mission3-5 町長アンゼル


***



「皆の者、よくぞ集まってくれた」




 町の広場の高台に立つ恰幅のいい中年の男は、満面の笑みで腕を広げる。ワックスでまとめられた白髪の入り混じる頭に、灰色の良質な生地の背広。そして胸元で陽に当たって黄金に輝く、額に一角が生えた獅子のバッジ。それだけで彼の聡明さを引き立たせているようだった。



「我々キッシュの民は、七年前の終戦により大きなものを失った。それは何だろうか? 『終焉の時代ラグナロク』が始まったことなど、取るに足りない。我々は登録商人ギルド自治区、職人の街の人間である。何よりも痛手となったのは--武器の買い手の減少だ。戦争特需が終わったことで、職人の皆が作り、商人が売る、その基本的な流れが滞ってしまった」



 男が一息つくと、「そうだそうだ」と集まった人々の間で声が上がる。この町の鍛冶職人たちである。その多くは高台に立つ男よりもたくましい身体つきだ。だが、職人たちが着ている作業服はすすにまみれ、使い古され擦り切れている。男が身につけているものとは天地の差であった。


 高台の男は聴衆に向かって大げさなほど何度も頷くと、どよめきを手で制した。



「ならば我々は、世界に残された数年を畑でも耕しながら細々と過ごせばいいのか? --答えは否だ。自分たちが誇りある職人であることを忘れてはいけない! 世の中にものを生み出すことができる人間と、世の中にあるものをただ享受するだけの人間、どちらが優秀か? 当然前者だ。勘違いしてはいけない。ここにいる諸君は、創造する力を持った優れた人間なのだ」



 男が声を張り上げると、野太い歓声が広場を包む。熱気が激しい。まだ演説の途中だというのに、拍手をする者までいる。男はにこやかに微笑み、再び人々を手で制する。



「我らがキッシュの誇る職人たちよ! 何度も言うが、皆の技術は素晴らしいものだ。だが、この終末世界を生き抜くには少しばかりの知恵が必要だ。それは、今の世に求められているものを作ることである。……世に求められるものとは何か? それがわかれば苦労しないと思うだろう。だが幸い、登録商人ギルド幹部たる私がここにいる。登録商人ギルドに従事して早二十年以上、商機を掴むことにおいて私の右に出る者はいない。私の力と皆の技術力が合わされば、キッシュの技術を世に送り出すことが容易になるのだ」



 男はそう言うと、スーツのジャケットの内側から紙の束を取り出し、広場に向かってばら撒いた。そして高らかに笑って言った。



「さぁ、諸君! 私と共にもの作りに励み、再びキッシュの名を世界にとどろかかせようじゃないか! 門はいつでも開かれている。志の高い職人たちよ--我が工場、ヌスタルトで待っているぞ」



 紙はひらひらと風に舞い、地面に落ちていく。集まっていた人々は我先にと腕を伸ばしてその紙を拾おうとした。そこには目を引く大きな文字で、「ヌスタルト工場、人員募集」と書かれていた。








 男はジャケットの前ボタンを開き、パタパタと空気を取り込みながら歩く。すっかり広場の熱気にあてられてしまった。家に着いたら使用人に新しい上着を用意させよう。彼の足が人の少ない通りに差し掛かった時、細い路地の方から声がした。



