mission3-6 職人の街キッシュ



トンカン、トンカン--


「へいらっしゃい! 腕利きの職人が仕上げた刀剣が揃ってるよ! 護身用にどうだい!」


「お隣のスヴェルト大陸産! アークライト鉱石はうちでしか扱ってないよー!」


「値引き交渉大歓迎だ! 市場で一番安くしてあげるよ! さぁ寄った寄った!」




 金槌かなづちの音が小気味好く響き、市場--規模としてはコーラントの市場の何十倍もあるように見える--の商人たちの声が絶え間なく飛び交う。


 目の前にまっすぐ伸びる中央の大通り沿いには、赤レンガの建物が所狭しと並び、玄関には商人たちが立って客寄せをしていた。通りの中央部にもずらっと屋台が並んでいて、食品や掘り出し物を売っている。


 屋台の食品の香ばしい香りの中に、うっすらと何かが焦げたようなにおいがする。よく目をこらすと、時折小さな黒い物体が宙を舞っていた。すすだ。


 街の西部を見やると、灰色の煙を吐くレンガ造りの煙突がいくつも見える。その中にひとつだけ、幅・高さ共に他の煙突とは群を抜いたものが悠々とそびえ立っている。その煙突からは煙は出ておらず、上部には展望台のようなものが設置されていた。観光スポットにでもなっているのだろうか。





 街の賑やかさに圧倒されているルカたちを見て、ジョルジュは満足そうに笑って言った。



「ようこそ、職人の街キッシュへ! 僕たちが今いる場所は商人街だよ。ここの市場はアルフ大陸で一番大きくて、世界中のものが揃うって言われてるんだ」


「すごい……! 話には聞いてたけど、こんなに大きい市場があるなんて、想像もできなかった」


「だろ? だから旅って面白いんだ」


 ルカがそう言うと、ユナは即座に頷く。目に映るもの全てが新鮮で、坑道を抜けた疲れも一気に吹っ飛んだ気がした。後ろにいるアイラは、そんな二人の様子を見て、ふぅとため息を吐いた。


「あなたたち、ちゃんと目的は覚えてる? 観光に来たわけじゃないのよ」


 それを聞くと、ジョルジュは不思議そうに首を傾げた。


「え、そうなの? じゃあルカ兄ちゃんたちは何しに来たんだい」


「ユナの神器を作るのに、黒流石が必要なんだ。ジョルジュ、売ってる場所に案内してもらえるかな」


 ルカがそう言うと、少年は渋い顔をした。


「黒流石かぁ……。売ってる場所は分かるけど、あんまり期待しないでね」


「どういうことだ? 前に俺が来た時は普通に流通してただろう」


「ガザが前に来た時って半年くらい前でしょ。ここ数ヶ月の間にキッシュは色々あったんだよ。まぁ、行けばわかるさ」


 そう言ってジョルジュはすっと中央通りを歩き始めた。






「そういえば、ここで商売してる人たちが着てるコートって、ルカが最初に着てたのと一緒……」


 市場の中でユナがそう言いかけると、ルカは慌てて彼女の口を手で塞ぎ、耳打ちした。


「シッ! あれは本来、登録商人ギルドの人間しか持っていないコートだよ。あのコートを着てると入国審査が緩くなるから、特別ルートで手に入れたんだ。ブラック・クロスは登録商人ギルドと直接関わりがあるわけじゃない。もしおれたちが偽装に使ったことがバレたら、目をつけられて厄介なことになる……」


「そ、そうだったんだ。ごめん、気をつける」



 今までルカやアイラのことを見てきて、彼らを悪人だと思うことは一度もなかった。それゆえに忘れそうになる。ブラック・クロスはあくまで「賊」なのだ。


 ルカ自身はヴァルトロが目指すのとは別の形で『終焉の時代ラグナロク』を終わらせたいと言っていたが、一体どうすればそれが叶うのだろう。預言通りだとすれば、世界に残された時間はあと数年しかないのだ。そう考えると、少し不安な気持ちになる。


 神器を作ったら、このまま彼らについていくのか、それとも別れることにするのか、そろそろ決めなければいけない。ブラック・クロスに加入せず同行し続けるのは、彼らの目的の妨げにもなるだろう。足手まといにはなりたくない。


 ユナは今さらながら、ノワールに決断の猶予をもらったことをありがたいと感じるのであった。




「キッシュは確か、登録商人ギルドの自治区だったわよね」


 アイラは、市場の先の円形広場の奥にある建物を指す。市場の建物よりもひとまわり大きく、手前のポールに張られた旗が風になびいていた。額に一角が生えた獅子の紋章。登録商人ギルドの紋章である。


「ああ。あの建物は登録商人ギルドの支部だな。本部から派遣されたギルドの幹部が町長としてあそこに常駐するから、町役場みたいなもんさ。キッシュはルーフェイやガルダストリアのような大国には属さない、登録商人ギルドが管理する土地のうちの一つなんだ。元々はルーフェイ領だったんだが、どちらかに属してしまうと自由に商売できないってんで、登録商人ギルドが自治区として独立させたんだよ」


「ルーフェイは反発しなかったの?」


「引き続き土地税を払う条件であっさり飲んだ、って聞いたな。ルーフェイ自体には産業がないから、キッシュからの土地税収入の影響が大きいんだとよ。キッシュにはガルダストリアとも取引させた方が、稼ぎが大きくなるってわけ」


 ジョルジュはくるんと振り返り、「そんな話いいから、早く来てよ」と不機嫌そうに言う。十二歳の少年には難しい話だったのかもしれない。





「ここだよ」


 ジョルジュは市場の一角にある店に入っていく。看板を見る限り、鉱石を取り扱っている店のようだ。ルカたちは後に続いてその店に入った。




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