mission3-22 自動防衛プログラム
人が通るには背の低い搬入口を屈みながらくぐり抜ける。少し歩くと段ボールやコンテナが所狭しと並べられた倉庫に出た。
「ねぇ、もしかしてこれ……黒流石が入ってるんじゃない?」
ユナがコンテナの一つに貼られているラベルを指し示す。そこには確かに「スヴェルト大陸産・黒流石」と書かれていた。
「やっぱりここで買い占められていたのか」
「そのようですね。市場で高騰していたり品薄になっていたものもすべてここにあるみたいです」
ルカは軽くコンテナを叩いてみたりしたがびくともしない。コンテナは堅く封がされており、専用の機器でないと中身を取り出せないようだ。
倉庫の外の様子を伺っていたアイラは、見張りがいないのを確認すると三人に向かって言った。
「先を急ぎましょう。今は連れ去られたフレッドのことが優先だわ」
なるべく物音が立たないよう、ゆっくりと倉庫の扉を開ける。部屋を出る時に後ろを振り返ったユナの目に入ったのは、扉の入口に書かれた「資材室2」の文字。
(”2”ってことは、もう一か所あるのかな)
不思議に思いながら歩いていると、前方で立ち止まっていたルカの背中にぶつかりそうになった。
「ここが再起の工場・ヌスタルト……!」
そこは重厚なベルトコンベアが中央に引かれた、吹き抜けの巨大な製造ライン。ベルトコンベア上に均等に並べられた何かのパーツに、ベルトコンベアの側部や上部に設置されているプレス機、組み立て機。そして上部に無数に張り巡らされるパイプ、ケーブル。どれもが先進的で、ルカは思わず息を飲んだ。
「あまり大きな声出さないで。さっきの奴らに気付かれるかもしれないわ」
「あの鎧の奴らか……」
ルカは苦い顔をして口を覆う。不意打ちとはいえ、なすすべもなく蹴り飛ばされたことが彼にとっては不愉快だった。クロノスを扱えるルカはスピードで負けたことなどほとんどない。あるとすればそれは彼の師匠・クレイジーが相手の時だけだ。だが先刻の襲撃の時は、鎧が自分に向かって来ていたことすら気づかなかった。受け身すら取れず、あっさりとフレッドを奪われてしまったのだ。
そんなルカの考えを察してか、アイラがぼそりと呟く。
「悔しいのはあなただけじゃない。私だって、セトの力を弾かれたのは初めて。あの気味の悪い鎧……普通じゃないわ」
すでに工場の稼働時間は終了している。従業員はおらず、機械は一つも稼働していない。工場内は薄暗く静まりかえっていた。
ルカたちはベルトコンベアの側まで近づく。そこまで行けば、この工場で何が作られているのか分かるかもしれなかった。ユナは歩きながらインビジブル・ハンドで聞いた話を思い浮かべる。
(今までの武器をゴミ同然にしてしまうほどのもの、だっけ。それってどんなものなんだろう。プロトタイプができたって言っていたけど……今までの武器が効かないってことは、神器は)
そこまで考えてユナはハッとし、慌ててアイラとルカに駆け寄った。きょとんとしているジルを横目に見ながら、ユナは小声で二人に耳打ちする。
「……私たちが神石の共鳴者だってこと、ジルさんにまだ言ってないよね?」
「「!!」」
「そ、そういえば……まだ言ってなかったな。バタバタしててすっかり忘れてた」
「言っておいた方がいいかな? どうせ戦いになったらばれてしまうし……」
するとアイラは首を横に振った。
「共鳴者だってことはなるべく他人に言わない方がいい。下手に狙われたり目立ったりするとやりづらいでしょ」
「じゃあ……」
「やっぱりあの人には帰ってもらうしかないわね」
そう言ってアイラはジルの方へと向かっていく。ジルはルカたちが何を話していたか聞こえていなかったはずだが、雰囲気でなんとなく察したらしい。
「あの……私、やっぱりお邪魔でした?」
おずおずと尋ねるジル。丸眼鏡の奥の大きな黒目がちの瞳に、アイラは一瞬たじろいだ。
「い、いいえ、別に、邪魔というわけじゃ」
珍しく言葉を詰まらせる彼女を、ルカとユナは不思議そうに見ていた。
「どうしたんだろう、アイラ」
「ああ、いつもなら『ここから先、足手まといはいらない。今のうちに帰って』くらい言いそうなのにな」
「あ、確かに言いそう」
そんな二人の話し声が聞こえ、アイラは小さく舌打ちを打つ。
(苦手なのよ……! こういう、一ミリも汚れてませんって感じの女……!)
