第十三話 夏祭り


十三の一、  逆鉾神社


「ああ、黎花れいかちゃん」

「こんにちは、河北かわきたのおばぁちゃん」

 さっきまでとは明らかに違う声色で、手ぬぐいを帽子替わりに巻いている老婆に応える。それを聞いて、貴智は「うへぇ」と心の中でつぶやく。

「……結構、人集まったんですね」

 黎花が作業をしている人たちの方を見ながら言う。

「そりゃぁ、なんたって黎花ちゃんの頼みだからねぇ。老人会のみんなは全員来てるんじゃないかねぇ?」

 黎花の姿に気づいた何人かが手を振る。それに応えて黎花が手を振ると、石でできた階段の先から笑い声があがる。それを見て、貴智の祖母がふふふと笑う。


「話は戻るけど、お前は第25行政区魔法大学にじゅうごだいの方に行かなくていいのかよ」

「ああ。そうね、あっちはさかきって朝比奈家の人間と亮平に任せてあるからね。私が行っても、たぶん邪魔になるだけ」

 意外とあっさりした返答だったので、貴智が重ねて尋ねる。

「……お前のことだから、自分で交渉するのかと思ってたけど」

「まぁ別に。彼らの方がこういうときの経験値は上なの知ってるからね。私が行ってややこしくなって時間ロスするのも嫌だし……わりとそういうのわきまえてるつもりだけど」

 黎花はそう言って肩を竦める素振りをすると、「意外と現実主義者なんだな」という貴智の言葉に、「まぁね」と返す。


「……で、何で来たんだよ? まさか手伝いに?」

「まさか。あれよ、あれ」

 そう言って黎花は白い軽自動車を指さす。続けて大きく息を吸って、皆に聞こえるように大声を張る。


「皆さーん! お茶持ってきましたので、少し休憩にしましょう!」



 ガヤガヤと皆が思い通りに喋っているなかで、麻衣が自分の車で運んできた冷たい飲み物を配っている。しばらく手伝っていた貴智も全員にペットボトルがいきわたると黎花と自分の祖母の近くに戻ってきた。

「ホントに役場の人間除いて、村の全員来てるんじゃないかって数だな」

「それだけ、黎花ちゃんのことをみんなが好きってことなんじゃないかねぇ。おじいちゃんも来たがっていたんだけど」

 貴智の祖父はコンビニとなった河北商店で、貴智の代わりに店番をやっているため、ここには来ていない。

「それにしても、逆鉾神社さかほこじんじゃの夏祭りなんて、何十年ぶりかねぇ。私も今の今まで忘れていたくらいに、だいぶ小さな頃に見た記憶しかなかったのだし」

 貴智の祖母がそういうと近くに居た老人たちが、「おお、俺もだ」「私もよ」とか「昔は参道から村の入口まで縁日の出店が出ていたのにね」などと相槌を打つ。

 それを聞いて、貴智と黎花の目が合う。やはりこの村では、あの門の装置によって神社の『認識』が操作されていることは間違いなさそうだ。



 思い出話をしている村の人たちに向かって、黎花は穏やかに話しかける。


「皆さん、お手伝いいただいてありがとうございます。また、私を含めた新しくこの逆鉾村に来た人と、昔から此処で暮らしている人との交流を深めるという目的で『逆鉾神社の夏祭り』の復活に賛同してくれて、本当にありがとうございます。

 私はこれからまた役所の人たちと話し合いに行ってきますので、皆さん、体調に気をつけて下さいね。夏祭り、みんなで成功させましょう!」


 そう言って余所行きの顔でにっこりと笑うと、さっきと同じく歓声が上がる――おそらく黎花は自分の魅力の”使いどころ”がわかっているタイプの人間なんだな、と貴智が認識を改める。



 黎花は石階段の先に少しだけ見えるボロボロの社殿を見て、にやりと口角を上げる。そして、すぐさま車に向かうのだった。





十三の二、 五日前、河北商店イートインスペース


「…………でもそれって、召喚される幻獣の意志だったり、もっと言えば彼らを作り上げた人々の想いみたいなものはまるっきり無視することにならないか?」

 貴智が黎花の『現読うつしよみ』による契約式の採取についての疑問、というより感情的な意見をぶつける。

「何言ってるの、貴智。相手は”ただの魔力の塊”だよ?」

 きょとんとした様子で貴智の方を見ながら黎花が答える。


 それもそのはずで、幻獣に対して特別な感情というものを抱いたことがなかった黎花にとって、貴智の『幻獣あるいはその基となる共同幻想を作り上げた人々の感情に配慮しなくていいのか』という意見は、斬新を通りこして、何でそんなことを思いついたのかという興味さえ湧くほどであった。



