mission2-7 ガザという男


「……というわけで、改めて紹介するわね。彼がガザ=スペリウス。『契りの神石ジェム』専門の鍛冶屋であり、私たちブラック・クロスの協力者でもあるわ」


「よろしくな、ユナちゃん」


 ガザがユナに向かって手を差し出したが、隣に座るアイラがそれを振り払う。


「ユナ。もうなんとなく察してると思うけど、この男に気を許しちゃダメよ」


「う、うん……」


「なんだよアイラ。そうカッカしなさんなって。せっかくの美人が台無しだぜ」




 四人は宿の中でも一番広い部屋に案内され、豪勢な食事を終えたところだった。ホットレイクの温泉が復活した記念ということで、手厚くもてなされているのだ。


 ルカは未だに風呂場で起きたことのショックを引きずっているのか、部屋の縁側に座ってぼーっと外を眺めている。




「というか、あなたなんでここにいるのよ。四号に通信しても応答しなかったくせに」


「いやあ、たまたま近くにいたからちょっと驚かせてみたくてさ。四号をちょっと改造して、通信の逆探知をできるようにしたんだ」


「改造、って……。シアンが聞いたら怒るわよ」


「大丈夫だ、付喪神つくもがみの力が失われない程度のもんだから」


 アイラは呆れて溜息を吐く。


「まあいいわ。早速だけどガザ、この子に神器を作ってあげてほしいの」


 アイラがそう言うとユナは自分の腕輪を外し、ガザに手渡した。


 ガザはそれを丁寧に受け取ると、はめられている神石だけではなく、腕輪自体の素材感や傷、くすみまでも見極めるかのように様々な角度から腕輪を見た。その眼差しには先ほどまでの軽薄な雰囲気はなく、真剣そのものだった。いかにも職人らしい凄みを感じて、ユナはぶるっと身震いする。


 一通り腕輪を見終えたガザは、腕輪をユナに返すと微笑んで言った。


「この腕輪は随分大切に扱われてきたようだね。かなり古い真鍮しんちゅうが使われてるが、ほとんど傷んでない。せっかくだ、神器にも元の腕輪の部分を組み込んで作ろう」


「本当? そうしてもらえると嬉しいです。母の形見でもあるので……」


「なるほど、お母さんの形見か」


 ガザはほう、と言ってあごひげに手をやる。


「もう少し君のことを聞いてもいいかな? なるべく持ち主となる人のことを知っていた方が、いいものが作れるんだよ。神器に決まった型はない。使う人に合ったものを作るのが俺のこだわりでね」


「だから、アイラもルカも神器の形が違うんですね」


 ガザはニッと笑う。


「そういうこと。じゃあまず基本的な質問から。ユナちゃんの神石の力について教えてくれるかい」


「えっと、私も今日初めて知ったんですけど、歌の女神ミューズが宿っているそうです。ミューズは九柱で一つの神様で、まだ全員とちゃんと話したことはないんですけど」


「まあそれはこれからゆっくり打ち解けていけばいいさ。じゃあまた別の質問だけど、好きな食べ物は何?」


 質問内容がガラッと変わって、ユナは拍子抜けする。


「えっと、好きな食べ物、ですか? そうですね……コーラントイワシの塩漬けとか、毎日でも食べれるかも。あとは、グリーンパインの味噌煮とか」


 ユナがそう答えると、アイラがぷっと噴き出した。


「あなた意外と塩っ辛いもの好きなのね。てっきりケーキとかが好きなのかと思ってたわ」







 ガザにあれこれ聞かれているうちにすっかり夜は深まっていた。


 ユナは手洗い場から部屋に戻る途中で、散歩すると言って出て行ったはずのガザとアイラの二人を見かけた。二人は宿のロビーにあるバーカウンターで向かい合って座っている。ユナには気づいていないようだ。なんとなく声をかけづらい。


 盗み聞きをするつもりはなかったが、二人の話が聞こえてきた。


「煙草、一本ちょうだい」


「なんだ、まだやめてなかったのか。ババアになった時に後悔するぞ」


 アイラはガザから受け取った煙草に火をつけて、フゥっと白い煙を吐く。




「……この味を教えたのはあなたのくせに」




 ガザは気まずそうに頭をかく。さっきまで部屋にいた時には感じなかった、親しげな雰囲気。ユナはアイラが浴場で言ったことを思い出す。


(邪魔しないうちに戻ろう)




 ユナが部屋に戻ると、アイラはふっと微笑んだ。彼女の目には見えていたのだ。


「あの子、きっと誤解してるわね」


「何をだ」


「別に、こっちの話よ。それにしてもどうだった? ルカの神石を見たのでしょう」


 ガザは「ああ」と言って頷く。


「相変わらず変化はないな。ルカはまだクロノスの声を聞けていないようだった。本当に不思議な神石だよ。もう何度も神器の依頼を受けてきたが、クロノスみたいな神石は他に見たことがない。神石ってのは暴れ馬みたいなもんで、神器に入れると力が抑えられて大人しくなる。だけど、あれは逆だな。普段はいだ海みたいに大人しいが、神器に加工してあっても爆発しそうなもんをどこかに秘めている感じがする」


「時の力……それこそ、『終焉の時代ラグナロク』を終わらせる一番の近道とも言える力だものね」


 ガザはいつになく真面目な表情で言った。


「ちゃんと見張っておけよ。あれがまともに覚醒した日にゃ、ルカは世界中の奴らから狙われることになる」


「わかってるわよ。そのために私がついているんだから」


 アイラは煙草をバーカウンターの灰皿に押し当て、火を消す。


「じゃあ、私もそろそろ寝るわ」


 アイラが席を立とうとすると、彼女の腕をガザが掴んだ。





「……アイラ。お前の探し物の方はどうなんだ」





 アイラはするりとガザの腕を振りほどくと、ただ「おやすみ」と言って部屋に戻っていった。

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