mission4-12 村長ジジ





「ならん! ジーゼルロックの扉を開けるなど、二度とあってはならん!」




 早朝から居間に正座させられた上、白髪白髭しろひげの老人に唾を飛ばしながら叱咤されたルカたちはげんなりとこうべを垂れる。


 ジジというその老人はグレンの実の祖父で、本来であればヤオ村の村長だという。しかし彼もまた疫病にかかっており、羽織っている厚手の着物の下から見える皮膚には赤黒い斑点がある。


 グレンに「疫病にかかってからというもの一日のほとんどは寝て過ごしている」と聞いていたルカたちはすっかり気弱な病人を想定していたが、今になってようやくそれがまた彼のたぶらかしであったことに気づくのであった。その証拠に、グレンはニヤニヤと歪む口元を隠すかのように両手で覆っている。


「我々ヤオ村の民には古くから守ってきた言い伝えがあるのじゃ。聖水の源は生物を寄せつけぬ断崖にあり、その清らかさを守りたくば決して封神殿ほうしんでんの扉を開けてはならぬ、と」


 ダークブルーの髪の青年はそろりと物音を立てないように部屋を出ようとした。しかし……


「こりゃグレンどこへ行く! この馬鹿孫めが! 旅のお人らに水精の鍵のことを吹聴したのも貴様じゃろうが!」


「ちっ、また説教かよ! あんたの話はもう聞き飽きたんだよ」


「聞き飽きたんならいい加減聞き分けんか! 相変わらず人様の迷惑になることばかりしよってからに!」


 言い返せなくなったグレンは堪忍したように居間に戻ってきて、ルカの隣にあぐらをかいて座る。


 水精の鍵--それがジーゼルロックの封神殿の扉を開くための、ヤオ村の人間しか扱えないという鍵である。七年前にルーフェイ王家の誘いに乗ったグレンが使用してしまってからというもの、ジジが誰の手にも触れないよう厳重に管理しているらしい。


「あの……どうして鍵はヤオ村の人にしか扱えないんですか?」


「呪術の一種だからだよー」


 ユナの問いに軽い調子で答えたのはハリブルだった。彼女は得意げにユナの方を一瞥してから続ける。


「ルーフェイの呪術は、土地神の力を込められた呪術具と術師の神通力じんつうりきからなるんだー。ルーフェイ人はポイニクス霊山の恩恵を受けて、生まれつき神通力の高い人間が多いのよー。神通力には人によって型があって、呪術具・水精の鍵はヤオ村の人間の神通力の型しか受け付けないように作られてるから、使用者が限られるってわけ!」


「へぇ。あなた、村人でもないのに随分詳しいのね」


 アイラが低い声でそう言う。疑り深い彼女は、最初に敵意を見せてきたこの女商人を信用してはいないのだ。ハリブルはアイラの思惑を気にしてか気にせずしてか、にっこり無邪気に微笑んで返す。


「そういうあなたは創世神話の第十三章『最後の神議かむはかり』の原典を読んだことがないのかなっ」


「原典……?」


「そう、世の中に流通している創世神話の第十三章、つまり神々が破壊神の誕生を予言する終章では大事な部分が抜き取られているのよっ。世界の存亡に関わるヒントだから、一般の人の目に触れて混乱を招かないようにねー。だけど世界に数部しかない原典には全てが書かれてる。水精の鍵はそこに登場する重要な呪術具のひとつなのっ」


 話を聞いていたリュウは眉間にしわを寄せ首をひねる。


「じゃあなんで貴様はその原典とやらについて知っているんだ」


「さぁ? あたしが一般人じゃないから?」


 ハリブルがまるで鏡のようにリュウの仕草を真似ながらニコニコと微笑むのを見て、ユナはなんだか気分が落ち着かなかった。昨日いきなりルカに刃物を向けたことといい、彼女の言動には内臓を直接そうっと撫でられているような不愉快さを覚えていた。今のところは直接危害を加えてきていない分、非難するつもりはないのだが。


 唯一彼女とのやりとりに慣れているグレンだけは呆れたような深いため息を吐き、落ち着き払って言った。


「つうかハリブル、お前いつまで村にいるつもりだ。十日に一度の商談はもう終わったんだからさっさと中央都に戻れよ」


「やだよーっ。もっとルカ様のそばにいたいんだもーんっ」


 そう言ってひしとルカの背中にしがみつく。ルカは彼女を追い払おうとするが、本人には全くその気はないようだ。ユナはその光景からそっと目をそらす。


「ああそう、なら勝手にしろ。だけど村のやつらが中央都の人間をよく思っていないことだけは忘れるなよ」


「何ー? グレンってば、あたしのこと心配してくれてんのっ? 残念だけどあたしの心はもうルカ様の」


「「んなわけねーだろ!」」


 グレンとルカは思わず同時に叫んでいた。気まずい沈黙が流れ、二人は苦笑いを浮かべる。


「……話は終わりかの。もう一度言っておくが、水精の鍵を持ち出すことは断じてあってはならん。言い伝えを破ることになる上に、今のジーゼルロックには破壊神がおる。行ったところで何になるというのじゃ。無駄死にをするつもりなら、その橋渡し役などごめんじゃ」


 ジジはくるりと丸まった背中をルカたちに向け、自室に戻ろうとした。


「あ、待てよジジさん--」




--バタンッ!




 勢いよく村長の家の扉が開く音がした。その場にいた全員が扉の方を振り返る。そこには息を切らした村人がいた。息を切らす……そのことが、病で気力を奪われたこの村では非常事態を意味するのだということも、皆すでに感じ取っていた。




「村長大変だ……! 皆の症状が、急に……!」




 村人は言いかけた途中、白目をむいてその場で卒倒した。着ている衣服の下に見える赤黒い斑点は、まるで生き物のようにうごめき増殖して、じわじわとその範囲を広げようとしていた。




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