「そりゃぁ、共同幻想きょうどうげんそう自体が言い伝えとか伝承、噂話なんかをベースに構築されているわけだから、そこから作り上げられた幻獣もその話に沿った形の”振る舞い”はするけどね。でもそれはあくまで仮初の性格や意志であって、本物のそれとは違う」




「――――でも、アイツは違った」

 一呼吸あけて、黎花が神妙な面持ちで続ける。

「幻獣が術者から与えられた『命令』ではなく、何かの『約束』を守るために行動するなんて聞いたことがない」


「……それがお前が『あの幻獣に固執する理由』ってことか。研究対象として希少だから危険な目にあってでも……なんてのは魔法学者特有のもんなのかねぇ」

 貴智はため息と同時にそうつぶやく。それを意に介さないように黎花は澄ました顔で聞き流している。



 一人、麻衣だけがうーんとまだ唸っている。


「あ、あのさ。これまでの話ってちょっとおかしくない?」


「……おかしい? どうしてそう思うんです?」

 黎花は麻衣の方に向き直る。


「うーん……だってそうでしょ? 最初の質問でも言ったけど、あの龍神がこの村の人間に『自分を認識できなくするようになる』って魔法をかける理由がどこにもない……そう、どこにもないのよね。それと、もう一つ――」

 麻衣は一つ一つ整理するようにテーブルの上に置いてあった手拭き紙に、持っていたボールペンで書き込んでいく。


「あの逆鉾神社にいた幻獣は、元々はこの村で信仰されていたいわゆる”神”と呼ばれるもので、そのクラスの魔力を持った幻獣はなかなか生じない……そうでしょ?」

 麻衣の言葉に黎花が頷く。

「そして、本来は”彼”は自分に信仰や畏怖を集めないといけないのに、何故かその逆になるような魔法を村全体にかけている……ここが一番わかりやすい疑問ね」

 麻衣がそう言うと、傍にあったアイスコーヒーのグラスの中の氷がタイミングよくカランっと鳴る。

「でも、本当におかしいのはそんなことじゃなくて……いや、それも関係あるのかな? なんか混乱してきたけど


 あの幻獣、何で召喚者? 術者というのかな? とにかく使のかしら?」



 貴智が「ああ!」と声を上げる。


「たぶん、あの幻獣はずっと具現化したままで、常に魔力を放出しているような状態なのに、さらに追い打ちをかけるようにあの『門』の魔法で魔力の供給源を絶っている……まるで、早く自分から死にたいみたいな……」


 驚くような目で麻衣を見ていた黎花がパンっと手を叩く。



「凄い! 凄いですよ、麻衣さん! ”常時発動型青魔法”にも気が付くなんて!


 そう、普通は幻獣というのは膨大な魔力の塊に契約式という青魔法の制御を与えて、一時的に具現化しているものです。

 だから、通常は召喚者が契約式という設計図を消す――術者が自身の魔力で補っている部分を無くすと、自然とただの『共同幻想』に戻ります。さっき話した私の『現読み』はこの共同幻想に作用して、その契約式を逆算するというものです。

 

 でも、稀に術者の手を離れても、自身で契約式自体の複製を作り続けることで具現化し続ける幻獣がいるんです――これを”常時発動型青魔法”と呼んでます」


 興奮した様子で黎花が続ける。


「例えば、南西諸島・黄島の『河に住まう龍』、国の建国時からずっとその上空を飛び続けているとされる『吉凶を告げる足のない鶏』、北極点と南極点に一体ずつ存在している『天を仰ぐ猿』――――それに、先の大戦で失われた櫻国わがくにの『目隠しをされた老婆』がこれまでで確認されている常時発動型青魔法です。彼らはどんな術者がいつ召喚したのかさえわからない謎の多い幻獣で、彼らを使役することは基本的にはできません」


