mission3-26 流浪の鍛冶屋と破門の技師



「う……ぐ……」


 肌の表面がヒリヒリとして痛い。あと少し反応が遅れていたら腕が一本なくなっていたかもしれない。アイラは数秒前の、隙を作った自分を呪う。いつの間にかその男の左手は自分の右肩の上に置かれ、耳元で放たれた声でようやく状況を理解した時には、すでにその左手から人肌の温度を遥かに超えた熱が発せられていた。それが爆発となり、動力室を囲っていた壁でさえも破壊したのである。


 アイラは焼けただれた右腕を押さえながら、よろよろと立ち上がる。力が上手く入らないが、感覚がなくなるほどではない。だからこそ余計に熱と痛みで気が狂いそうになったが、今はそれどころではなかった。


「アイラ! 大丈夫か?」


 ルカとユナがこちらに向かって来ようとしたが、アイラは左腕で彼らを制す。そして、彼らに背を向けたまま問う。


「……ジルは?」


「わからない。壁が消えた時にはもうこの場にいなかったんだ」


「そう……じゃああなたたち二人で捜しなさい」


「アイラは!?」


「この人に構ってあげることにするわ」


 アイラは灰色の三白眼でじっと相手を睨む。ヴァルトロ四神将・アラン=スペリウス。ヴァルトロの誇る戦闘機械技術の基盤を築き上げたという男。そして……ガザの兄弟子。


「ほーう、俺相手に一人で何とかなるとでも?」


「一人じゃ、ないわよ」


 耳元のピアスに手をかざす。黄色の光とともにピアスが弾け、アイラの両手に黒い銃が現れた。その様子を見て、アランの声のトーンが急に低くなる。


「それ……アイツが作ったものだな」


「アイツってガザのこと? だとしたら、何」


「くくく……ヒャハハハハハハハ!」


 いきなり高笑いをし始めたアランにアイラは身構える。この男、ペースが掴めない。やがて笑いが収まってくると、ずれた眼鏡をかけ直して吐き出すように言った。





「ああああああああ目障りだ。その神器、俺が……ぶっ壊してやるよおおおおおお!」





 そう言ってアランが自分の左腕の白衣の袖をまくる。そこに現れたのは肌色ではなく、無機質な鋼の色をした機械の腕。




(義肢--いいえ、あれは……神器!)




「伏せて!」


 アイラが叫んだのと、アランの左腕の甲にはめられている石が若草色の光を放ったのはほぼ同時だった。周囲を熱風が吹き荒れる。ルカとユナは工場の機械を壁にしてなんとか凌いだ。だが、アランの側にいるアイラは直撃のはずだ。ユナは自分の腕輪に手をかざし、神石に語りかける。


(何度もごめんなさい……クレイオ、あなたの力を貸して)


“おやすい御用ですよ。あなたの体力が続く限りは”


  ユナは頭に浮かんだ旋律にのせて、熱風がおさまるまで歌い続ける。やがて熱風が消え、動力室の方を見たユナは息を飲んだ。アランの左腕が通常の人間の何倍も大きく変化していた。金属や導線のようなものが複雑に絡み合う無機質な巨腕が、アイラの華奢な身体を包み込み拘束している。ユナが助けに入ろうとした時、アイラは唯一自由に動かせる指先で銃の引き金を引いた。向けられたのはユナの足元。慌てて立ち止まり足元を見る。銃弾がさらさらとした砂に変化し、その中に折りたたまれた紙が現れた。


「ありがとうユナ、助かったわ。それを持って行きなさい。フレッドとジルを救出するのに使えるはずだから」


「でも、アイラは!」


 アイラは拘束されて苦しげでありながらも、普段通りの余裕のある笑みを浮かべて言った。






「私は大丈夫よ。こんなところでくたばれるほど、未練なく生きてるわけでもなくってね」






 アイラは再び引き金を引いた。銃口が黄色く神石と同じ色の光を放つ。--”熱砂”。相手の足に灼熱の砂漠の砂がまとわりつく。アランはすぐさま身を引き、アイラを拘束から解いた。そしてその巨大化した腕を”熱砂”に向ける。手のひらから水が放出され、”熱砂”はただの砂塊となりぼとりと床に落ちた。


 ふと、腕を後ろに引かれる。ユナが振り向くと、片手を自分の神石にかざしたルカは言った。


「アイラなら大丈夫。おれたちが心配なんかしたら逆に怒られるよ。だから、今のうちにフレッドたちを捜しに行こう」


 そう言うルカの声は少し震えている。不安なのは同じだ。だが、たった一瞬の迷いで判断を誤るわけにはいかない。ここに来た目的を達成するために、今自分がすべきことは--。ユナはルカに向かって頷いた。


「……うん、行こう! アイラお願い、無理はしないで--」




 紫色の光が発せられ二人の姿が消えた。その様子を見届けたアイラは慣れた手つきで懐からタバコを取り出し火をつけて煙を吐く。息が途切れ、煙の軌道が歪んだ。本当は先刻からずっと呼吸は乱れ続けている。おまけに爆発が起きてからというもの、どうも辺りの空気が薄くなったような気がして息苦しい。ユナの歌で傷口が塞がり右肩の痛みは和らいだとはいえ、立て続けの神石の使用で体力はもう尽きかけている。


(さて、どうしようかしらね……)


 ガシャン。アランが体制を整える音を聞きアイラは向き直った。


「ははははは……さすがはアイラ・ローゼンだ。神石の力を使いこなしてやがる」


 機械の左腕が手の平をこちらに向ける。次は何をしてくるつもりなのか。アイラも銃を構えた。


「そっちこそ便利な腕ね。爆発したり放水したり、一体どういう仕組みなの?」


「はっは、羨ましいか!」


「いいえ全然。私はこれが気に入っている」


 そう言って片手でくるりと銃を回してみせると、アランの表情が曇った。


「ヒャハハハハハ! そんなに俺を怒らせたいか!? ならば思い知らせてやろう! 俺が作った神器の力を!」


 アランの機械仕掛けの巨大な左腕が若草色に光り、手の平が赤く熱を帯びる。今度は爆発だ。アイラは辺りを見回す。ベルトコンベアの脇にある重厚なプレス機が目に入った。これなら爆風にも耐えられる。アイラがプレス機の裏に回ったのと爆発音が響いたのはほぼ同時だった。間一髪である。


(それにしてもさっきからこの反応……もしかして、ガザのことを目の敵にしている?)


「やぁ! こーんなところにいたのか!」


「--っ!」


 また背後をとられた。振り向きざまに数弾撃ったが、全て機械の腕に跳ね返される。アランはニヤリと笑みを浮かべ、腕を振り下ろした。後退して避けるが、太腿に指先がかすった。鋭い爪が仕込まれていたらしい。ズボンごと皮膚が裂けて血がにじむ。これくらいのかすり傷--そう思った時、アイラの視界がぐらりと揺れた。


「な、何これ……」


 景色がぐるぐると回る。平衡感覚を保てず、アイラはその場にしゃがみ込んだ。身体中が火照って熱い。


「神経毒だ。なーに、この程度じゃ死にはしないから安心しな。せっかくの神石との共鳴者を簡単に殺しちまうのももったいないし」


「そんな……いつの、間に……」


「今作ったのさ、神器の力でな。俺の神石は悪戯好きの邪神ロキ。俺の発想を元に色んな悪戯の道具を生み出してくれる、ありがたーい神様だ」


 まるで大量のアルコールを摂取した時のように、身体が思うように動かない。アランはアイラの目の前にしゃがみ、倒れている彼女の顎をぐいと掴んで顔を上げさせた。そして実験動物でも見るかのような冷たい目でアイラを見下す。狂った科学技師マッドエンジニア--噂どおりだ。アイラはなるべく平静の調子を保って尋ねる。


「どうしてガザを狙ったの……?」


「お、喋れるだけの力は残っているようだな」


「……ガルダストリアの銃、あれはキッシュでは手に入らない。だけどヴァルトロの人間が渡したのなら別。あなたがアンゼルとフレッドをそそのかしたんでしょう、アラン=スペリウス……ガザとは兄弟弟子のくせに」


 すると、白衣の男は狂ったように大声で笑い出した。





「おいおいおいおい、綺麗な顔してゲロみてぇなことを言ってくれるなよ。俺のこの惨めな左腕をなんだと思ってる! ガザに聞いてないのか? 、ってな!」


「!? なんですって……」


「おかげで俺は鍛冶屋としての将来を絶たれ! ヴェルンドのジジイに破門され! 一方あいつは二国間大戦で伝説の鍛冶屋としてもてはやされ! 戦争が終わった途端、平和主義者ヅラして神器職人か? ふっっっっざけんな!」


「ぐっ! かはっ……!」



 激昂したアランがアイラの脇腹を思い切り蹴った。神経毒のせいであまり痛みは感じなかったが、胃の中の物がせり上がってきて激しくむせる。


 


「俺はアイツが憎くて憎くてたまらねぇ……! だからぶち壊してやりたかったのさ! アイツを! アイツの仲間を! そしていつまでもスペリウス派を崇拝し、時代遅れの文化を美とするすすくせぇこの街をな!」




 息荒くまくし立てると、ぐいとアイラの前髪を掴む。


「さぁ今度は俺が質問する番だ、アイラ・ローゼン」


 アランは呼吸を整えるかのように深く息を吸うと、声を潜めて言った。






「端的に聞こう。あんた--うちのソニアとどんな関係だ?」




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