mission3-33 神器に込める想い
「あれ、フレッドは?」
ファブロの工房に戻ると、リビングにいたのはファブロとアイラの二人だけだった。
「……フレッド兄ちゃんなら、登録商人ギルドの支部で取り調べを受けてるよ。目が覚めてすぐに役人が来たんだ」
ジョルジュは低い声で淡々と答えた。あの夜が明けてからというもの、彼はずっとこんな調子だ。無理もないだろう。まさか慕っていた兄弟子がファブロの腕を怪我させた本人だったなど、少年にとって簡単に受け入れられるようなことではない。
--ガチャリ
工房に続く扉からガザが現れた。重そうなハンマーを抱えながら、ルカたちに気づくと煤まみれの顔でにっこりと微笑む。
「やぁユナちゃん、戻って来たな。まぁそこに座ってくれ」
「ガザ、怪我はもういいの?」
「ああ、大丈夫--」
「じゃないよ。医者にはしばらく安静にするようにって言われただろ」
ファブロはリビングのテーブルで頬杖をつきながら呆れたように言う。
「おーおーファブロさんよ、心配してくれてんのかい? だがこれは約束していた以上、なんとかしてやりたくってね」
ガザは手に持っていた厚手の布の包みを開く。そこに現れたのは、漆黒の石の中に金色の筋が入った腕輪。よく見ると、九つの小さな窪みがある。
「もしかして、これ--」
「ああ。今回のミッションの報酬、君の神器だよ」
ガザの大きな手から、腕輪が渡される。華美な装飾はなくシンプルなデザインだった。ルカやアイラの神器と同様に黒流石がベースの素材として使われている中、照明に当たってキラリと光る金色には見覚えがあった。
「勝手に使ってごめんな。腕輪の真鍮の破片を溶かして組み込んでみたんだ。腕輪として復活させられればよかったんだが、パーツが足りなくて」
「ありがとうガザ……すごく嬉しい。もうこの腕輪とは一緒に旅ができないんじゃないかと思ってた」
ユナの声が少しだけ震える。彼女が愛おしむように腕輪の金色の筋をなぞるのを見て、ガザは満足そうに言った。
「そうか、気に入ってもらえたんなら良かった! 仕上げに神石をはめ込んでつなぎをしっかり溶接すれば完成だ」
「おお! じゃあこれでユナも神器の使い手だ! ようやくシナジードリンクからも解放されるな!」
「こら、シアンが悲しむようなことを言わない」
自分のことかのように喜ぶルカを、アイラが小さな声でたしなめる。が、彼女自身も表情が緩んでいた。当初のミッションなど忘れかけていたのだ。ヌスタルトが機能停止し、そこに集められた資材が市場に解放された今、黒流石の市場価格は従来のレートまで戻ってきている。
「早速使ってみよう」とルカが言いかけた時、神器の製作者はこほんと咳払いをした。
「……その前に、お前たちに話しておきたいことがある」
「どうしたんだよ改まって」
「
「ああ、そうだけど」
ガザはどさりとリビングの椅子に腰かけるとおもむろに口を開いた。
「破壊神は……俺が初めて作った神器によって生まれたんだ」
「「「!!」」」
その場にいる全員が息を飲む。ファブロも、アイラも驚きの表情を浮かべていた。ユナは思わず渡されたばかりの神器を見つめる。神石がまだはめられていないその腕輪は特に変わった様子はなく沈黙するだけだ。
「一体どういうこと……?」
「アイラ、ずっと黙っていてすまない。七年前に
ガザは一息つくと、普段とは比べ物にならないくらい落ち着いた口調で話を続ける。
「七年前、二国間大戦の真っ只中--。戦場にいたわけではないが、当時の俺は武器職人として最前線にいたと言えるだろう。ガルダストリアだろうが、ルーフェイだろうが、依頼は全部受けた。昼も夜も休みなく金槌をふるって、誰かが誰かを傷つけるための道具をつくり続けていたんだ。思えばあの時の俺はまだ若かった。体力の限り武器をつくり、鍛冶屋として名を馳せることにひたすら情熱を注いでいたんだ」
「あの時のあんたは確かにすごかった。留学へ行った当時はキッシュの中で顔が通るくらいだったのに、戦争が始まったら一気に世界中にガザ=スペリウスの名が広まった。差をつけられたねぇ。同期で留学に行ったはずなのに、私のところにはそこまで仕事は回ってこなかったんだ。だけどその時は正直……悔しいというよりも、ガザ、あんたのことが恐ろしかった」
ファブロが苦い表情を浮かべる。記憶のないルカや、平和なコーラントに居続けていたユナにとって当時の様子は想像でしか描けなかったが、彼女の表情を見る限り壮絶だったのだろう。
ファブロの言葉にガザはふっと自嘲気味に笑う。
