第十二話 現読み(うつしよみ)


 コンビニエンスストアに生まれ変わった河北かわきた商店に場所を移す。当然のことながら、店内はエアコンが効いていて涼しい。黎花れいかの指示で作った広めのイートインスペースのいくつかのテーブルには、近くの役所の人間がコーヒーを飲みながら何かしらの打ち合わせをしている。

 貴智たかさとが『予約席』の札を置いていたテーブルにアイスコーヒーを人数分運んでくる。それを「すいません」と亮平りょうへいが受け取る。


「……さて、と」

 麻衣まいはテーブルを囲む椅子の一つに腰を下ろし、好奇の目で黎花の方を見ている。貴智が新しく雇ったアルバイトの女性に「少し一人でお願いできるかな?」と指示を出し終わるのを待って、黎花がわざと小さく咳ばらいをして話し始める。


「えーと、麻衣さんの疑問は『何故リスクがあるのにあの門を壊そうとしているか』ってことですよね?」

「そうやね。あと、さっきの契約式……だっけ? それを手に入れるのとあの『門』の関係もいまいちわからないかな」

 麻衣が頷きながらそういうと、貴智が割って入る。

「俺は『何でお前があの幻獣に固執するのか』ってのも気になるな」

「ああーなるほど。黎花ちゃんは東都とうと大学で青魔法学んでたくらいのエリートさんだし、何でこんな辺鄙へんぴな村の誰も覚えていないような幻獣を手に入れたいと思ってるのかも――確かに謎やね」

 麻衣が貴智の疑問に同調して続ける。黎花はそれを聞いてニコッと口角を上げるとアイスコーヒーを一口飲む。


「……じゃぁ、一つずつ話をするとして、少し順番入れ替えましょうか。最初は、『契約式を手に入れるために、何故あの門を壊したいのか』ってところから。


 契約式――召喚契約魔法式って、それぞれの共同幻想げんじゅうごとに大きく異なるんです。どのくらい異なるかっていうと、魔法式自体の文量ってのは当たり前ですけど、使われている魔法式の文法だったり、幻獣への"呼びかけ"に使う言語の種類だったり――そして、魔法式を構築するために使ってる魔法文字ルーン自体が違ったりします」


魔法文字ルーンが違う?」

 思わず貴智が聞き返す。

「そう、使っている魔法文字ルーンが私たちが使っているものとは異なる場合があるの」

「そんなことってあるのか? 俺は青魔法や呪術みたいな詠唱・記述式魔法なんて使えないし詳しくないけど、魔法文字ルーンなんてよく知られている24種類しか知らないけど」

 黎花は休憩とばかりに自分のカップのコーヒーに目をやり、少しずつ啜る。

「一般的にはそうね。特に初期の記述魔法と呪術に限ってはその24種類以外の魔法文字ルーンは使わない……そもそも、呪術なんかは3文字で一つの意味を持たせる『近代魔法文法』を使っているから、24種類をそれぞれ使うよりも、使いやすい数種類の魔法文字ルーンを使って、その方が楽だしね」

 両手で持っていたカップをもう一度テーブルに置き、黎花が続ける。


「じゃぁ貴智は、それぞれの共同幻想げんじゅうたちが、その設計図である『固有の契約式』を持っていて、それが使ってる魔法文字ルーンからバラバラだとすると、最初にしないといけないことは何かわかる?」

