。玄武の時のように白い靄が湧き上がりそこから姿を現したのは白く巨大な猛獣--白虎であった。今にも飛びかかってきそうなほどに息荒く、氷柱つららのように白く鋭利な牙をむき出し唸る。


「あの牙は……鬼人の皮膚でもヤバそうだな」


「リュウ、あかんて! もう神石を発動してから一分以上経っとる! 早よ決着つけんと……!」


「三号、いたのか」


「さっきからずっとおるわ! 全く、容赦なく放電しよってからに……! オイラのキュートな表皮が黒焦げになってまうやろ!」


 ぷんぷんと怒りながら岩かげから顔を出すサンド三号。その頭部の布はすでに焦げてハゲになっていたのだが、リュウは無視してフロワと白虎に向き直る。


「……本部に帰ったらシアンに直してもらえ」


「ハァー? 本部に帰ったら? その可能性をとことんゼロに近くしようとしてるのは誰やろね! こんなところで神石まで使つこうたら……」


「体力は尽きる、そうでしょう?」


 言葉を遮られ、サンド三号はハッとする。フロワがにっこりと微笑んだ。その邪気の無い笑顔に格の差を見せつけられているようで、ぬいぐるみの身体は縮み上がった。


「ああそうだ。鬼人化には体力が要るからな。神石を発動すればその消費スピードは更に上がる」


 するとフロワはバシッと鞭を地面に向かって叩いた。それと同時に白虎が低い唸り声を上げ、力強く踏み込む。足場に砂塵が舞い、フロワは目に入らないよう腕で顔を覆いながら言った。


「坊やを直接殴るのはこっちもダメージ食うからねぇ。悪いが時間稼ぎさせてもらうよ!」


 白虎の爪がリュウに向かって振り下ろされる。避ければもう片方の手の爪に狙われる。しかしあえてリュウの身体に触れようとはしてこない。幻獣とはいえリュウの雷に触れれば大打撃になるのは先の玄武で証明されているからだ。


「はん、ヴァルトロ四神将がこうも臆病だとはな!」


 リュウは次々と襲ってくる爪を避けながら叫ぶ。


「ハッハ! 臆病でも構わないさ! なるべく傷を負わずに主君を守る体力を残す--これが私のいくさだからね」


「リュウあかん! もう、これ以上は!」


 だんだんとリュウの身体にまとう雷の色が薄くなってきている。しかし--青年は笑っていた。




「ならば、全身全霊を賭けて強者を倒す--これが俺の戦だ!」




--ズシャッ!




 鈍い音が響く。飛び散る赤い血潮。


「ハァ……ハァ……うぐっ……」


 肩で息をするリュウ。肌色に戻りかけている左肩から腹にかけて、白虎の爪痕が深く刻まれ、ぼたぼたと血をこぼす。


「グ……グアア……」


--ドサッ!


 猛獣の巨体が倒れたことで、地面がわずかに揺れた。白虎のつま先はピクピクと震えているが、その口からは泡を吹き白目をむいている。


「……信じられない! 白虎に雷を当てるために攻撃を避けなかったというの? だけど坊やの方も限界のようねぇ」


 ガクッと膝から倒れるリュウ。ぬいぐるみが駆け寄る。もう鬼人化はできないらしい。額の角以外はすっかり人間の姿だ。


「私にはまだ二体の四霊星君がいる。坊やの負けだよ」


「ハァ……ハァ……それはどうかな……」


 リュウはよろよろと腕を上げ、フロワの後ろを指差す。フロワは後ろを振り返った。そこにあるのは、彼の武器である棍。いつの間にかここまで投げたのか、地面に突き刺さっている。フロワは怪訝そうに眉をひそめる。


「これが何に……まさか!」


 ハッとして棍から身を引こうとするが、一歩遅かった。


「決着だ--集結せよ、”飛雷神ひらいしん”!」


 リュウがそう言った瞬間、その場に充満していた萌黄色の電気が一気に棍に集まっていく。


--バチバチバチバチッ


「ぐっ……ギャァァァァァァァァ!!」


 フロワの全身を萌黄色の光が包み、彼女は悲鳴をあげた。リュウの力は尽きかけていたとはいえ、いかに強靭な武人でも神石の力をまともに食らっては平気でいられない。光が弱まると同時に、フロワはその場に倒れこんだ。光沢を放っていた甲冑はくすぶり、褐色の肌には幾つもの切り傷ができている。




「カハッ……この私をこうまでするとは、見事……名前、覚えておくわ……坊や……いえ、リュウ・ゲンマ……」




 途切れ途切れにそう言うと、四神将の女将軍はその場で気を失った。



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