mission3-27 ヴァルトロの新兵器



 道中で見かけた間取り図によると、ヌスタルト工場は大きく三ブロックに分かれているらしい。


 一つはルカたちが先ほどまでいた、中心に巨大なベルトコンベアのあるエリア。あの場所が最も敷地面積が広く、ヌスタルトの正門にも搬入口にも繋がっている。


 もう一つは従業員の事務室があるエリアだ。仮眠室や更衣室、給湯室、そして奥には応接間と工場長室。おそらくアンゼルはそこにいるのだろう。


 今ルカとユナがいるのは、その二つのエリアをつなぐ中間地点。無機質なタンクがいくつも並んでいて、ベルトコンベアの空間より室温がぐっと低い。溶接した製品--破壊の眷属けんぞくの残骸で作られた鎧を冷却するための場所のようだ。


「アイラが考えていた通りだった」


 ルカは歩みを止めないままぼそりと呟く。


「商業派の裏にはヴァルトロ四神将のアランがいるって。確かに納得したよ。レンガ造りの鍛冶屋の街にはいかにも不似合いだもんな、この工場。どっちかと言えば」


「飛空艇ウラノスに似てるね」


「……やっぱ、ユナもそう思ってたか」


 ユナはこくりと頷いた。


「材料に破壊の眷属を使ってるって知って、キリのことを思い出したんだ。あの人も破壊の眷属を自在に操っていた。……私、ヴァルトロの人たちが何を考えてるのか分からないよ。ドーハさんは『終焉の時代ラグナロク』を止めると言っていたけど、四神将の人たちは平気で破壊の眷属の力を利用してる。そんなことをしなくても今世界で一番力を持ってるのは彼らなんでしょう? 一体何が目的でそんなことをするんだろう」


「納得いかないよな。あいつらは力が手に入りさえすれば何だっていいんだ。この街にだって破壊の眷属に身近な人を殺された人だっているだろうに、材料が何かも知らされず工場で働かされていたんだ。……おれは前から、ヴァルトロのこういうところが気に食わない」


 ルカは奥歯をギュッと噛みしめる。そう言えば資材室の向かいの部屋に拘束されていた工員は無事脱出できただろうか。拘束は解いてやったし、自動防御プログラムも解除された。あとはアンゼルたちに見つからなければ無事に家に帰ることができるだろう。






 そうこう話しているうちに、ルカたちは目的地である次のエリアまでたどり着いていた。


「……見張りの一人もいない。静かすぎるな」


 辺りを見回すが、特に監視の目もない。ルカたちの前にあるのは、応接間の扉--間取り図を見た限り、このエリアの中では一番広いであろう部屋だ。


 ルカは扉を開けようとして、ふと手を止めた。


「そう言えばユナ、アイラから何か受け取ってただろ」


「うん。これだよ」


 ユナはポケットに入れていた紙を取り出す。小さく折りたたまれているのを少しずつ広げていくと、黒い鎧の絵が現れた。骸装がいそうアキレウスの設計図である。


「設計図? どうしてこんなものをアイラは」


「あ! ルカ、ここ見て」


 ユナが指差しているのは設計図の右下部の小さな文字だった。ルカはそのままそれを読み上げる。





—————————————————

<注意事項>

VER.0バージョンゼロはプロトタイプに該当する。

これには一つ、致命的な欠陥が存在する。

それは、使用者との拒絶反応である。

強力すぎる鎧ゆえ、

使用者が常人の場合ほぼ確実に拒絶反応が発生、

つなぎとして使用している黒流石が離散する。

実用化試験には細心の注意を払うこと。


※推奨:無意識下による第三者操作試験

—————————————————





? なんだかよく分からないな」


「そうだね。でもルカたちは鎧が実際に動いているのを見たんでしょ? きっと拒絶反応が起きないように、何か仕組みがあるはずだよ」


「なるほど。逆を言えば、その仕組みを壊して拒絶反応を起こしちまえばあの鎧を無力化できるってことだな」


「うん。ちなみにその”第三者操作試験”のためのパーツは、肩甲骨の間あたりにあるみたいだから、そこを狙えば--」




 バタン! 応接間の扉が内側に開く。ルカは手をかけていないのにである。室内からは、聞き覚えのある男の声が響いてきた。





「はっはっはっ。そう簡単に上手いくと思うかね? 義賊の若者たちよ」





 応接間の奥で、革製のソファにアンゼルが足を組んで腰掛けていた。相変わらずきっちりと仕立てられたスーツに、年を取っても気を抜くことなく整えられた髪、そして余裕を醸し出す笑み。彼が裏で何をやっていたのか、すでに明らかになっているというのに、それでも街で出会った時と変わらない態度。ルカはムッとしてアンゼルに言い返した。