しかしそんなアイラの意を介さず、ジルは無邪気な笑みをたたえて言った。
「ああ、それなら良かった。皆さんをこうして巻き込んでおいて私が何もしないというのは、ミトス神教会の者として恥になりますので」
まっすぐ向けられる視線に、目を合わせていられない。アイラはぷいとそっぽを向くと、溜息を吐きながら尋ねた。
「それにしても、あなた戦えるの? もし敵が出てきて襲いかかってきたらどうするつもり?」
「戦う? そんな、滅相もないことです。もし襲ってくる方がいらっしゃるというのなら、私が説得してみせます! 神教会の名を出せばきっと相手も分かってくれますよ」
アイラの溜息は一層大きくなり、彼女は近くにあった機械に手をついて言った。
「あのね。この工場には私やルカでも太刀打ちできない奴らが……」
--ビーッ! ビーッ!
けたたましいサイレンが鳴る。アイラは恐る恐る自分の手を引いた。彼女が手を置いていた場所には見るからに押してはいけなさそうな赤いスイッチが、すでにしっかりと凹んでいて。
『緊急事態発生、緊急事態発生--これより、自動防衛プログラムを起動します。場内にいる工員は速やかに退避してください』
アナウンスが鳴り終えないうちに、ゴォッという音が天井から響く。
「うわッ!」
天井からいきなり壁が降ってきたのだ。とっさの判断でクロノスを発動し、ルカとユナは落下してきた壁を避ける。息をつく間もなく、次々と壁が降ってくる。ルカたちがいた場所はあっという間に巨大迷路のように壁に仕切られた空間となってしまった。壁は吹き抜けの天井に届くほどの高さで、とても乗り越えられそうにない。
「アイラ! ジルさん! そっちは大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫よ。ジル、あなたは?」
「私の方も大丈夫です。私がいた方は工場の内側にあたるみたいです。ベルトコンベアの側にはあまり壁はありません」
ユナは周囲を見渡す。資材室への道は壁によって閉ざされていた。アイラやジルとは壁によって阻まれている。行けるとしたら--
「私とルカがいる辺りだと、工場の中心とは反対の方に階段が見えるよ。二階には上がれそう」
「分かった。あなたたちは一旦二階の様子を探ってきて。私の方からも行ける部屋がいくつかあるみたい。そこでこの壁を
「オッケー、じゃあ行ってくるよ」
ルカとユナの足音が微かに聞こえる。アイラのそばの壁の向こうからは、おどおどとした声が聞こえてきた。
「あ、あの、私は……」
ジルが一人になってしまうのは想定外だった。しかも彼女がいるのは工場の内側……もし工場内にアンゼルやその仲間がいるのだとしたら、まず初めに見つかる可能性がある場所だ。
「あなたはなるべくそこにいて身を隠しておいて。下手に動き回らなければ、最悪迷い込んだって言い訳ができる」
「わ、わかりました」
ジルからの返事を聞くと、アイラは壁にもたれかかり煙草に火をつけた。
(全く、最悪の事態ね)
“お前のせいだろ、アイラ”
(……それも含めて最悪と言ったのよ)
アイラは白い煙を吐くと、吸い殻を潰してまずは目の前に見える小部屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます