mission3-23 ルカの苛立ち


 ヌスタルト工場の中央にあたる製造ラインは吹き抜けの空間となっているが、両サイドと工場の前後にあたる部分には二階のフロアがある。ルカとユナは階段を登り、二階に上がっていた。今立っているのは、ちょうど最初に搬入口から出た場所、「資材室2」の真上だ。


 小部屋が六部屋ほどある。一室一室はさほど広くはなさそうだ。ルカはまず手前にあった「保管室」のドアノブに手をかけた。


--ギィィィィ……


「あれ? 何もないな」


「本当だ……保管室って書いてあったから、何か大事なものがあるのかと思ったけど」


 部屋の中はがらんとしていて、部屋の名を表すようなものは何もない。室内を一周してみたユナは、ふとしゃがみこんで床を見つめる。


「どうした?」


「床の色が違うの。ほら」


 そう言って床の中央部を指差す。そこには周りの床よりも色が褪せていない四方形の跡がいくつかあった。一つ一つの大きさは、一階の資材室で見た段ボールとちょうど同じくらいの大きさだ。


「ここにしばらく何かが置かれていたんだよ。きっと、ほんの最近まで」


 ユナは四方形の跡の上をすっと撫でた。彼女の指先にほこりはついていない。


「保管室……今日移動されたもの……もしかして、ここにあったのって」


「うん、今日完成したっていう商品のプロトタイプ……この部屋は、その保管場所だったのかもしれない」


 ルカは腕を組んで立つと、インビジブル・ハンドで工員から聞いたことを思い出す。確かそのプロトタイプの最終確認をするためにアンゼルは宴に来ないという話だった。


「インビジブル・ハンドにいた時さ、工場で作ってるものに関して何か聞けた?」


「ううん、詳しくは。ただ……今までの武器をゴミ同然にしてしまう武器だって聞いたよ。ルカは?」


「おれもあまり聞き出せなかった。フレッドも結局話してくれなかったしな」


 その名前を聞いて、ユナは少し俯く。ルカとアイラが追い詰めた相手がフレッドであったということはすでに工場に入る前に聞いていた。


「でもガザを襲ったのがフレッドだったなんて……まだ、信じられない」


 昼間会った彼は、ジョルジュと本当の兄のように接していた、優しい雰囲気の青年だったはずだ。


「おれも驚いたよ。あいつがアンゼルに脅されて、ファブロを怪我させたり、ガザを狙ったりしてたなんて。それに……」


 言い澱んで、ぐっと奥歯を噛み締めた。


--さぁ、そのままその銃で僕を殺してください。


 そう言ったフレッドの顔は妙にすっきりとした表情をしていて。




(くそっ……んだよ……!)




 ルカが急に壁に拳をついた音に驚いて、ユナはびくりと肩を震わせる。


「どうしたの?」


「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事」


「……また隠すつもりなんだ?」


「--っ!」


 ルカがゆっくりと振り向くと、ユナはムッとした表情でこちらをじぃっと見ている。……無言。やりきれなくなったルカは、「ああああ」と唸ってバサバサと髪をかくと観念したように言った。


「あいつは……フレッドは、同じだと思ったんだ。目が覚めたばかりの頃のおれと。あの時のおれは、記憶がない中で事実として目の前に突きつけられた罪が怖くて、それなのに自分が息をしていることが許せなくて……とにかく、死にたかったんだ」


 こんな話するつもりなかったんだけど、とルカは手で顔を覆ってユナから目をそらす。


「だけど、おれは死ねなかった。自分の罪よりも死ぬことの方が怖くて……色々試したけど全部ダメだった。腹が減れば食べ物に手を伸ばしてしまうし、高いところから飛び降りようとしたら急に腹痛が起きてそれどころじゃなくなるし、刃物を自分に向ければ手の震えが止まらなくなるし……かっこ悪いだろ。おれは恥ずかしいくらい臆病者なんだ」


 指の隙間からちらりとユナの方を覗き見る。しかし彼女は何も言わない。


「だから、あっさり死を選べてしまえそうなあいつを見て……なんかこう、胃がむかむかしてきてさ。もしおれがフレッドの立場だったら確かに同じことを思うだろうよ。だけどそんな揺るがない感じで、簡単に殺してくれなんて言うのはさ、なんていうか上手く言えないけど……こう、何度も死に損ねているおれなりに、苛々してきたんだよ」


 思いのままを吐き出したら、いつの間にか少し早口になっていた。ルカは息を整えると、「そろそろ行こう」と言ってユナに背を向け、部屋を出ようとした--が、後ろに引っ張られる。ユナがルカの上着の裾を掴んでいた。振り返ると、先ほどまでのしかめ面が嘘のように、彼女はにっこりと微笑んだ。





「かっこ悪いなんて思わない。ルカが生きていてくれて良かった。だってそうじゃなかったら、私は今ここにいないはずだから」





「……そっか」





 それだけ言うと、ルカはぷいと顔を背けた。少しだけ、目頭が熱い。照れくさくて、むず痒くて……こんなに複雑でなんと表現したらいいか分からない顔を、見られたくなかったのだ。




--ドン




 物音がして、ルカたちはハッとした。音は隣の部屋から壁越しに聞こえてきた。二人は部屋を出て隣の部屋へと向かう。外から錠前によって鍵がかかっているようだ。ルカは錠前を手に取ったかと思うと鍵穴をのぞいたり裏側を見たりして、やがて「よし」と呟き、ズボンのポケットの中から短い針金を取り出した。


「え、もしかして」


 恐る恐る尋ねるユナに対し、ルカは平然と答えた。


「市場に出回ってるスタンダードな鍵なら開けられるよ。だっておれたちは義賊だからね」


 白い歯を見せてにっと笑う。屈託のない笑顔。




(この表情見たの、なんか久しぶりな気がする)




 そう思うと、ユナの頬もつられて緩んでいた。





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