「ユナは義賊じゃねえぞ」


「そうか、それは失礼した。ではこう呼ばせていただきますかね……コーラントの姫君」


「っ! どうしてそれを」


「ここに来るまでにアラン殿に会ったであろう? まぁあの方は気まぐれだ、君たち全員を足止めしてはくれなかったようだが」


「やっぱりお前ら、裏で繋がっていたんだな」


「ああそうとも」


 中年男は、何も悪びれることなく即答した。


「我々は彼の依頼を受けて動いている。あくまでビジネスパートナーとしてだがね。当然、彼に敵対する君たちのことは把握済みということだよ、ルカ・イージス。まぁ、それが分かっていながら飼い犬に手を噛まれる私も、まだまだ未熟だと思い知らされたがね」






 アンゼルがパチンと指を鳴らす。すると応接間のソファの奥の扉が開き、そこから黒い影が二つ現れた。黒い骨のようなパーツで組み上げられた、ゴツゴツとした無機質な鎧。顔までが漆黒の装甲で覆われており、表情は伺えない。その姿を初めて目にしたユナは、自分の肌の表面がゾワリと逆立つのを感じた。破壊の眷属を目にした時と同じ、これは危険なものだという直感が電気信号のように全身を駆け巡っているのだ。そしてその鎧が引きずってきた二人の人物は……




「フレッド! ジルさん!」




--ドサッ


 鎧は乱雑に二人を押しやった。ただ拘束されているだけのジルはその場にしゃがみ込むだけだったが、フレッドはそのまま床に突っ伏した。全身に深い傷を負い、意識を失っているらしい。


「ユナさん、ルカさん! 申し訳ありません、こんな足手まといになってしまって……」


 ジルはうるうると黒目がちの大きな瞳を揺らす。「説得」はやはり上手くいかなかったのだろう。


「おいフレッド! 大丈夫かお前! 目を覚ませ!」


 声をかけても反応はない。アイラと二人で追い詰めた時はこんなに傷を負っていなかったはずだ。浅く息をしているようだが、放っておくと命に関わる。


 ルカが駆け寄ろうとすると、黒い影が瞬時に動いて立ち塞がった。


「お前らがやったのか?」


「……」


「おい! なんとか言えよ!」


「……」


 掴みかかっても鎧の返事はない。同じ商業派の仲間ではないのか。言葉や感情はすべて、分厚い装甲に遮断されてしまうようだった。


「無駄だ。その者は意識を失っている」


「……は?」


 ルカが振り返ると、アンゼルは手に持っている何かを見せびらかすかのように振った。目を凝らすとそれはリモコンのようなもの。ルカの頭には、アイラに託された設計図の一行が浮かぶ。





--無意識下による第三者操作試験--





「アンゼル、あんた……っ!!」


 ルカは神石に手をかざす。紫色の光が放たれ、ネックレスは黒の大鎌へと変化した。すぐさま瞬間移動を使い、立ちはだかる鎧をかわしてアンゼルに斬りかかる--が、防がれた。大鎌の刃はアンゼルではなくもう一人の鎧の腕を捉えていた。装甲は固く、食い込みすらしない。


「クソ……! 戦えってことかよ……!」


「察しがいいな。私は無駄なことは嫌いでね。君たちをわざわざ丁重に出迎えたのは他でもない、実用化試験に協力してもらいたかったのだよ。『骸装がいそうアキレウスVER.0バージョンゼロ』--ヴァルトロ帝国の礎となる、新兵器のな!」


「ふざけんなよ……! おれはお前みたいな奴が一番嫌いだ!」


 ルカは一歩退くと大鎌を構え直し、体勢を低く保った。


「こいつらはおれに任せろ。ユナはフレッドの傷を!」


「わかった!」


「最初っから飛ばすぞ--”音速次元”、発動!」


 ルカの姿が紫色の火花を散らして消える。”音速次元”--普段使っている時間軸の高速化よりも、さらに自らの時間軸を加速させる。コーラントでは再生速度の速いドリアードを圧倒した技だ。体力消費が大きい分、あの時は最後まで出し渋っていたようだが……


(ルカ、怒ってるんだ。ガザのこと、フレッドのこと、アイラのこと……それにキッシュの街のことも。全部背負って、怒っているんだ)


 ユナは目を閉じ、集中した。シナジードリンクを飲んでいても、やはり何度も歌えばそれだけ体力が奪われる。失敗できるだけの余裕はもうない。


(今は私にもできることをやる……!)