 黎花に話を振られて、うーんと唸ったあとで貴智が自信がなさそうに答える。

「まずは使ってる魔法文字ルーンを特定する……か?」

「うん。そうね、正解。でも、またあの龍神のところに行って何かしようとしてもまたぼっこぼこにされるのがオチでしょ? だから――」

「ああ、そうか! アイツが作ったと思われる『門』の記述魔法式の仕掛けを調べれば、アイツが使ってる魔法文字ルーンもおおよそわかるってことか」

 黎花の答えを待たずに貴智がそう言うと、黎花が「そう、そう!」と嬉しそうに返す。それを黎花の身辺警護と雑用をしている亮平がどことなく面白くなさそうに見ている。


「でも、どうやって調べるんだ? 25行政区魔法大学にじゅうごだいで調べるって言ってたけど、そんな難しそうな測定できる機械があるとは思えないけど……」

「確かに25行政区魔法大学って普通の地方大って感じだけどね。『現読みうつしよみ』ができるくらいの設備はありそうだし、ちょっと行ってみようかなって思ってるのよね」

? ……黎花ちゃんが凄いテクニックか朝比奈に伝わる秘術かなんかでバーンと一気に解決するわけじゃないんだ?」

「ははは……そんな都合のいいものなんてありませんよ、麻衣さん。研究って地道に一つずつコツコツしていくしかないです」

 黎花は麻衣の言葉に笑って応えると、紙と鉛筆を取り出して、説明を続ける。


「現読みの説明をする前に、ちょっとだけ別の話をしますね。


 ……術者の魔力を使ってヒトの治療をする白魔法にしろ、魔力を使って直接ヒトを傷つける黒魔法にしろ、実は呪術みたいな記述式魔法と同じようなプロセスを経て魔法の『効果』を得ているの。


① まず自分の使いたいと思い描いてる魔法に必要な魔力の大きさや形、効果などをイメージして、それを魔法文字ルーンに落とし込んで形式化する。これが『転写トランスクリプション』と呼ばれるプロセスね。


② 次に術者は転写された魔法文字ルーンを詠唱することで、治癒の光だったり、火炎球や衝撃波のような具体的な効果を持った"モノ"に具現化する――これが『翻訳トランスレーション』。


③ 最終にその具現化されたモノを使って対象を治療、あるいは攻撃する。これを『発現エクスプレッション』と呼ぶ……記述式魔法では『発動』と呼んでたりしますね。


 ……細かく言ったらもっと色々と複雑なところもあるし、そのプロセスの間に魔法触媒を使ったり使わなかったりの差はあるけどね。


 ね、こうしてみると、実は他の色彩魔法も青魔法や呪術と同じように、適切な魔法文字ルーンを文法に従って正しい順序で使う……いわゆる広義の記述式魔法と変わらないでしょ?」


 黎花の小難しい説明に麻衣がついていけずにうーうーと唸っている。


「でも、白魔道士や黒魔道士って魔法使うのにわざわざ魔法文字ルーンを文法に従って記述したりするわけじゃないし、全部が一緒ってわけでもないだろ?」

 貴智が当然の疑問をぶつける。

「まぁ完全に一緒ってわけでじゃないのよ。しかも、白魔道士や黒魔道士の人たちって感覚的にというか、技能的にというか……魔法を理論立てて使うというよりも、逆上がりとか自転車乗るのと同じ感覚で魔力の『転写』や『翻訳』をやってのけるから、普段そんなこと意識なんかしないしね」


「え、えっとそれで……その話が今回の話とどう繋がるの?」

 話についていけない麻衣が堪らず切り出す。

「あ、ごめんなさい。さっきから麻衣さんの質問答えずに話逸れてばっかりですね」

 そう言うと、残っていたアイスコーヒーで喉を湿らす。


「黒魔法の一つに、この魔法文字ルーンが『翻訳』され魔力が具現化されたモノ――例えば火炎球などを、元の魔法文字ルーンに戻して、その効力をキャンセルさせるっていう『逆翻訳リバース・トランスレーション』って対攻性魔法防御魔法アンチスペルがあるんです……まぁ、キャンセルって言っても、ごく一部の魔法にしか効かないし、呪術の汎用解呪式ディスペルであるジェネラル・アンチスペルのような絶大な効果があるわけでもないんですけど……


 でもこの『逆翻訳』を使えば、すでに効果を発揮している魔法を、そのごく一部だけでも魔法文字ルーンまで戻すことが出来る――それを応用して共同幻想げんじゅうの召喚契約式を読み取るのが『現読みうつしよみ』――というわけです」


「すごい!! 黎花ちゃんはそれで色々な幻獣を使役できるのね!」

 麻衣が声を上げて感心している。

「この間まで在籍してた東都大学ではこの現読み自体を自動化オートメーションしてて、サンプルを採取してそれを機械にかければ少しずつ解読できていたんですけど……たぶん25行政区魔法大学にはそれはないので、手作業にはなりますけど」

 しかし、それを聞いた貴智は眉をしかめ難しい顔をしている。

「…………でもそれって、召喚される幻獣の意志だったり、もっと言えば彼らを作り上げた人々の想いみたいなものはまるっきり無視することにならないか?」


 黎花は驚いたように貴智の顔を見つめる。


「えっ!? 何言ってるの、貴智。相手は"ただの魔力の塊"だよ?」


 いつの間にかイートインスペースのテーブルからは他の客がいなくなり、黎花たちだけになっていた。




(続く)

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