mission3-21 凶弾の行方
--ブンッ!!
ルカは商人街の商店の屋根に立つと、クロノスの力--時間軸の高速化--を解いて辺りを見渡した。キッシュの西側、職人街の方へと屋根の上を動いていく黒い影が一つ。
「見つけた! あいつだな」
ルカの声に気付いたらしい。黒っぽい服装をした男は一瞬こちらを振り向くと、すぐに向き直り足を早めた。
「逃がすか!」
ルカは再びクロノスの力を発動させ、影を追う。
「ちょっと、飛ばしすぎじゃない? 体力の温存もちゃんと考えてる?」
ルカの腕に触れ、共に高速化された時間軸の中にいるアイラが尋ねる。
「大丈夫。なんでか分からないけど、今日はいつもより燃費が良いんだ。あいつを捕まえるくらいなら、そんなに体力を消費しないままいける気がするよ」
「そ。ならいいけど」
そう言ってアイラは自らの神器に手をかざす。十字のピアスは液体のように飛び散って収束し、一瞬のうちに黒い銃に変化した。
男は職人街の奥へ奥へと向かっていく。彼を追いかけるのは思ったよりも難儀だった。キッシュの家屋には一つ一つに煙突が設置されているので、凹凸が多くまっすぐ直線には進めない。しかし黒い影は慣れているのか軽々と最短距離で駆けていった。こちらが高速移動しているとはいえ、向こうの方が地の利がある分、すぐには差が縮まらなかったのだ。
時間軸の高速化は瞬間移動ができるわけではない。自分たちの動きを周囲の時間の流れよりも早めることができる能力だ。そのため、高速化された時間軸の中でずっと走り続ければ、その分体力は消費する。つまりこの追跡は長引けば長引くほど、自分たちを疲弊させることになる。
左手にはあの大きな煙突の塔が見えてきた。この方角はヌスタルト工場へ向かっている。
「工場の中に逃げられたら面倒ね……そろそろ片をつけるわよ」
アイラは走りながら双銃を構え、前方を見据えた。もう少し行けば職人街の屋根は途切れ、ヌスタルトの敷地の塀が迫っている。黒い人影はもう屋根の端までたどり着き、工場の塀の方へと飛び移ろうとしている。アイラは照準を定めるかのように灰色の瞳をキュッと細めた。
(捉えた……行くわよセト!)
"ああ、分かっている"
アイラは立ち止まり、黒い人影に向かって銃を放った。
--ブワッ!!
銃口からは銃弾ではなく大量の砂が吹き出て男に向かって降りかかった。撃たれることを想定していたのか、反応が遅れよろける--その一瞬の隙を、見逃さない。アイラは銃を放った反動でのけ反りながらも、もう二発続けて撃った。今度は銃弾が男の顔のすぐ横をかすめていく。狙い通りだ。焦りが生じたのか、彼はバランスを崩し屋根から落下した。
--ドサッ
キッシュの家屋はそう背が高くはない。落ちても打ち身程度で済む。男は慌てて立ち上がり、工場の塀を登ろうとした。が、もう遅かった。彼は自分の足が地面を離れないことに気づく。アイラが撃った銃弾が砂となり彼の足を拘束していたのだ。砂を払おうと身体を屈めると、この辺りのものではない皮のサンダルブーツが目に入った。男はゆっくりと顔を上げる。チャッという武器を振る音。首筋には大鎌の刀身が当てられ、目の前には月光に光る金髪。
「あんたがガザを撃ったのか?」
普段より低い声でルカは尋ねる。
黒い布で覆面をした男は逃げる算段がないと悟ったのか肩を落とし、ため息を吐いた。
「神石の共鳴者って、こんな人間離れした人たちだったなんてね……」
「「!?」」
くぐもって聞こえる声に、ルカもアイラも聞き覚えがあった。
「その声は……!」
アイラは男の覆面をはぎ取り、そして目を疑った。覆面の下からキャラメル色の髪がふわりと現れる。
「お前……フレッド?」
ルカたちが今工場の塀壁に追い詰めているのは、昼間会ったばかりのジョルジュの兄弟子だった。
フレッドはこくりと頷く。アイラはまだ警戒を解かず、銃口の先を彼に向けたままだ。フレッドはすっと両手を上に挙げた。
「さぁ、そのままその銃で僕を殺してください。そうすればすべて上手く収まります」
「はぁ!?」
思わずルカの声が裏返った。しかしフレッドの方はいたって冷静な表情のままだった。
「何言ってんだよ! 何かの間違いだろ? おれたちはガザを撃った奴を追って……」
「だから、それが僕なんですよ。そもそも、わざと招待状を落としてあなたたちをインビジブル・ハンドに誘い込んだのは僕なんですから」