「基本的には?」

 黎花の最後の言葉に反応した貴智が聞き返す。


「そう――例外もあるのよ。南西諸島内戦で滅んだ黄家の人間だけは、『河に住まう龍』を特殊な魔法具を用いて使役さできたとされているから、多分、この幻獣は黄家の祖先にあたる人々が召喚したものなのでしょうね……そして、あいつは六体目の”神”と呼ばれるほど高位の常時発動型青魔法ってわけ」

 黎花はにやりと笑う。黎花の思惑が、逆鉾神社の幻獣を使役することにあるのがよくわかる。


「でもそれなら、お前の『現読み』で契約式を読み取ったとしても、あの幻獣は使役できないってことになるんじゃないか?」

「まぁ、そういう可能性もあるわね」

「じゃぁ何で……」

「それについては一応対策も考えてあるのよ」

「対策?」

「それは――」




十三の三  再び、逆鉾神社


「そのために、逆鉾龍命さかほこたつのみことへこの村の人間たちの新しい畏怖や信仰を与える――か、何度説明聞いてもさっぱりわからん」

 裏方として準備を仕切っている貴智がぶつぶつと呟く。それを聞いて、貴智の手伝いをしている亮平が「ははは」と苦笑している。

「そのおかげで黎花”様”の浴衣姿が見れるんだから、ありがたく思いなさいよ」

「ああ、うん……はい、そうですね」

「ぐっぎぎぎ……本当に解雇するぞ!」

「はいはい」

 イライラを爆発させて訳のわからない言葉を投げかけてくる黎花と、それをなだめる亮平をおいて、貴智が神社へ続く階段を見上げる。


 村の人間が総出で掃除を行い、外部の業者を呼んで石畳や階段も補修して、ついこの間までは書いてある文字さえ読めなかった鳥居も『逆鉾神社』とちゃんと確認できるまでになっている。


 まだ拝殿や社務所などは修理されていないものの、境内の雑草も綺麗に払われていて、鳥居の外の参道沿いにたこ焼きや箸巻きなどの出店が出ている。徐々に辺りの日が落ちてくると、ソースの香ばしい匂いが漂ってくる。中には貴智でも初めて見るようなものもあって、『ポッポ焼き』というのぼりが出ている。売っているのはお菓子らしく、その一角だけ甘い匂いがする。

 最後の一個を飾り付けたところで、参道の両脇に吊るした電飾提灯の電源を入れる。ぎらつく人工的な光が和紙に遮られて、ぼうっと仄かな灯りに変わる。その淡い橙色の光と普段は何もない山の麓の木々と一緒になって、幻想的な風景を作り上げている。


「……綺麗ね」

 いつの間にか貴智の横に黎花が立っていて、まっすぐ神社を見上げながら言う。

「そうだな。動機はどうであれ、お前のおかげで、じいちゃんやばあちゃんにこんな祭り見せて上げれて、本当に良かったよ」

 貴智が素直にそう言うと、黎花は慣れていないのか顔を真っ赤にして、しどろもどろに応える。

「そ、そうでしょ。もう少し、わ、わわたしにかか感謝してもいいんだからっ!」

「……そこは噛むなよ」

「くーーーーーっ!!!」

 黎花は真っ赤な顔のまま抗議のまなざしで貴智を見上げる。

「ほら、村長の話が始まるぞ」

 はぐらかす貴智に「後で覚えときなさいよ!!」と吐き捨てて、黎花がメインステージに向かう。


 濃い藍色の浴衣に、翡翠色の水草の間を泳ぐ若紫わかむらさきの金魚が描かれていて、後ろ姿も普段の黎花とは違って見える。黎花が歩くたびにひょこひょこと後ろで留めた髪が左右に揺れ、その間から白いうなじが覗く。


 黙っていれば可愛いのに――と、考えているとメインステージから村長の声が響く。



『あー皆さま。このたびはお集まりいただき、ありがとうございます。長らく実施しておりませんでした、この逆鉾神社の夏祭りを逆鉾開発の社長である、”松田”黎花様のご協力で数十年ぶりに復活することが出来たことは――』


 禿げ上がった頭で小太りな村長の横で借りてきた猫のようにおとなしく、清楚にふるまう黎花を見て、貴智は思わず吹き出してしまうのであった。




(続く)

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