mission3-20 隠し事
人の、命を、奪う。
ルカの言葉を頭の中で
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
今はインビジブル・ハンドでガザの思いついた潜入作戦の最中で、急に踊ることになったアイラの舞はとても綺麗で、突然のサイレン、そしてガザが何者かに撃たれて……
「どういうことなの?」
アイラが口を開いたことに、ほっとしている自分がいる。
「あなたが言うことが本当なら……坑道でゴーレムを倒した時に、すでに死んだはずの人間が乗り移っていたとでも言いたいの?」
ルカは顔を上げず、うつむいたままだった。
--ガッ!!
アイラがハイヒールでVIPルームの壁を蹴った音だ。
「こんな時にくだらない冗談はやめて……! そんな馬鹿な話あるわけないじゃない……! そんなことはいいから、今はガザを撃った犯人のことを--」
「良くない」
ルカはゆっくりと顔を上げ、ユナと視線を合わせる。
「おれは、このことをユナに隠したまま一緒に旅をしようとしてた。どんなに義賊を名乗ったって、おれが罪人であることに変わりはないのに」
ルカはそっと、ユナの温かい手を自分の手から離した。
「言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。きっとユナはショックを受けるから。ユナの幼馴染と同じ格好をしたおれが、他人の命を代償にクロノスの力を奪った人間だなんて……言いたくなかったんだ」
ルカは寝かされていたソファから起き上がると「だけど」と言って続けた。
「坑道でのことを聞いて、三年前のことを思い出して、理解した。あれは警告だったんだ。罪を犯しておきながら、善人ぶって生きようとしているおれに対して……旅の目的を忘れたのか、って」
「ルカ! もうその辺で……」
しかし青年はアイラの制止を振り切り、言葉を紡ぐ。
「ユナ。おれの旅の目的は、『
その表情はなんだか苦しげに見えた。コーラントの入り江の洞窟で話していた時は淡々と語っていたのに。いや、むしろそういう風に見えていたことが、ルカがすべてを語っていなかったという何よりの証拠なのだ。
「嘘、でしょ……」
思わず口からこぼれ出てしまった言葉を頭の中で必死に否定する。しかし、もうルカには届いてしまっていた。
「嘘じゃない。目を覚ました時、あいつが言ったんだ。『どうだ、私が手にするはずだった力を得た気分は』って。目の前には血の海が広がっていて、周りにはあいつの他にも人の骨がいくつも転がっていた。後でノワールに聞いた話だけど、おれが倒れていた場所には複雑な召喚陣が描かれていたらしい。その陣式が発動して……たくさんの人の命を代償に、クロノスが覚醒したんだ」
ルカはぐっと力を込め、胸元のネックレスを掴んだ。中心にはめられた紫色の石は、インビジブル・ハンドの暗い照明に照らされて怪しく光る。
「そんな、ことって……」
二人で街を歩いていた時、ルカが話していた代償による覚醒の話。その言葉の不穏な響きに、何も感じなかったわけではない。だがどこかで思い込んでいたのだ。信じていたのだ。
ルカが、まっすぐに生きる心優しい青年だということを。
(ううん、違う……私はまだルカに会ったばかり……それなのに、信じたいって思ったのは……きっと、重ねていたからなんだ)
失踪した幼馴染の、キーノと。
ホットレイクの温泉の中でアイラに言われたことを思い出し、愕然とする。
(私は、ちゃんと、ルカのことを見ていた?)