「わざと、だって……?」
「そう、わざとです」
フレッドは無表情のまま、淡々と言う。
「わけ分かんないだろそれ……なんでそんなことを」
「アンゼル町長からの命令だったからです。あなたたちを始末せよと」
フレッドが言い終わらないうちに、ルカは大鎌の刀身を彼の首元のギリギリのところまで寄せた。
「お前それ本気で言ってんのか……!? ガザはお前の師匠の留学仲間だろ? なのに、どうして!」
「ルカ、少し落ち着きなさい」
「だけど……!」
アイラはルカの大鎌を押しやると、フレッドと彼の間に入り、フレッドの胸元に銃口を突きつけて問う。
「質問を変えましょうか。どうしてアンゼルは私たちを狙うように命令したの? あなたが使った銃はガルダストリア製だったわね。それにヌスタルトが大量に買い占めている黒流石を扱えるのは限られた職人、スペリウスの一派だけ……あなたたち商業派の後ろにはヴァルトロ四神将のアラン=スペリウスがいる。違う?」
フレッドは答えない。アイラはフーッと息を吐くと、言葉を続けた。
「もう一つ聞きたいことがある。あなたたちはこの馬鹿でかい工場で一体何を作っているというの? ここで消息不明のまま帰って来ない職人もいると聞いたけど」
青年の表情が一瞬歪み、アイラから目をそらす。
「知っているのね」
アイラは銃身の側面にはめられた黄色の神石に手をかざした。すると、煌々と光が発せられ、二丁の銃の周囲を光がまとった。
「あんまり好きなやり方じゃないんだけど……あなたに吐かせる手段ならいくらでもあるわ。例えば、こういう風に」
--バシュッ
アイラはフレッドの足元に銃弾を放つ。彼の体を貫通したわけではない。空中ですぐに砂に変化したからだ。しかしいつもの砂とは違う、灼熱の砂漠の砂--”熱砂”。赤みを帯びたその砂はフレッドの右足の靴にまとわりつき、湯気とジュウジュウと皮靴を焼く音を立てた。
「あああああ! 熱い……っ!」
「早く言わないと、最悪まともに歩けない足になるわよ」
フレッドは苦痛に顔を歪めながらも、首をぶんぶんと横に振った。
「言えません……そんなの言えませんよ……!」
「どうして?」
フレッドはうめき声をあげる。彼の首筋には脂汗が浮かんでいる。人に対して”熱砂”が使われるのを見るのは初めてだった。ルカに対して落ち着けと言いつつも、彼女自身ガザが狙われたということに相当な怒りを感じているのだ。
フレッドは荒ぶる息づかいで、途切れ途切れに言った。
「言えば……ファブロとジョルジュが、殺される……」
青年はがくんとその場にしゃがみ込む。”熱砂”はもう消えていた。フレッドの右足の靴は焼け焦げ、ところどころに空いた穴から軽い火傷を負った肌がのぞく。
「殺されるってどういうことだよ。もしかしてお前、アンゼルに脅されているのか」
ルカは大鎌をネックレスに戻し、彼の肩を揺さぶった。フレッドは弱々しい笑みを浮かべた。
「はは……すべて僕が悪いんです……独立に失敗して、アンゼルに借金を作ってしまいました。技巧派を取り仕切るファブロにとっての弱みになってしまったんです」
ルカと同じ年頃のはずの青年は、目の隈とこけた頬で少し老けて見える。
「一ヶ月前のファブロの右腕の怪我も……僕がやったことです」
フレッドは手で眼を覆う。手のひらの下から、涙が一筋こぼれていった。
「本当は殺せと命じられました。もちろんそんなこと、できるわけがない……! だけど、やらなければアンゼルは他の者に命じていたでしょう。だから、やるしかなかった……!」
「そのことを彼女は?」
アイラが尋ねると、フレッドは首を横に振る。
「ファブロが利き腕に怪我を負ったことで、キッシュでのアンゼルの支持は急に広まりました。それがあの男の狙いでした。そして、アンゼルはそれ以上ファブロを殺すようにとは言わなかった。その必要はなくなったからです。僕というファブロの汚点ができてしまったから……師匠に手をかけるような弟子がいることが周囲に知られたら、ファブロは……! だから、殺して欲しいんです……! アンゼルの言いなりになり、ガザさんまで手にかけた僕を……!」
フレッドはアイラの足にすがりつく。ボロボロと涙をこぼしながら。その様子を見てルカは自分の拳をぎゅっと握りしめる。
(なんだよそれ……あのアンゼルってやつ、フレッドを利用してファブロを、ガザを……!)
