第十一話 召喚契約魔法式
「リョーヘイ。さっきのバック取って」
そう言われて「ああ、はい」と亮平がオレンジ色のリュックを黎花に渡すと、ごそごそと中を漁っている。傷が痛むのか、時々動きが止まりながら、『門柱』の一部を採取すると、それを褐色の瓶容器に入れ、サインペンで瓶に何かを書きこんでいる。
「ん? あれ? ……あの、黎花ちゃん? さっきのウチの出来の悪い脳味噌で考えてみたんだけど……質問の答えになってなくない?」
麻衣が首を傾げている。
「あ、そう言えば」
それに貴智も同調する。
「だって、あの龍神って奴が何の目的か知らないけど、この門の仕掛けを使って私たち村の人間から認識されないようにしてるとしたら……この門、どうしたって黎花ちゃんの目的には何も影響しないんじゃないの? というか、今の状態の方がかえっていいような……」
「……麻衣さんって、やっぱり肝心なところだと鋭いんですね」
麻衣の問いかけに、にんまりとした表情を浮かべて黎花が答える。
「それって、褒めてるかなぁ」
と、苦笑いで麻衣が返すと、「ちゃんと褒めてますよ」と黎花がフォローする。
「確かに、この門の仕掛けがあった方がアイツの力が抑えられていいんですけど、それって同時に、このエリアではワタシの使役する幻獣の具現化にも影響及ぼすってことですからね」
「具体的にいうと、同じ幻獣を具現化するにしてもいつもよりも魔力を多く消費するし、具現化自体も安定せずにすぐに消失してしまうって感じです。このこと自体は、実はアイツと戦うちょっと前から試していたんですけど」
その返答を聞いた麻衣が腕組みをして、うーんと唸りながら返す。
「……だから、この門の仕掛けを壊すってこと? それって自分の手持ち戦力を最大限活かそうとすると、向こうも戦力が増強してしまうってことよね? しかも、相手にどのくらい影響があるのかわからないって、ちょっと”策”としてはどうかなぁ」
黎花はあまり表情に出さないように、(やっぱり、この人、戦い慣れてるのね)と麻衣をじっと見る。
「それに、その門の仕掛けってすぐにわかるものなの?」
「まさか。そんなに都合よく何もかも進むわけじゃないですよ。今日はサンプルを回収して、近くの……ここの一番近くだと第25行政区魔法大学かな? そこに行って研究機器を借りて分析しないとわかりませんね」
まだ納得いかない様子の麻衣を見て、黎花はふふっと少しだけ笑うと、夏草の間に身を潜めていた小さなカエルをひょいっとすくって掌に乗せる。
「例えば――ですけど。このカエルの身体って細胞の集まりから出来ていて、その設計図は個々の遺伝子が"カエルの身体を作るために"必要な数だけ集まったゲノムなわけですよね?」
突拍子もない展開に麻衣がぽかーんとしているのを見て、黎花はさらに破顔して続ける。
「カエルの身体は、最初は一つの細胞――受精卵が細胞分裂でどんどん増えていって、その上で、決められた位置とタイミングで、"その場面と場所に必要な遺伝子"が働いて『形』を作っていく……でも、元をたどってみれば最初の一つの細胞とその中に入ってる設計図である"ひとそろい"の遺伝情報たち、それに最初期に必要ないくつかの装置やエネルギー源だったりでしかないんです」
麻衣だけでなく亮平も、そして少なくとも大学の教養教育で講義を受けているはずの貴智もぽかーんとした表情で黎花を見ている。
「前にも説明した通り、青魔法っていうのは人々が長い時間かけて見続けた魔力を帯びた夢のようなもの(共同幻想)を、術者の魔力を使って具現化するという魔法です。一言でいうといかにも簡単そうに聞こえるんですけど、実はこの『術者の魔力を使って具現化する』っていうところもいくつかのプロセスに分かれているんですよ」
「そこで、さっきのカエルの例え話なんですけど、ただ魔力のチャージだけを重ねていった『こういう神様がいるよ』って共同幻想は、受精卵の中に設計図と、具現化に必要な装置やエネルギー源としての膨大な魔力の塊がぷかぷかと浮いているような状態なんです。
それで、ワタシたち青魔道士は幻獣の設計図――召喚契約魔法式(契約式)と呼ばれるものを手に入れて、その契約式通りに決められたタイミングで必要な位置に必要なだけの魔力を配分して、『幻獣の形を作り上げる』んですよ。教科書によく載ってるポンチ絵だと、指揮者がタクトを振ってるような……ってわかりますかね?」
麻衣や貴智が「ああ、なるほど」とぶつぶつと言っているものの、おそらく誰も理解していないだろうな、と黎花がもう一度くすっと笑う。
「すでによく知られている幻獣だと、あらかじめ特殊な魔法紙にその契約式の一式を
ここまで言ったところで、ようやく麻衣が話についてくる。
「ああ、それであの龍神って奴から契約式を手に入れようとしてるわけね……ん? でも、やっぱり最初の質問に答えてなくない?」
黎花が声を上げて笑う。
「あはは、確かにそうですね。ごめんなさい。じゃぁ続きは河北商店で冷たい珈琲でも飲みながら。貴智、よろしくね!」
不満そうに憎まれ口をいくつか言いながらも、貴智自身も続きが気になるようで「ちょっと待ってろ!」と店に戻る。北国である第25行政区にあるとはいえ、さすがにこの季節は日差しが強く、たまらず額に手を当てるとすかさず亮平が日傘を差して影を作る。
「それじゃぁ、ワタシたちも行きましょうか」
そう言うと、黎花の掌で居心地悪そうにしていたカエルがぴょんっと跳ね、タイミングを合わせたように吹いた夏風に乗ってどこかへ行ってしまうのだった。
(続く)
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