 金髪の青年の放つ紫色の閃光と、少女が歌うことでフレッドの身体を包む薄桃色の光。人智を超えた神石が生み出す光景は幻想的で美しい。が、アンゼルの目にはそれがとても儚げに見えた。プログラミングされた学習能力によって、鎧は徐々に紫の閃光の動きを捉え始めた。アンゼルは操作用のコントローラーを掲げる。あとボタンひとつ押しさえすれば、鎧によって強化された打撃を与えられる。神石の共鳴者と言えど相手は生身の人間だ。ああなんと脆く儚いのか。アンゼルは腹の底から溢れ出る勝者の笑みを抑えきれなかった。




「馬鹿め! いくらスピードを上げたところでこの鎧の堅さには敵うまいて……!?」




--ガシャンッ




 大鎌が黒い軌道を描く。それが鎧の背後に衝突した瞬間、背中の装甲が破片となって飛び散った。


「な……!? どういうことだ……!?」


 アンゼルが思わず立ち上がったタイミングで、ルカは”音速次元”を解き姿を現した。右手には何やら破片を手にしている。


「はぁ……はぁ……おれが高速化させてんのは移動速度だけじゃない……鎌を振る時のスピードも上がる……つまりは遠心力の強化につながるってわけだ」


 ルカはにっと笑ってみせる。が、今の一撃までにかなりの体力を使ったのか、額には汗が滲んでいる。


「んで……こいつを壊せば、あのコントローラーを無効化できるんだろ、ユナ」


 ルカが持っていたのは、鎧の背に取り付けられていた受信機のパーツだった。ユナは頷き、アイラに渡された設計図をぎゅっと握りしめる。


 ルカは荒い息のままべぇっと舌を出した。



「へへっ。案外だったな、アンゼルのおっさん」



 それまで余裕に満ちていた町長の顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。彼はワナワナと声を震わせた。


「舐めるなよ餓鬼共……! アキレウス、限定解除!」


 アンゼルがコントローラーをもう一人の鎧に向ける。ゴウンッ! 鎧は急に電気が走ったかのような反応を見せると、次の瞬間にはルカの背後に回っていた。


(なっ!? さっきよりも速い--)


 鎧が両手を振り上げ、ルカに向かって叩きつけて来る。体力を使いすぎたのか、反応が一歩遅れた。引き際、強い打撃が右肩に入った。衝撃で目の奥に火花が散る。焼けるような痛み。そこはスウェント坑道で傷を負った場所だった。


「ぐっ……」


 ルカはガクッと体勢を崩し、地面に手をついた。傷の場所が熱をおびてジンジンと神経に痛みを響かせる。右手には力が入らず、自分の背と同じくらい丈のある神器は持っているだけでも精一杯だった。


「ルカ!」


「ダメだユナ! 逃げろ!」


 ユナの神石では戦えない。アイラも四神将相手にこの鎧と対峙できるだけの余裕を残せるとは思えない。そしてルカは、自分の体力の限界が差し迫っていることを感じていた。


「このままじゃ全員やられる……ユナ、今ならまだ間に合う! キッシュの港にはコーラントへ行く船も出てるから、それに乗って早くこの街を出ろ!」


 顔を上げると、鎧がもう目の前まで迫ってきている。腰に取り付けられていたサーベルをおもむろに抜き、頭上まで振りかぶった。





(あ……おれ、ここで死ぬのか……?)





 そういえば、いつから自分の命を絶つことを考えなくなったのだろう。罪の意識はいつになっても消えなかったというのに。




(単純に死ねなかったからだ。何かに阻まれてるみたいに死ねなかった。それに、目が覚めてすぐにクレイジーに鍛えられたせいで、強くなってしまったし)




 戦いの中で死を意識したことなど、実を言えば今までなかったのかもしれない。神石の力を扱える限り、そんな瞬間が来ることなど考えてもみなかったからだ。





(そうか、これで解放されるのか……)





 サーベルが風を切る音が聞こえる。ルカが目を閉じかけた時--光が目に入った。それは照明が反射した光だった。頭上で弾け飛ぶ、金色の真鍮しんちゅうの欠片によって反射した光。


 



「馬鹿ルカ……! 私は、勝手についていくって、言ったでしょ……」





 ユナが鎧とルカの間に立っていた。ユナの腕に深い切り傷。そこからはぼたぼたと鮮血が溢れて、倒れこんでいるルカの目の前に落ちてきた。床には血と、真鍮の欠片が飛び散っている。いつも右腕にはめられていた母の形見の腕輪は、跡形もなく砕けてしまっていた。


 やがてだらりと腕を垂れると、糸が切れたように後ろに倒れた。ルカは慌てて彼女の身体を受け止める。出血量と痛みで気を失ったらしい。ユナの目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。





--ああ、何をやってるんだおれは。





 どれだけの罪があったとしても、どれだけの使命があったとしても、どれだけの大事な人がいたとしても、できることなど始めからただ一つだった。





--生き抜かなきゃ、全部意味がねぇだろうが……!





 ユナを寝かせてやると、歯を食いしばり立ち上がる。もはや指先の感覚はない。大鎌を振れるだけの体力もない。だが、それでもできることはある。震える右腕で、大鎌の切っ先を相手に向ける。





 その時、ルカの頭の中にが響いた。



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