自問すればするほど自信がなくなっていく。一緒にいるのが心地よかった理由は? 凄惨な過去を知って、受け入れたくないと思ってしまっている理由は? スウェント坑道で別人のようになったルカを見て、恐ろしいと感じた理由は--
うまく言葉が出てこない。ユナが何か言い出すのを待つことなく、ルカは言った。
「だから、やっぱりよく考えて欲しい。このままおれたちについてくることが君にとって本当に相応しいことなのかどうか」
自分から黙っておくって言ってたくせに。アイラはルカの頭を小突く。ルカは小さく「ごめん」と呟いた。
「私は……」
どうしたいんだろう。
怖くないと言ったらそれは強がりになる。人の命を奪ったというルカ、そしてそれを知っていて一緒に行動するアイラ。二人とも、今まで平和な島国で育ってきた自分とは背負っているものが違いすぎる。具体的な恐怖よりも、底知れないという不安。同じものを見ていても、共通の言葉を話していても、どこか超えられない境界線があるのかもしれなくて。そんな二人と今までも、これからも、なんとなく一緒にいられるだろうと思っていた自分の浅はかさが悔しくて。
だが、コーラントを出た目的は今でも変わってはいない。世界を見て回って、コーラントが『終焉の時代』を生き抜く方法と、キーノの行方を追う。
(こんなところで、私の旅はまだ終わらない)
そしてそう決意できたのは、何よりもルカの言葉があったからこそだった。
--ユナ、あんまり生まれや過去のことは気にするなよ--
(ルカが、そう言ったんじゃん……)
唇をぎゅっと噛み締めていると、頭の中で声が響いた。
"そうですね、ユナ。まだ自分の想いに気づいていないのですか? あなたと共鳴している私には、こうも分かりやすく伝わってくるのに”
(クレイオ!)
クレイオの声は今まで聞いたことのあるミューズ神たちの中では一番高音で、鳥のさえずりような優しい声をしていた。
(私が自分の想いに気づいていないってどういうこと……?)
すると、くすくすと笑い声が聞こえた。
“ユナ、あなたは怒っているのよ”
すとんと、腑に落ちた気がした。
普段あまり激情に駆られたりすることがない分、自分では気づかなかった。
「ルカ、私は……!」
その時、VIPルームのドアがバタンと大きな音を立てて開いた。
「みなさん大丈夫ですか!?」
この場に似合わない大きな丸眼鏡とウグイス色の修道着。
「ジルさん!? どうしてここへ」
アイラが尋ねると、ジルははぁはぁと息を整えながら言う。
「心配になって来てみたら、お店の前で不審な方を見たんです。全身黒っぽい服装で、顔まで黒い布で隠していて……私が見ているのに気づいたのか、屋根に登って逃げてしまったけれど。そしたらお店の人にガザさんが撃たれたって聞いたものですから……」
アイラの指示でVIPルームに残っていた銀髪の女は、それまで部屋の隅でうずくまって大人しくしていたが、ジルの言葉を聞いてバッと顔を上げた。
「そいつよ! この部屋にいきなり入ってきて、ガザさんを撃ったのはそいつだった……!」
アイラがガザの方を見ると、ガザも頷き肯定する。それを見るや否や、ルカは黒の十字のネックレスを首から外し、神石に力を込めていた。
「追うぞ、アイラ!」
「ええ!」
--ブンッ!!
ルカのネックレスから紫の光が強くなったかと思うと、風を切るような音が響き、アイラとルカの姿は
(私、置いて行かれたんだ……)
そう思った矢先、大きな手が肩をポンと叩く。
「行ってやれユナちゃん……俺のことはもう大丈夫だから。言葉で伝えられなくても、君の行動で伝わることもあるさ」
「ガザはなんでもお見通しなんだね」
そう言うと、ガザは怪我を感じさせないくらい豪快に笑う。
「まー、伊達に君らより長く生きてるわけじゃねぇからな! 男ってのは鈍い生き物だからさ、しつこいぐらいに気持ち伝えんのがちょうど良いのよ。特にああいうやつは」
自然と笑みがこぼれる。ユナは立ちあがった。
「……うん! ありがとう、ガザ。私行ってくる」
「おう」
ガザがひらひらと手を振るのを横目に、ユナは駆け出した。VIPルームを抜け、店を出て、繁華街を出て……紫色の光を追い、キッシュの夜の街をひたすらに走る。
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