mission3-11 覚醒の方法


「ユナ! ちょっと待ってって!」


 ルカはつかつかと歩くユナに向かって叫ぶ。ファブロの家からずっと引っ張られてきたせいで、腕がもげてしまいそうだったのだ。


 どうやら職人街の中央あたりまで来たらしい。前方には街の入り口からでも見えていた、レンガ造りの巨大な煙突がそびえ立っていた。幅も高さも普通の工房のものとはまるで違っていて、煙突というより塔と言った方がしっくりくるような気がした。


 ユナはようやくルカの手を離し、はぁはぁと息を整えた。そして改めて自分が思い切ったことをしでかしたのに気付いたのか、ぱっと顔を赤らめる。


「ご、ごめん。アイラさんにあんなことするなんてどうかしていたのかも……」


「いや、助かった。アイラは酔っ払うといつもあんな感じなんだ。どうせ自分が何してたかなんて忘れちゃうんだから、気にすることはないよ」


 忘れる--ユナはその言葉に、ルカに聞きたかったことを思い出した。


「そういえば、ルカってゴーレムを倒した時のことを覚えてないんだよね?」


「ん? そうだよ」


 ルカはこくりと頷く。


(やっぱり、同一人物とは思えない……)


 ユナは彼の表情を見ながら、坑道での出来事を思い出す。あの時、直感的に目の前の青年をルカではないと思った感覚はどうしても否定しがたかった。外見が変わったのは瞳の色だけだったが、顔つきも話し方もルカのものとは全く違った。これは--そう、瓜二つのルカとキーノを同一人物だと思えない感覚とよく似ていた。


「あの時ルカが言ってたこと、少し引っかかってるんだ」


「おれが何か言っていた? あぁ、妙な口調でってやつのことか」


「うん、『そなたが私を呼び出したのか。おかげで代償は既に支払われた』って。いまいち意味が分からないんだ。私はルカの神石に触れただけで、その時は何も反応しなかったと思うの。自分の体力を使った感じもしなかったし、クロノスを呼び出せたとはとても思えないよ。代償って一体何のことなんだろう……」


 話を聞いていたルカの表情から笑みが消えた。考え込むかのように顎に手をやると、ぼそりと呟いた。


「代償、か……」


「何か思い当たることがある?」


 ルカは首を横に振る。


「いや、坑道でのことについては分からない。ただ……ユナはさ、神石が覚醒するのってどんな瞬間だと思う?」


 覚醒の瞬間。ユナの頭に浮かんだのは、あの薄暗いウラノスの倉庫の光景だ。


「迷いがなくなる瞬間、ってことなのかな。ルカが入り江の洞窟で言ってたこと、最初はよく分からなかったけど、ウラノスでなんとなくその意味が分かったの。あの時キリに拘束されて脅されて、殺されるかもしれないと思った。以前の私ならきっと諦めていたかもしれない。でも、ルカと話して、ヴァルトロの人の狙いを知って、戦わなきゃ変われないって思った。そしたら声が聞こえたんだ。ミューズの声が」


 ルカはうんうんと頷く。


「そう。創世神話によると、共鳴者が神石を扱えるだけの器になった時に覚醒は起こると言われている。共鳴者に迷いがあれば、神石の力を導いて世界の終わりを止めるなんてことできないからね。いつまでも覚醒ができないなら、神石はいずれ別の人間と共鳴するなんてこともあるらしい」


「あれ? でもルカは神石が使えるようになった瞬間のことを覚えてないって言ってたよね。それって……」


 ルカは周りに人がいないのを確かめると、声を潜めて言った。


「これは仲間内の推測でしかないけど、神石は別の方法でも共鳴、覚醒ができる。その方法の一つとして考えられるのが--代償を支払うってことなんだ。クロノスの覚醒は、おそらく代償によるものなんだと思う」


 ユナの表情が曇る。何か言おうとして口を開きかけたが、すぐに閉じてしまった。その様子を見てルカは苦笑いする。やっぱり言わない方がよかったかもしれない。




--そなたが私を呼び出したのか。おかげで代償は既に支払われた--




 ルカはもう一度、自分が眠っていたはずの間に口にしたという言葉を頭の中で反芻していた。代償という言葉以外に、もう一つ気になることがあった。どこかで聞いたことのある口調なのだ。もちろん自分ではない。ブラック・クロスのメンバーでもない。……そうだ、三年前に目が覚めて一番初めに聞いた声の主の口調だ。確信はない。何せ目が覚めた時は何一つ分からなくて混乱していたし、言葉の話し方すら覚えていなかったのだから、そういう言葉の響きだったかもしれないという曖昧な感覚でしかない。だが何故か腑に落ちる気がする。なんとか思い出せないだろうか。ルカは目を閉じて記憶の糸口を探るが、突如聞こえた声によってそれは妨害された。





--見極めよ……清きを助け、悪しきを罰す……






「!? ユナ、今何か聞こえた?」


「ううん、何も……」


 考え事をしていたはずのルカは、急に目を開いてきょろきょろと辺りを見回す。しかしユナにはなんの異変もないように感じた。


「おれにしか聞こえないってことは、神石の声か。しかもやけに言葉がはっきり聞こえた。きっと覚醒段階まで行っているやつだ」


 ユナも辺りを見てみたが、周りにそれらしき人物はいない。ちらりと見える通り沿いの工房の中では、職人たちが黙々と作業をしているだけだ。


 ルカはふっと大きな煙突がある方角を見る。その奥には何本もある細い煙突から黒い煙を吐く建物が見えた。この辺りに多いレンガ造りではなく、表面は金属板とむき出しのパイプに覆われた大きな建物だった。


「声はあっちから聞こえてきた……行ってみよう!」


「え、ちょっと待って!」


 ルカはお構いなしにユナの腕を引いて歩き出す。歩幅を合わせる気はないらしく、ユナは小走りで彼についていくことになった。


(大丈夫かな……)


 神石を持つ人間がいるのだとしても、会ってみたいという好奇心が半分、会ってみたくないという恐怖心が半分、せめぎあっている。


 前にルカに聞いた話だと、ヴァルトロのキリもまた神石の使い手であったと言う。それならば自在に破壊の眷属を操れるほどの謎の力にも納得はいく。一方で不安も一気に高まった。『契りの神石ジェム』は創世期の神々が『終焉の時代ラグナロク』を止めるためにこの世に残したもの。しかし、ヴァルトロとブラック・クロスのように神石を持つ者同士が戦うこともある。神石がその戦いを止めるわけでもない。つまり、意志が統一されているわけではないのだ。


(神石は器か代償があれば覚醒する……それが誰であろうと)


 ユナは自分の右腕のバングルを見やる。変わらず薄桃色に輝く石。もしあの時キリに奪われてしまっていたら、今頃は別の誰かが共鳴者になっていて、ブラック・クロスのルカやアイラと戦うために使われていたのかもしれない。


 そう思うと、ぞっと鳥肌が立った。


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