mission4-11 水の女神、語る
「ルカ? 何か聞こえるの?」
ユナが不思議そうに見上げる。ルカはこくりと頷いた。
「ウンダトレーネで俺は一度女の人の声を聞いたんだ。最初はアイラの声か空耳だと思ったけどそうじゃなかった。あれはグレンと共鳴してる神石・サラスヴァティーの声だったんだよ」
「えっ!? じゃあ今……」
「ああ。彼女がおれに話しかけてきた」
ユナはきょろきょろと辺りを見渡す。しかし特段変わった様子もなければ、彼女の耳には何も聞こえない。ルカだけが他者の神石の声を聞くことができるのだ。
「やっぱり私には聞こえないよ」
“むしろ私はグレン以外の人間に声が届いたことに驚いているわ”
「だろうな。何でか知らないけど、おれは他の人の神石の言葉を聞き取れるんだ。その代わり自分の神石の声は聞いたことないんだけどな」
そう言ってネックレスの黒の十字を
「だけどあいつは石を持ってないって言ってたはずだ。土地神は
“私の声は水に響くのよ。この村の池は
ルカは目の前にある池を眺める。村の中心に位置し、家一軒分の敷地の広さはある大きな池は相変わらず赤黒く澱み悪臭を放っていて、聖水と言われてもにわかには信じがたい。
「あんたさっき言ったよな。グレンほどこの村のことを思っている人間はいないって」
“ええ。この村の疫病は人々の気力を奪う奇病……一度かかってしまえば村はずれの祠に足を運ぶのすら億劫になってしまう。でもグレンは疫病にはかかっていない。逃げようと思えば逃げ出せるのよ、この絶望的な村から。でもあの子は誰にも望まれてないのに村長代理なんて引き受けて、この村から出て行かない”
「確かに……村を回って見たときにあいつ以外に疫病にかかっていない人はいなかったよな」
ルカからサラスヴァティーの話す内容を伝えられたユナはこくりと頷く。日が出ている頃に出会った村人たちは皆赤黒い斑点があり、どこか弱々しい印象だった。
“確かにあの子がやっていることは村人たちの反感を買ってばかりだわ。病にかかった村人たちを無理やり働かせて薬を作らせ、それを安い値段でハリブルに売っている。でも皆自分たちの薬師としての腕を過信して気づいていないのよ。そもそも疫病が流行った村で作った薬なんて本来なら一銭にもなりやしないってことを。グレンがハリブルに必死に交渉しているからこそ、皆が生きていけるだけの穢れていない水と食糧を確保できているの”
「だけどジーゼルロックの鍵を渡す代わりに王家からお金をもらえる約束だったんでしょ?」
ユナが姿も声も聞こえない女神に向かって問いかける。サラスヴァティーは一瞬口をつぐんだのち、ゆっくりと答えた。
“……その約束は果たされなかった。王家は知っていたのよ……破壊神を封じてしまえば、この村の人々が疫病にかかりいずれ死に絶えることを”
「そんな……!」
“だけどこの村には王家に逆らうだけの力がない。皆の怒りの矛先はグレンに向けられた。でもグレンはそれを知った上ですべて受け入れている”
二人は言葉を失う。村人たちに嫌われ、疑われ、それでもなお希望のない村に留まり続ける若き村長代理の青年は、相変わらず怒鳴り散らしながら村の一軒一軒を回り続けていた。
「……ルーフェイ王家ってそんなに力があるものなのか?」
「ちょっとルカ、まさか……!」
ルカの真剣な眼差しを見て、ユナは背筋がぞっとするのを感じた。彼の考えていることが分かるから余計に。
“破壊神を封じる力があるくらいよ。それに王家には『
「仮面舞踏会?」
“王家の護衛、あるいは王家にとって都合の悪いものを排除するための暗殺者とも言われている素性の知れぬ組織よ。所属する人間は少ないけれど、一人でルーフェイ軍の一個師団に相応する力を持っていると聞いたことがある”
--ドンッ
背中を蹴られ、ルカは後ろを振り返った。不機嫌そうな顔をしたグレンが腕を組んで立っている。
「人のいないところで勝手に話してんじゃねぇよ」
“あら、ばれちゃった”
サラスヴァティーがクスクスと笑うのが聞こえ、やがて何の声も聞こえなくなった。グレンはふんと鼻を鳴らすと、座っていたルカたちを無理やり立たせ背中を押した。
「おら、お前らもさっさと寝ろ。老人の朝は早いからな、爺さんにジーゼルロックの鍵のこと頼むんなら早起きしねぇと」
無理やりグレンの家に連れていかれながら、ルカは後ろを歩くグレンに声をかけた。
「お前、村の人たちのこと助けたいんなら素直にそう言えばいいじゃんか」
一瞬、後方の足音が止む。ユナは振り返ろうとした。しかし、それを阻むかのように再びトンッと背中を押される。
「……言ったところであいつらが信じるものか」
グレンは小さな声でそう呟いた。
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