mission3-7 時価1,000,000ソル


「いらっしゃいませ! ……なんだ、ジョルジュか」


 店番をしていた登録商人ギルドの若い男は、そばかす顔の少年が入ってきたのを見てあからさまにがっかりする。『ガキと老人は相手にするな』、それが彼らギルドの訓戒の一つでもあった。



「よう。やってるかい」



 続いてガザが店に入ると、男はハッとしてカウンターの奥から出てきて、営業スマイルを浮かべながら低姿勢で出迎えた。『その土地の上客の心を掴め』、これもまたギルドの訓戒の一つなのである。



「これはこれはガザさん! いつの間にキッシュにお帰りになられたんです? 鉱石をお探しですか? 良いの揃ってますよ!」



 ガザの後ろで、ユナはアイラに声をひそめて言う。


「ガザって、本当に有名人なんだね」


「ええ、普段はおちゃらけているけど、鍛冶屋としての実力は本物だもの。戦時中は二大国の王家や軍から引っ張りだこだったそうよ。今は武器製造の依頼は受けず、神器専門でやっているみたいだけど」





 ルカはカウンターの手前に並べられた商品を興味深く眺める。色とりどりの鉱石が並んでいた。ここアルフ大陸ではない土地から輸入されたものもあるようだ。


 そのうちの一つ、漆黒で光を灯さない石。これが黒流石であった。形状記憶に優れているのと、神石の力の伝導性が高いのが特徴だ。ガザが製造したルカとアイラの神器は、普段アクセサリーの形をしているが、瞬時に武器に変形できる。これは、素材の特徴を応用したものなのだ。



「ガザ、黒流石ってこれ--」


「おい、こら! それを気安く触るんじゃない!」


 ルカが鉱石を手に取ると、店番の男は血相を変えて叫んだ。ルカは慌てて石を元の場所に戻す。


「す、すみません……あれ、これじゃなかった?」


 ガザは首を横に振る。


「いや、間違いなく黒流石だ。そんな注意するものでもないだろう。いずれにせよ、俺たちはそれを買いに来たんだし」


「ですが……値段も値段ですので」


 店番の男はガザにたしなめられて、首をすくめて言う。


「どういうことだ。黒流石なんて、キログラムあたりせいぜい5万ソルだろ」


「数ヶ月前まではそれが相場でした。しかし、ここのところ急に高騰して、今では時価100万ソルです」





「「「「100万ソル!?」」」」





 思わず四人の声が揃う。100万ソルもあれば、一等地に家が一軒立てられる。つまり、並大抵の人間が持ち歩いているような金額ではない。


 ルカは腰につけている皮のポーチの中身を確認した。やはり、3万ソルも入っていない。ブラック・クロスの人間は、ミッションをこなすかターゲットからの金銭奪取により資金を調達する。コーラントでのミッションにも報酬はついていたが、支払いは本部に戻ってからだ。今は持ち合わせているわけではないし、それがあっても到底足りるような額ではなかった。




「ガザ、あなたもう三十超えてるんだから、貯金くらいあるでしょう?」


 アイラがガザをつついたが、ガザは大人気なくぶんぶんと首を横に振った。店番の男から金額を聞いて以降、彼の顔はすっかり青ざめている。


「貯金なんてあるものか。俺は稼ぎが入ったらすぐに使う主義なんだ」


「チッ! 情けないわね」


 アイラの激しい舌打ちに、ガザは身体を縮めながらぶつぶつと呟く。


「そう言うアイラはどうなんだ。この中ではお前が二番目に年長者だぞ」


「私だって持ってないわよ。義賊の財布が潤ってたら本末転倒でしょ」


 ユナも自分の持ち物に改めて目を通してみたが、換金できそうなものは神石のはまった腕輪くらいのものだ。王族とはいえ、ユナ自身は何か資産を持っているわけではない。それどころか、旅に出たのも急だったのでほとんど何も持ってきていないのだ。




 途方に暮れる四人に、ジョルジュは呆れたように言った。


「ほら、だから言ったじゃん。期待しないでねって。ガザもさぁ、これを機にちょっとは貯金した方がいいよ。あんなところインビジブル・ハンドに使ってばっかりいないでさ」


「おいおい、ガキのくせにファブロみたいなこと言うなよ……それに、俺はまだ納得しちゃいないぞ。黒流石はそれなりに希少価値は高いが、上手く扱える鍛冶屋も少なくてな、ずっと相場が安定してたはずなんだよ。だがこんなに急に高騰するってことは--」


「誰かが買い占めているかもしれない、ってことね」


 アイラがそう言うと、店番の男はピクリと肩を震わせる。どうやら図星のようだ。客にじっとりとした視線を浴びせかけられ、男は逃げるようにしてカウンターの奥に戻る。


「いいいいくらガザさんでも、さすがに顧客の情報はお伝えできかねますよっ! うちの信頼に関わるんで……!」


 しかしガザはカウンターに寄りかかり、にっこりと悪戯な笑みを浮かべる。がたいが良い分、威圧感がある。


「なぁ頼むよ。黒流石を買い占めてる奴は誰だ? 教えてくれるんなら、今度インビジブル・ハンドのVIPルームに連れて行ってやるぞ」


「ビ、VIPルーム……!」


 男は顔を赤らめながらわなわなと唇を震わせる。ガザが懐から金色の会員証を取り出しヒラヒラとちらつかせると、その動きを追うように商人の目が泳ぐ。アイラは呆れたように「男って本当にバカ」と呟いた。





 その時、ガチャリと店の扉が開く音がした。振り返ると、店の入り口には恰幅の良い中年の男が立っていた。



「もしや、そこにおられるのはガザ=スペリウス殿かな」


「あ? あんた誰だ」


 ガザは顔をしかめて中年男を睨む。ガザの注意がそれたことで、店番の男はホッとしたような表情を浮かべた。


 中年男は柔和な笑みを浮かべて店内に入ってきて言った。


「私は登録商人ギルドの幹部、キッシュの町長アンゼルと申します。今日はそこの者とギルド運営について話がありまして」


「アンゼル? 知らねぇな。悪いが町長が誰だったかなんて覚えていないんだ」


「無理もないですな。私は三ヶ月前に町長に就任したばかりですし。それにしても--かの伝説の鍛冶屋、ヴェルンド=スペリウスの一番弟子であるあなたにお会いできるとは光栄ですぞ。どうか以後、お見知りおきを」


 アンゼルはガザに向かって右手を差し出す。ガザは渋々その手を取った。この辺りではなかなか見ない質の良いスーツと、へりくだりつつも余裕のある振る舞いは、彼が只者でないことを象徴しているかのようだ。




「どうしたの、ジョルジュ」


 アンゼルが現れてから、ジョルジュは隠れるようにして近くにいたユナの後ろに回って身を潜めていた。ユナが尋ねると、ジョルジュは小さな声で言った。


「僕……あいつ嫌いなんだ」


 少年の表情は、どこか悲痛に歪んで見えた。



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