「恐ろしい、か。そう思われても仕方なかっただろうな。俺自身見失っていたんだ。俺がつくるものが何のためにあるかなど、分からなくなっていた。誰が使う武器かどうかは気にしなかった。戦争が続く中で、最強の武器こそがこの争いを終わらせるのだと思うようになっていったんだ。そして俺はあるオーダーでヴェルンドのじいさんが禁忌にしていた鉱石に手を出したんだ。--それが、破壊神の神石だった」
「破壊神の神石?」
ガザは黙って縦に頷く。
「俺が武器の加工に使った時点では、創世神話に伝わる石が実在するなど信じている者は誰一人いなかった。俺の師匠・ヴェルンドも同じだ。あの人は自分がスウェント坑道の奥深くで掘り当てたその石が神石かどうかなんて分かっちゃいなかった。ただ職人の勘として、危険なものだってことは分かったらしい。過去に兄弟子のアランが勝手にそれを使って武器を作ろうとして、暴走させちまったこともあるしな」
「ああそれ、アランが恨みがましく言ってたわよ。俺の利き腕はあなたによって切り落とされたんだって」
「……その通りだ。神石が暴走して、アランの左腕は神石と同化しかけたんだ。意識は混濁し、左腕は異形に変化し、その様子はまるで石に乗っ取られているかのようだった。そのままだと全身を取り込まれるところだった……だから、切り落とすしかなかったんだ。だが職人にとって利き腕を失うってのは一大事だろ。それ以来あいつとは絶縁状態になってるってわけさ」
ガザが肩をすくめるのを見て、アイラはふぅとため息を吐く。
「そんなことだろうと思ったわ。それで、その破壊神の神器はどうなったの? 注文は一体誰が」
「分からない。依頼を受けすぎていて、あの武器が誰の手に渡ったのか定かではないんだ。ただ、自分の傑作が使われる瞬間を見ようと戦場に足を運んだ時に確信した。突如戦場を包んだ血のように赤黒い光--あれはアランがかつてあの神石を暴走させた時に発せられたのと全く同じだった。直後に地響きがして、多くの人々がなすすべもなく地割れに飲み込まれていく。そして代わりに大地から異形のものたちが姿を現した。破壊の
沈黙が流れ、工房の外の音がよく聞こえる。それまで黙って聞いていたジョルジュはつかつかとガザに歩み寄ると、がっと彼の襟元を掴んだ。
「僕のお父さんとお母さんは、あの時の地震で死んだんだよ……! 破壊神のせいならしょうがないと思ってた! ……なのに……どうしてだよガザ……! 違うでしょ……? 違うって言ってよ! 破壊神を生んだのはガザのせいだなんて、嘘だって言ってよ!!」
ガザは何も答えず、ただじっと少年の潤む瞳を見つめる。
「なんで……なんで何も言ってくれないんだよ……! ガザも、フレッド兄ちゃんも! 僕が今まで目指してきたものはなんだったんだよ!」
「ジョルジュ」
大きな手が、少年のまだ細い肩を優しく掴む。
「お前は武器職人にはなるな。これからの時代には必要のないものだ。誰かを生かすための道具を作れる人間になるんだ」
「うぅ……! うわぁぁぁぁぁぁ!」
ジョルジュは喚きながらポカポカとガザの胸板を叩く。少年の力とは言え、先日の怪我もある。ガザは痛みで顔をしかめたが、彼を咎めることはしなかった。
「ジョルジュ、やめなさい」
アイラがジョルジュを無理やりガザから引き剥がし、彼をぎゅっと抱き締めてやる。少年はその温かい胸の中で静かに
ガザはもう一つ咳払いをして、話を続ける。
「それ以来、俺は武器職人をやめて神器専門の鍛冶屋になった。共鳴者でない俺ができるのはそれくらいだから。もちろんこれが罪滅ぼしになるとは思っていない。俺自身が共鳴者だったらと何度思ったことか。共鳴者のお前たちには重荷を背負わせるようですまない……どうかこの神器で破壊神を止めて欲しい。それが俺の願いなんだ」
ルカたちに向かって頭を下げる。普段の彼を思えば信じがたい行為だった。かける言葉を失っていると、ガザは顔を上げて「だが」と言って続けた。
「使い手がいてこその”器”だ。俺は使い手の意志に沿わないものはつくらないことにしている。--だから聞こう。ユナちゃん、君の意志を」
皆の注目がユナに集まる。少し不安そうなルカ、いつもと表情を変えないアイラ、期待するような眼差しを送るファブロ。そしてガザは、まっすぐとユナを見つめる。その視線は穏やかで、自分の考えなど彼にはすべて分かっているのだとユナは思う。
ガザから受け取った腕輪を右腕にはめ、ユナは答えた。
「私--ブラック・クロスに入るよ」
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