mission3-30 飛空艇と少女
--コンコン。
部屋の扉をノックする音で、男は現実世界に意識を取り戻す。皮膚の表面がヒリヒリと痛むような感覚がする。義賊の女にやられたせいだ。実体があちらになかったとはいえ、感覚は現実でもそのまま残る。それが彼の神石・ロキの扱いにくいところでもあった。
「入れ」
男--ヴァルトロ四神将のアランは壁に掛けてあった白衣を羽織り、部屋の明かりをつける。左腕の義手には若草色の神石がしっかりとはめられていた。ここはヴァルトロの飛空艇の中、アランの自室である。
「戻ってきていたか、アラン」
部屋に入ってきたのは長刀を携える眼帯の青年と、青白い髪に透き通るような肌の少女。
「ああ、たった今な。お前が俺の部屋に来るなんて珍しい。一体何用だ?」
「……別に。ウラノスの付き添いに来ただけだ」
「そうだよっ! アラン君がまた僕に変な実験をしないように、ソニア君に見張ってもらうんだい!」
ウラノスと呼ばれた少女はふんと鼻を鳴らす。
「オイオイ、実験とは人聞きが悪いなぁ。自分が創ったものの改良をすることに何か問題でも? ウラノス、お前は俺が面倒見てやらなきゃ生きられないということを忘れるな」
「ちぇ……」
飛空艇と同じ名を冠した少女は、口を尖らせながら部屋の中央部にある簡易なベッドの上に仰向けになる。そして前開きのワンピースのボタンを自ら外していく。肉付きの薄い肌が露わになった。左胸にはアランの神器によく似た機械と青白く光る石が共にはめ込まれている。
「定期健診、気持ち悪いから嫌なんだよなぁ。なんだか水みたいに冷たいものが自分の中にワッて入ってくるみたいでさぁ」
「うるせぇな、静かにしてろ。黙ってりゃすぐ終わる」
そう言ってアランはベッドの脇の機械から二本ケーブルを引っ張ってきて、先端の電極を少女の胸にはめられた機械に差し込んだ。そして機械に取り付けられたレバーをぐいと上に持ち上げる。ドクン! 少女の身体が一瞬跳ねたかと思うと、彼女は目を開けたまま何も言わなくなった。意識が飛んだのだ。
「無機物でできた義肢装具と生体の感覚を神石のエネルギーを通じて繋ぐ。それにはこのくらい刺激的なのがちょうどいいんだよ。俺だって毎日やってる。習慣的にやらなきゃ接続が弱まるんだ」
「別に責めたつもりはない」
「そうか? なんか無言のプレッシャーを感じたからな。まぁお前には俺やウラノスみたいな欠陥品のことなど分からねぇだろうよ。その右眼--神様からの授かりものを持って生まれたような奴にはな」
そう言ってアランはソニアの眼帯がされている方の眼を指差す。若き四神将は表情こそ変えなかったが、左手が腰に差された長刀のあたりに添えられる。
(ああ、苛立ってやがるな)
アランはニヤリと笑みを浮かべた。彼が自らの右眼を忌み嫌っていることは知った上だった。何やら嫌な思い出があるらしいというのを、ウラノスづてに聞いたことがある。しかし年齢の割に不気味なくらい落ち着いているソニアのわずかな感情の揺れが、アランの悪戯心に火をつけた。
「そういや聞いたぜ」
「何をだ」
「アイラ・ローゼンとお前がどういう関係かって」
「……誰に?」
ソニアの声が
「アイラ・ローゼン本人にだよ。そしたらあの女、なんて言ったと思う?」
「……」
「お前が自分に惚れているんじゃないか、だとよ」
「……はっ」
黒髪の青年は鼻で笑う。
「そんな資格俺にはない。あの人とは幼馴染というだけ。今はヴァルトロとブラック・クロス、対立する立場だ」
そう言ってのんきにあくびをする青年の喉元に鋭利な何かが差し向けられた。アランの左手の、変形して尖った爪だった。
「俺ぁこう見えても忠誠心に厚い方なんだ。マティス様には拾っていただいた恩がある。お前がブラック・クロスの奴と手を組むつもりならその時は……容赦なく殺す」
「無用な心配だ」
氷のように冷たい視線が投げ返される。
「それより我が身を案じたらどうだ。あんたの意識が戻ってきたってことは、ブラック・クロスにヌスタルトを制圧されたんだろう」
「それは問題ねぇよ。むしろ収穫が二つあった」
アランは左腕を引くと、ずれた眼鏡をかけ直す。そして部屋の隅に置かれた箱にかけられた布を引いた。箱の上部には『
「アンゼル……あいつはなかなか仕事ができる男だったよ。納品前にノルマ以上のプロトタイプを仕上げていたんだ。倉庫にあったものは全てロキの力でウラノスに移動させた。まぁおかげで俺はかなり体力を消耗したが」
アランはクククと含み笑いをしながら「それに」と付け加える。
「ついに見つけたぜ--
アランは部屋の中にあるモニターの電源をつけた。そこには世界地図と、南の大陸に一点オレンジの光が映し出される。場所は職人の街キッシュより少し西側に位置しており、徐々に移動をしているようだ。
「マーキングか」
「ああ。アンゼルに握らせていた偽の神石には、破壊されると破壊した人間の生体情報を読み込んで俺にデータを送るよう仕込んでおいたのさ。以前奴に襲われた共鳴者の神石は面影もないほど粉々に破壊されたって話だったからな」
その時、ベッドの上に仰向けになっていた少女がすっと起き上がる。どこか目は虚ろのまま床に立つと、ゆっくりと両手を肩の高さまで上げた。
二人の四神将は、これが何の合図なのかよく知っていた。
「マティス様からお達しがあったんだな」
少女はこくりと頷き、それまでとは別人のように落ち着いた口調で言った。
「四神将に告ぐ、一同集結せよ。これより目指すは風の
少女の左胸から強い光が発せられたかと思うと、その青白い光は彼女の両手の先にまでほとばしる。素早く両手で印を結ぶと、少女の眼前に青白い光で描かれた羅針盤が現れた。
「ウラノス--発進します」
幼い手が羅針盤に触れる。その瞬間、飛空艇の機体が大きく揺れ、風を切る音が響いた。
***
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