mission3-8 ファブロの工房



「結局、黒流石を誰が買い占めてるのかは聞けなかったなぁ」


 一行は店から出て、キッシュの商人街を歩く。鉱石屋は町長と打ち合わせをすると言って、ルカたちを締め出したのだ。


「くそ、あのオッサンの邪魔さえなければな……」


 ガザは通りの小石を蹴りながらぶつぶつとぼやく。それを見てアイラは呆れたように言った。


「あれはあなたの方が悪者みたいだったわよ。強引なやり方じゃなくて、他に黒流石を手に入れる方法を考えないと」


「そりゃ正論だが、黒流石は輸入品だ。自力で手に入れるには別の大陸に渡る必要があるぞ」


 別の大陸、と聞いてルカは目を輝かせた。


「黒流石の産地はスヴェルト大陸だったっけ? それもありだな。おれ、あの大陸には行ったことないし」


「呑気なこと言わないで。あそこは二国間大戦の戦場になった場所よ。七年経った今でも治安は悪いし、『終焉の時代ラグナロク』が始まった時の大震災の余震も続いていると言うわ。素人しろうとが踏み込めるような土地じゃないのよ」


「でも確かアイラはあの辺の出身だろ? 里帰りにもなるじゃんか」


「必要ない。故郷に対して愛着はないの」


 ぴしゃりと否定するアイラに、ルカは苦い表情を浮かべた。


(故郷が分かるってだけで、おれにとっては羨ましいんだけどな)


 アイラとルカが黙り込んでしまい、気まずい空気が流れる。なんとか話を続けようとユナが口を開きかけた時、ぐぅとジョルジュの腹の虫が鳴った。少年は恥ずかしそうに腹部を押さえて言った。


「とにかくさ、一旦うちへおいでよ! 黒流石のことについては親方が何か知ってるかもしれないし、僕もうお腹減りすぎて倒れそうだよ……」






 ルカたちはジョルジュについてキッシュの西側、中央広場の奥の煙突が立ち並んでいた方角へと向かった。


「この辺りは職人街。キッシュの職人たちの工房が集まっているんだ。ファブロの工房もこの先にあるよ」


 商人街とは違って人通りは少ないが、金槌の音が大きく響いている。工房の軒先には決まって、技巧を凝らした品々が並べられている。どうやらその工房の職人が手がけたもののようだ。ガラス細工や陶器を扱う工房もあるようだが、一番多いのは武具の鍛冶屋らしい。




 職人街に入って少し歩くと、すすで汚れた作業服を着た男が二人、工房の前で立ち話をしていた。


「なぁ、今日の町長の演説聞いたか? 俺は仕事を抜けられなかったんだけどよ」


「あぁもちろん! 今日も素晴らしいお話だった! お前も早く今の工房畳んで、ヌスタルトに来いよ。収入が安定するってことのありがたみがよーく分かるぜ。うちは最近嫁さんの機嫌が良くなってよ、小遣いを弾んでもらえるんだ。ま、その使い道のほとんどがインビジブル・ハンドだってのは内緒だけどよ」


 そう言って男はポケットから一枚の紙を取り出すと、もう一人の男に手渡した。アイラは目を凝らしてみたが、距離があったため「募集」の二文字しか見えなかった。


「へえ、そりゃあいい。俺も今入ってる注文が片付いたら応募してみようかな。最近は傭兵崩れの荒くれ者くらいからしか注文が入らないしなぁ」


「だよな。終戦後はずっと右肩下がりだ。それにファブロさんがああなっちまったら、技巧派に未来はないしな……」





「ファブロがなんだって?」


「「!? ガザさん!」」




 立ち話をしていた二人の男は、急に背後にガザが現れたことによほど驚いたのか、あたふたとして慌てて紙を丸めてポケットにしまった。



「いやいや、何でもないっすよ……ハハ」


「そうっすよ。にしてもいつ帰ってたんですか? またゆっくり旅の話でも聞かせてください。俺はこれから仕事があるんで……」


「あ、おい、もう少し話を」


 ガザが引き止めるのも聞かず、二人の男はそそくさと自分の工房に戻っていった。ルカはその様子を見て、不思議そうに首を傾げて言った。


「なんかやな感じだな。ガザはこの街じゃ好かれているのかと思ってたけど」


「さっき町長さんも、ガザさんに会えて光栄ですって言ってたよね。伝説の鍛冶屋の一番弟子だから、って」


 ルカとユナがそう言うと、ガザは照れるように頭をかいた。


「若者たちにそう言われると嬉しいねぇ。ま、正確には俺は一番弟子じゃなくて、兄弟子が一人いるんだけどな」


「でもさっきの二人は明らかにガザを避けているようだったわね。あなた、何か嫌われることでもしたの?」


 ガザが答える前に、ジョルジュが声を荒げる。


「あんなやつらのことなんて気にする必要ないよ! あいつらはキッシュの誇りを忘れてしまった、弱虫なんだから!」


 少年はそう言うと、歩調を早めて一人歩き出した。


(どうしたんだろう、ジョルジュ……)


 坑道で出会った時も、鉱石屋にいた時も、どこか彼の表情には影がさす時がある。キッシュは賑やかで活気のある町ではあるが、訪れた時からずっと胸の中にもやもやと何かが引っかかるような気がしていた。ユナは街を見渡す。何か変わったものが見つかるわけではない。だが、どこか以前のコーラントの雰囲気と似ているとユナは思った。






 職人街の奥、周囲の工房より一回り大きいレンガ造りの工房の前でジョルジュは立ち止まり、扉をコンコンと叩いた。


「ファブロ、起きてる?」


 返事はない。ジョルジュはお構いなしに玄関扉のドアノブに手をかける。鍵はかかっていないようだ。ジョルジュに続いてルカたちも室内に入っていく。


 うっすら酒の匂いがする。室内にいるだけでも酔っぱらってしまいそうで、ユナは思わず鼻を押さえた。工房の床には散らばった工具に、資材、そして空っぽになった酒瓶がいくつも。お世辞にも綺麗な部屋とは言えない。


「ファブロー。あれ、出かけてるのかな?」


 その時、ルカたちの背後にぬっと人影が現れた。その人物は左腕を振り上げると、ジョルジュの頭に向かって思い切り叩きつけた。





「--こンの馬鹿弟子が! 一体今までどこほっつき歩いてたんだい!」





 そこにはドレッドヘアでツナギを着た筋肉質の女性が、不機嫌そうに立っていた。赤ら顔で息が荒い。ジョルジュは殴られた頭をさすりながら、その女性を見上げてへらへらと笑った。





「へへ……ただいま、ファブロ」



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