mission2-5 女湯



「はぁぁぁぁ極楽だわ」




 漂う硫黄の香りと湯の煙。広々とした露天浴場は、他に客がいないため貸切状態になっている。辺りはとても静かで、渓流の水音と虫の鳴く声くらいしか聞こえない。


「どうしたの、ユナ。入ってらっしゃいよ」


 アイラは風呂の岩組にひじ掛け、浴場の入り口でタオルを体に巻いたまま固まってしまったユナに手招きするが、彼女は首を横に振るだけでどうも動こうとしない。


「何かあった?」


 ざぶんとアイラが風呂から出ようとすると、ユナは顔に手を当てて悲鳴をあげた。


「うわぁぁぁぁぁ! ちょっと、アイラ、上がってこないでっ!」


「……?」




 アイラは怪訝な顔で再び湯船に浸かる。ユナは息を整え、少しずつ浴場の中へと足を進めたが、なるべくアイラの方に視線を向けないようにした。


 初めて見たときから、なんて美人なんだろうと思っていた。パッチリとした大きな瞳に長いまつげ、艶やかな唇。そして、いつでも冷静で余裕のある雰囲気。ルカやサンド二号が姐さんと呼ぶのも分かる。


 服を脱いだ彼女は、より一層その魅力をふるまいていた。長いえんじの髪は水に濡れて光沢を帯び、非の打ち所がないすらっと伸びた肢体は同性ですら触れてしまいたくなる。





(む、胸も、大きいし……)





 ユナは惨めな気持ちで自分の胸元を見る。メリハリがなく、平ぺったい身体。おまけに、少しでも女らしく見られようと伸ばしていた髪は、ばっさり切ってしまったばかりだ。


 思えば、誰かと一緒に風呂に入るなど、物心ついて以来初めてのことなのかもしれない。つい二日前までは互いに知らなかった人と一緒の湯に浸かるなんて、なんだか不思議な感覚だ。




 ユナは自分の身体を洗い終えると、なるべくタオルで身を隠すようにして湯船に足を入れる。思ったより熱い。ひゃっと変な声が出てしまった。アイラはその様子を見て笑った。いつも大人びている彼女の、素の笑顔。


(あ、こんな顔でも笑うんだ……)





 ユナがぶくぶくと顔まで湯に浸かると、アイラはにっこりと微笑んで言った。





「で、あなたはルカのことが好きなの?」






 ぶーーっ。ユナは思わず息を噴き出した。



「なによ、汚いわね」


「だだだだだって、そんなこと、い、いきなり、ききき聞かれてもっ」


「あはははは。慌てすぎ」


 コツンとアイラがユナの額を指で突く。ユナの顔はみるみるうちに赤く染まっていった。


「で、どうなのよ?」


 ユナは頬を膨らませ、ぷいとアイラから顔を背ける。


「……そんなの分かりません。まだ、会ったばかりなんだし」


「でも、あなたはあの子にそっくりのキーノって子が好きだったんでしょう」


「どうしてそれを……!」


「だって私も見てたもの。あの入り江の洞窟で二人が話してるところ」


 ユナの顔はますます赤くなる。このままではのぼせてしまいそうだ。ユナは半身を湯から上げると、ぶつぶつと呟くように言った。


「キ、キーノのことは、好きっていうか、お兄ちゃんみたいな……憧れみたいな……そんな感じで、自分も小さい時のことだし……。ルカは、確かに見た目はキーノに似てるけど、まるきり一緒のようには思えないの……なんとなく、だけど」


 アイラはふうんと言って目を細める。


「ま、それなら私が余計な心配をすることもないわね」


「どういうこと?」


「ルカはルカとして、あの子のことちゃんと知ってあげてほしいのよ。いつもは能天気だけど、記憶喪失ってのはけっこう不安定なものだから。あんな性格だし、なかなか自分からは話したがらないかもしれないけどね。ゆっくりでいいから、ルカのこと知ってあげて」


 ユナは入り江の洞窟でルカと話した時のことを思い出す。コーラントに留まる気はないときっぱり言っていたが、その表情はどこか物憂げでもあった。


「……うん。そうするよ」


「ふふ。ありがとう」


 アイラは微笑む。こんな場だからか、普段の彼女よりも親しみやすい笑顔だった。このまま自分が聞かれっぱなしというのもなんだかしゃくだ。彼女たちと対等になりたいというのは、別に力の面だけではない。


 ユナは思いきって尋ねてみる。




「アイラはどうなの。好きな人とか、いるの?」




 言ってからしまったと思った。そういえばルカがアイラに恋人の話は禁句だと言っていたっけ。ユナは恐る恐るアイラの表情をうかがう。


 しかしアイラは怒る様子はなく、ふっと笑うとどこか遠くを見つめて呟いた。




「好きな人か……どうかしらね。大切な人は、いるんだけどね」



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