その時、ルカたちの目の前が暗くなった。いや、暗くなったわけではない。突如黒い影が二つ現れたのだ。
「うっ!?」
影は間髪入れずフレッドの後頭部を叩き気絶させた。そしてその身体を軽々と持ち上げる。人の形をしているが、全身は黒い骨のようなごつい鎧に覆われていて、表情は伺えない。
「お前ら、どっから……!」
ルカは再び神器を発動するも、一歩遅れた。フレッドを抱えていない方の影が、ルカのみぞおちに鋭い蹴りを入れて来た。人間業とは思えないスピードで、避ける間もない。ルカの身体は数メートル先まで飛んでいく。
「ぐっ……」
もう一つの影はフレッドを抱えたまま、軽々と跳躍した。人の身長の二倍はあるはずの工場の塀の上まで、高く。
「ちょっと待ちなさい!」
アイラは銃弾を放つ。照準は合っていた--しかし、弾かれた。
「!?」
黒い影の手によって弾かれた銃弾は、ぽとりと砂になって地面にこぼれ落ちる。あっけにとられているうちに、二つの影はフレッドを抱えて工場の敷地内へと入っていってしまった。
「ルカ! アイラ! 何があったの!?」
「う……ユナ? どうしてここへ……」
ユナは倒れているルカに駆け寄り、すぐに歌を口ずさんだ。薄桃色の光が黒い影に蹴られた部分にまとい、痛みが和らいでいく。
「なんで、来たんだよ……」
「ルカたちが置いていっても、私は勝手についていくんだから」
ユナはルカに目を合わせないまま言った。少しだけ、頬を膨らませて。
「だから、止めても無駄。私のことは私が決める。答えはちゃんと出すから、もう少し待っていて」
そう言って、ユナはルカの肩を叩いた。わざと彼が傷を負っていた場所を。ルカは「いてっ」と小さく声をあげた。
「それにしても何だったのかしら今の……神石の力が、弾かれるなんて」
アイラがタバコの煙を吐きながら塀の向こうを見つめる。塀が高いせいで工場の中は何も見えない。ルカはよろよろと立ち上がる。痛みはもうない。
「早く追おう! 工場の中に入って行ったってことはあいつらきっとアンゼルの仲間だろ。このままじゃフレッドが」
「わかってるわよ。でもどうするの? 工場に入る手段は--」
すると、パタパタという足音が聞こえてきた。ジルだ。ユナのことを追いかけてきたらしい。
「みなさん聞いてください!」
はぁはぁと息を整え、ずり落ちた丸眼鏡を直しながら修道女は言った。
「工場に入る鍵、見つけました! インビジブル・ハンドに落ちていたんです!」
「「「ええ!?」」」
彼女は手の中にある三人に小さな銅の鍵を見せる。鍵のラベルを見る限り、どうやら正門ではなく、資材の搬入口の鍵のようだ。
「搬入口か……侵入できないこともないわね」
アイラが鍵を受け取ろうとすると、ジルはパッと手を閉じてしまった。
「私も行きます。皆さんにばかり負担をかけさせるのも申し訳ないですし。サポートくらいならお役に立つはずですわ」
搬入口は正門と反対に位置する場所にあった。普段は資材だけが出入りする場所のため、入り口は小さい。屈んで入らなければいけないほど背の低い扉の鍵を開けると、ジルは三人の方を振り返って言った。
「さぁ行きましょう。頭には気をつけてくださいね」
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