mission3-25 シスター失踪



 自動防御プログラムが発動したことにより、ヌスタルトは二階につながるルカとユナのエリア、工場の中心部につながるジルのエリア、そして一階の小部屋につながるアイラのエリアに分割されてしまった。


「ここは……動力室のようね」


 アイラは小部屋の入り口で呟いてみるが、相槌を返す者はいない。そうだ、今は一人なのだ。


(単独で行動するのは久しぶりね。コーラントの……あの時以来、か)


 コーラントからはユナが加わって、ホットレイクではガザが合流して、スウェント坑道でジョルジュに出会って。思えば随分賑やかになったものだ。そもそも、ルカの教育係を任されたのもつい最近のこと。それまで一人で任務をこなしていたというのに、いつの間にかこの静けさを物寂しく感じるようになっていた。


"元々一人ではないだろう。私がいるのだから"


(そうね、悪かったわ。あなたはいることが当たり前すぎてつい忘れてしまうのよ)


"はん。雑な扱いをしおって"


 セトの呆れたような声に、アイラはふっと笑う。


(そうなるのも仕方ないかもしれないわね。私と共鳴しているあなたと、それぞれに意思と身体を持つ彼らは違う。一緒にいて当然なんて、思ってはいけないのよ)




--そう、いつの日にか離れ離れになってしまった彼のように。




 脳裏にその面影が浮かび、アイラはかき消すように首を横に振った。気を抜くとすぐにこれだ。そんな自分に嫌気がさして、思わずため息が漏れる。




(こんなに早い段階でルカが過去を暴露するなんて思わなかった。それに、ユナがこうして追いかけてくるなんて、もっと想定してなかった。……正直、羨ましいわ。私だってユナに隠していること、いいえ、ルカにでさえ言っていないことがあるというのに)


"今は捨ておけ。気持ちは分かるが、お前の目的を達成させるためには不要な感情だ"


(……ええ、分かってる)


 アイラはこくりと頷くと、動力室の中へと入って行く。薄暗い室内の中で複雑に絡み合う機械。部屋の奥に何やら巨大なパネルがあり、そこに工場の中央にあるベルトコンベアの図が映し出されている。動力室というからには、この部屋に自動防御プログラムをコントロールする機能があってもおかしくはない。アイラはパネルの下部、円形の操作盤に触れながらセトに話しかける。


(それにしてもあなた、ルカが近くにいないと随分お喋りね)


"これだけ距離と壁があれば盗聴されることもないからな。私はあいつに勝手に声を聞かれるのがそもそも気に食わん"


(良いじゃない別に。ルカだって寂しいのよ、自分の神石とは会話できないんだから)


 操作盤を色々といじってみると、パネルの方にようやくそれらしい絵が現れた。九枚の赤い壁が並ぶ図。そして操作盤の方には文字入力フォームが立ち上がる。パスワードが必要なようだ。


(壁が九枚、パスワードの文字数も九文字で指定されている。こういうのって当てずっぽうに入れるとろくなことが起きなかったりするのよね……)


 アイラが腕を組んで考え込んでいると、セトが思い出したように言った。


“ああそうだ、あいつが言っていた坑道で乗り移ったとかいう死者の話、よくよく考えてみればオカルトでも何でもなかったな”


(どういうこと?)


、アイラ。神石は共鳴の度合いが強まれば、共鳴者の身体能力を補うことができるようになる”


(--あ)


 アイラの頭の中で引っかかっていたものがすっと解けていく。


 そう、それはまだまだ謎の多い神石について、明確に分かっている特徴の一つであった。例えばブラック・クロスのリーダーであるノワールが人間からシャチに変化できるのも、それは彼の持つ神石の力を使ってのことだ。あの時のルカは眠ってしまって体を自由に動かせる状態ではなかった。だが、持ち主と共鳴度の高い神石であれば、持ち主の身体能力を補い、普通の人間にはありえないはずの力を引き出すことができる。


(つまり、あれは神石クロノスだった……?)


“そう言い切るには早い気もするが、もしかしたら代償になった人間の人格が神石の一部に反映されているのかもしれないな”


(変なことをくようだけど……それって生きているって言えるのかしら?)


 もしもそうなら、少しは救いになるのかもしれない。いや、かえって余計に罪の意識にさいなまれるのだろうか。セトが何か答えようとした--が、その声は突如響いた悲鳴によってかき消された。





「きゃあああああああ!」





 アイラはハッと我に返る。壁に遮られているここからでは何も見えないが、今の悲鳴は間違いなく自分たちについてきた修道女の声だった。


「まずい……! 早くこのプログラムを何とかしないと……!」


“アイラ! 今ルカが私に話しかけてきた。パスワードのキーが分かったようだ。そのキーは……”





--M・E・R・C・U・R・I・U・S





 ガコンという音が響き、パネルに映し出されていた九枚の壁が消えた。商業の神メルクリウス。登録商人ギルドの象徴となっている創世神話の神の一人だ。


 アイラはすぐに動力室を出ようとしたが、ふと目の端に見覚えのある絵が映る。パネルのメニューの一つに出ている黒い鎧のような絵。先ほどまではなかった。キーを入力したことで出てきたのだろう。アイラは操作盤で黒い鎧のメニューを開いた。


「!? これってもしかして……」


 突如現れ、フレッドを奪い、共鳴者である自分たちでも歯が立たなかった鎧。今アイラが見ているものは、その設計図であった。


(これがヌスタルトで作っていたものの正体だったのね……! ルカたちにも伝えておかないと)


 設計図を側にあった印刷機に出力させる。その一瞬の隙が、彼女の反応を一歩遅らせた。





「どうだい? よーくできているだろう、俺の最高傑作は!」







--バゴッ!!!!!



 工場中に響くほどの大きな破裂音。音と共に工場一階の小部屋、動力室の方から粉塵が巻き上がる。元いた場所まで戻ってきていたルカとユナは目を疑った。そこには手分けして工場を探っていたアイラがいるはずで。しかし粉塵の向こうから見える人影は一つではなく二つだった。アイラが白衣の男の足元でうずくまっている。先ほどの爆発でアイラの衣服はところどころ破れ、肌に血が滲んでいた。男はルカたちに気づくと、満面の笑みを浮かべて言った。





「やあ諸君! 工場見学は楽しんでもらえてるかい? 俺はヴァルトロ四神将、アラン=スペリウス。今日は最高潮に気分がいいから、お前らと遊んでやることにしたよ--」



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