mission2-3 カリオペの歌
周囲を取り囲んでいた破壊の
魔物たちが逃げ出す様子はなかったが、どう見てもアイラの方が優勢だった。相当な数の弾を撃っているはずだが、彼女はまだ息を切らす様子はない。
「アイラの戦い方をよく見ておくといいよ。あんなに神石を自在に操れる人はそういないからね。おれもよく勉強させてもらってる」
「そうなの? ルカだって使いこなしてるじゃん」
ユナが首をかしげると、ルカは決まり悪そうに言った。
「おれは全然だよ。おれが使える力は、創世神話に伝わるクロノス本来の力には遠く及ばない。アイラにはまだまだ修行が足りないってよく言われるよ」
「瞬間移動ができるだけでも、十分なことだとは思うけど……」
むしろ本当に神話通りの力を使えるようになったら、ルカはどうするつもりなのだろう。
クロノスは時の神。世界の時間を司ったと言われている存在だ。そう考えると、急に隣に立っている青年が遠くにいるような気がしてくる。
当のルカは気楽なようで、そうだ、と何か思いついたように言った。
「せっかくシナジードリンクも飲んだことだし、神石の基本的な扱い方を教えるよ」
「シナジードリンク?」
「ああ、シアンのエナジードリンクを略してシナジードリンク。飲むと神石との同調力が弱くなるから、意味合い的にもあってるだろ」
「ま、まぁそうだね」
「早速だけど、ユナはもう神石の声を聞いたかい」
「神石の声? あ、もしかして」
ユナは右腕のバングルに手をかざしてみた。ウラノスにいた時よりはぼやけていたが、うっすらと声が聞こえてきた。
“おおユナよ。やっと耳を傾けてくれましたね。あなた、何か変なものを飲んだでしょう。他の八人は眠ってしまって、今は私しかおりませんよ“
ユナはハッとしてバングルから手を離す。声は何事もなかったかのように聞こえなくなり、急に銃声や破壊の眷属のうめき声--現実の音が耳に入ってくる。ルカはにっこり笑って言った。
「おれにも聞こえたよ。ユナの神石に宿る神様の声だ」
「やっぱり、これが神石の声だったんだ……」
「ちゃんと会話してみてごらん。神石が覚醒すると、共鳴者はその神石の声が聞こえるようになる。力を使いこなすためには、まず神石と会話できるようになるところから始めるんだ」
「今はいいよ、アイラさんが戦っているのに」
「いや、敵がいる時の方が神石の声が聞こえやすいんだ。大丈夫、アイラのことは心配ないし、おれが周りを見てるから。ユナは集中して」
そう言ってルカは自分のネックレスを外し、大鎌に変化させた。
そうだ、自分も早く彼らと一緒に戦えるようになりたいと思ったばかりだった。ユナはキュッと目を閉じ、再びバングルに手をかざす。
(今までゆっくり話す時間がなくてごめんなさい。私はユナ・コーラント。あなたは……?)
心の中で問いかけると、また声が返ってきた。優しげで、包み込むような声だった。
“私はカリオペ。九柱の歌の女神、ミューズの一人です”
(カリオペ……ミューズ……それが、あなたの名前)
“他に八人もいるので少々覚えづらいかもしれませんが、徐々に知っていってくださいね。私たちはそれぞれ得意な歌が違いますから”
(確か、ウラノスではエラトーが歌を教えてくれたよね)
“ええ。あの時は驚きましたよ。声が聞こえたばかりだというのに、力までちゃんと発揮できるなんて。迷いは、もうなくなったのですね”
(うん。これからはちゃんとあなたたちと一緒に歌えるようになっていきたい)
カリオペの姿は見えない。しかし、ユナの頭の中では一人の女神の絵が浮かんでいた。入り江の洞窟の石板の絵の中で、中心に立ち穏やかな表情で微笑んでいた女神。なんとなく彼女こそがカリオペなのだという気がしていた。
“いいでしょう。今日は私の歌を教えて差し上げます。きっと彼女の役にも立つはずよ--”
ユナは息を大きく吸った。旋律は自然と頭の中に浮かんでくる。
白銀の馬
清き風をその身に
ユナが歌い終えると同時に、アイラの身体の周りがぼうっと薄桃色の光に包まれた。
「これは……」
アイラは不思議そうに光に包まれた自分の身体を眺める。温かくて心地がいい。
一体の破壊の眷属がアイラの
「なるほど、そういうことね」
アイラは銃を下ろすと、無防備に突っ立った状態になった。敵が襲いかかる--しかし、彼女がパッと手を広げると、またぼろぼろと崩れていった。
ユナは歌い終わっても以前のように倒れることはなかった。シナジードリンクを飲んでいたおかげだろう。再びバングルに手をかざすと、カリオペの声が聞こえてきた。
“私の歌が持つのは守りの力。不浄なものを寄せ付けない、不可侵領域を作ることができます。今は力が制御されているので、一瞬しかもちませんが”
すでにアイラの周りの光は薄れ始めていた。しかしもはや彼女の前に立ちはだかる魔物はいない。二十体はいた破壊の眷属たちは、バラバラに地面に散って黒煙を
アイラはポケットから煙草を取り出し、慣れた手つきで火をつけ、二人の方へ戻ってきた。
「ユナ、なかなかやるじゃない。体力温存できて助かったわ」
「な、言った通りだったろ。ユナがいればおれたちにとっても心強いってさ」
二人に褒められて、ユナは少し顔を赤らめた。腕輪はさっきよりも熱を帯びている。
(ありがとう、カリオペ。これからもよろしくね)
“ええ。私たちはいつでもあなたのそばにいますよ”
--ガシャン
「! アイラ、危ない!」
ユナは音のした方を見て、慌ててアイラの背後を指差す。倒れたはずの破壊の眷属が起き上がり、アイラに襲いかかろうとしていたのだ。
しかしアイラはふっと笑うと、左手で銃をくるくると回した。
「これで--最後よ」
バンッ! アイラが左腕で弧を描きながら、背後の破壊の眷属に向けて撃った。銃口からはただの銃弾ではなく、激しい砂嵐が噴き出た。砂嵐はすでに倒れていた破壊の眷属の残骸も巻き込み、粉々にしていく。
アイラがチャッと双銃を下ろすと、同時に砂嵐が消えた。後にはただサラサラとした砂だけが残っていた。破壊の眷属がいたという形跡すらない。
ユナは思わず感嘆の声を漏らす。
「神石って本当にすごいんだね。今ならマグダラ様の預言の意味もわかる気がする」
双銃はすでに元のピアスの形に戻っていた。アイラはゆっくりと煙を吐きながら空を見上げる。
「そうね。でもこの力があっても、今まで『
もう日が傾き始めていた。三人は着陸した時に散らばった荷物を集め、浜辺の先の街道に出ようとする。ふと、ルカの視界の隅でキラリと何かが光った。砂の上に何かが落ちている。
「ん、何だこれ」
小さな鍵のようだ。ところどころ
アイラは懐から折り畳みの地図を取り出し開く。世界地図だ。
「ホットレイク……確かこの辺りにある宿場町ね。その町の人の落し物じゃないかしら」
アイラは再び地図を見て、指で街道の線をなぞっていく。ホットレイクはアルフ大陸極東部に位置している。今いる辺りからは一番近い町だ。アイラは頷くと、地図を畳んで言った。
「ずっと移動で疲れたことだし、今日一日歩いたところでキッシュはまだ遠い。一度この町に寄って休んでおきましょう」
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