mission2-4 宿場町ホットレイク


 街道を山岳地帯が続く西部に向かって進み、ようやく長い峠道を越えたのはもう日が沈む頃であった。


 遠くの方にぽつりぽつりと街の明かりが見えてくると、疲れが溜まってきていた三人の表情も晴れる。特にルカとアイラは二日以上まともな食事も寝床も確保できていなかったので、ホットレイクの看板を見かけるとそれまで鈍っていた歩みを早めた。





 しかし、その期待はすぐさま裏切られることとなった。




「なんだよこれ……どの宿も休業中、って」


 小さな町を一回りしたルカはがっくりと肩を落とす。静かな渓流を挟んで宿屋が何軒も立ち並んでいるが、どこも軒先に休業中の看板をかけていて営業をしている気配がない。


 正確に言えば一軒、汚い字で「女の子は無料で泊めます」と書かれていたのだが、それはいかにも怪しげな雰囲気を漂わせている民家であった。玄関からじっとりと品定めをするような視線を感じたアイラは、すぐさま他の二人を連れてその場を離れ、今は再び町の入り口まで戻ってきている。


「私たちの他に客はいなさそうね。随分さびれてしまっている」


 確かに宿場町という言葉が信じられないほど人通りは少なく、がらんとしていた。しばらく手入れされていないのか、瓦ぶきの屋根に苔がびっしりと生えている宿もある。


 ルカはため息を吐いた。


「今夜はまた野宿かな……ユナ、悪いな。国を出てばかりなのに無茶させちゃって」


「ううん、そんなことないよ。なんだか旅してるって感じで楽しい」


 正直なところ、シナジードリンクを飲んだせいかそこまで疲労感はなく、まだ気分が高揚しているのだった。





「あんたら旅のお人かえ」


 ハッとして振り返ると、いつの間にか背後に背の低い老婆が立っていた。縦縞の着物に白い前掛けをつけている。老婆は皺くちゃの頬をもぞもぞと動かしながら、キーキーと高い声で言った。


「あたしゃホットレイクを取り仕切る女将おかみだよ。あんたらどっから来たんだい」


「コーラントからだよ」


「コーラント? こりゃまた珍しい。じゃが、コーラントからの船便はキッシュの港に着くはずだろう」


 馬鹿、とアイラが肘でルカを小突く。その様子を見て老婆はカッカッカと豪快に笑った。


「良い良い、もとよりホットレイクは来るもの拒まぬ静養の地として栄えた町じゃ。客の素性は問わぬのが女将の流儀よ」


 三人はほっと胸をなでおろす。しかし女将の方は地面を見ながらふーっとため息を吐く。


「悪いねぇ、せっかくのお客は存分にもてなしたかったが……見ただろう、この町はもうおしまいだ。あんたらに出す食事も寝床もねえ。どうか他をあたられよ」


「そんなぁ……」


 ルカは再びうなだれる。アイラも顔には出さなかったが、峠越えをしたあたりから煙草の本数が増えていた。


「あの……この町で何かあったんですか?」


 ユナが恐る恐る尋ねると、女将は寂しそうな顔をして言った。


「ずいぶん前にな、この町の名物がなくなっちまったんだよ。破壊の眷属けんぞくの襲撃に遭って、あたしらにとっては命よりも大事なものを奪われちまったんだ」


「その名物って?」


「それは……」




 女将は途中で口をつぐみ、飛び出しそうなほど目を見開いた。いきなり女将に見られたルカはびくついて、手に持っていたものを落としてしまった。女将の視線はそのままルカが落としたものを凝視する。




「あんた、それを一体どこで……!?」


「破壊の眷属が落としてったんだよ。おばーちゃん、この鍵の持ち主知ってるの?」


 女将はぷるぷると小刻みに震えながら、ルカが落とした鍵を手に取った。小さな鍵をじっと見つめ、ポロポロと涙をこぼす。


「まさか破壊の眷属から取り戻す日が来ようとは……! これこそがまさに、ホットレイク復興の鍵……!」


「まぁ、鍵だけにな」


「シッ。そういう意味じゃないでしょ」






 女将はよろよろと歩き、町の中心に向かう。ルカたちは黙って後を追った。そこにはび付いた水門があり、しっかりと閉ざされているようだ。水門からつながる水路は各宿にそれぞれつながるようになっているが、今は水は流れず枯れてしまっている。


 女将は水門の鍵穴に、ルカが拾った鍵を差し込んだ。ガチャリ。鍵が回ると、ふわっと硫黄の香りがし、徐々に開いていく水門の隙間から白い湯気が立ちこめた。水門からは湯が溢れ出て、枯れた水路を勢いよく満たしていく。


 女将はゆるりと振り向くと、うやうやしくお辞儀をした。




「歓迎しますぞ、旅のお方。ようこそ、温泉の町ホットレイクへ」


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