「相変わらず扇動的な演説で素晴らしかったよ、アンゼル町長」



 声に気付いたアンゼルは、隣を歩いていた黒スーツのボディガードに合図を出す。ボディーガードの男は黙って頷くと、彼から離れた。


 彼はボディーガードが遠くに行ったのを見届けると、路地に潜む男に向かってうやうやしく頭を下げた。



「これはこれはヴァルトロ四神将殿、おいでなさっていたとは。……失敬、上着を脱がせてもらいます。この街は汗臭くてかないませんからな」


「ああ構わない、堅苦しいのは苦手だしな。今日は気分があまり優れないから、要件を伝えたらすぐに帰る」


「そうしていただけるとありがたい。ご存知の通り、町長に就任して以降やることが山積みでして」



 男が眼鏡をくいっと持ち上げる。路地の暗がりの中で、レンズが反射して怪しげに光った。



「しかしこの街はいつ来ても煤くさい。俺の嫌いなにおいがする」


「そう言わんでください。あなたはこの街が生んだ、伝説の鍛冶屋の一番弟子なんですからな」



 上着を脱いだアンゼルがそう言うと、男はふんと鼻を鳴らした。



「無駄に担ぐような真似はよせ、腹が立つ。俺は世間の評判が分からないほど馬鹿じゃない。一番弟子と呼ばれているのはの方だろう。俺は途中で破門されているしな」



 男は一向に暗がりから出てくる様子はなかった。


 以前聞いた話によると、体調が悪い日は暗い所にいないと落ち着かないんだそうだ。初対面の時はヴァルトロ四神将とはいかに恐ろしい人物であろうかと不安だったものだが、いざ会ってみると変わり者ではあっても、こちらがたじろくほどの威圧感はなかった。


 しかしアンゼルは知っている。一番弟子ではないなどと謙遜けんそんめいたことを言っているが、それでも彼はヴァルトロいちの天才技師として四神将になった男なのだ。


 そもそも、アンゼルが先月から運営し始めた工場の主要機器は全て彼の原案に基づいて設計されたものである。


 商人気質のアンゼルは機械についてあまり詳しくはなかったが、それでも彼が見せてきた工場の設計図は息を飲むほど洗練されていてかつ革新的で、一目で素晴らしいと評せるものであった。



「決してお世辞のつもりはないのですが。……それで、ご用件とは?」


「例の計画についてだ。進捗はどうだ」


「愚問ですな。一週間後の納期までにはプロトタイプが納品できる予定ですぞ」


「ほう。さすが、登録商人ギルドの幹部は違うな。それを聞いて安心した」



 そう言って路地の男はアンゼルに小さな木箱を投げてよこす。箱の中身を開けると、そこには炉の中で燃える火のような色をした石が入っていた。


 急に寒気を感じて、アンゼルは慌てて箱のフタを閉じる。これがかの『契りの神石ジェム』--商人として希少価値の高い鉱石を目にしたことは何度もあるが、石に対して恐ろしいと感じたのは初めてだった。石が秘める魔力に、見ているだけで飲み込まれてしまいそうだ。



「これは確か、納品後にいただけるお約束だったと、記憶しておりますが」



 年甲斐もなく声が上ずる。そんなアンゼルの心境を察してか、男はからかうように笑った。



「あんたのことを信用して、先に渡しておいてやるよ。一番相性の良さそうなやつを選んだ。ヴァルトロのラボの技術で強制的に覚醒前の状態まで引き上げてある。あとはきっかけさえあれば使えるようになるだろう」



 『契りの神石』は通常、力を解放するには段階を経る必要があると聞く。まずは石との共鳴。石が誰を使用者とするかを選ぶのだ。そして、次に力の覚醒。覚醒段階に明確な定義はない。石と共鳴者にしかるべき時が訪れれば、石の力が使えるようになるという。


 しかしこの男は強制的に段階を進めたというのだ。神が与えたもうた神秘の石さえ、自在に操作してしまうのか。アンゼルはますます身震いした。



「やはりあなたは天才ですな……アラン=スペリウス殿」




 アランは再びふんと言って眼鏡をかけ直す。




「それよりも気をつけろ。アイツがこの街に向かって来ている。おそらくブラック・クロスも一緒だ」


「! なるほど……それは、私の腕の見せ所ということですな」


「どこまでも自信家だな、あんたは。基本的には俺たちの計画が漏れないようにしてくれればそれでいい。だが、もし奴らを始末するのなら、それなりに報酬を弾もう。契約期間を長引かせてやってもいい。いいか、金髪の青年--ルカ・イージスだけは生け捕りにしろ。他はどうなっても構わない」



 アンゼルはにやりと微笑み、右手を左肩に当てアランに向かってお辞儀をする。



うけたまわりましょう。このアンゼル、クライアントに二言はございません」





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