第十話 結界



「……で、何で"ここ"なの?」


 あれから一カ月が経っていた。麻衣がまだ左足を引きずりふらふらと歩く黎花の身体を気遣いながら尋ねる。その問いかけに黎花が振り向き、少しだけ口角を上げる。

「ねぇ、麻衣さん。私が"あの神社"に向かう途中で話したことって覚えてる?」

「ん? なんだったっけ? …………ああ、あの青魔法の説明の話ね」

 麻衣は少し考え込んでから答える。

「そうそう、青魔法によって具現化される幻獣は魔力を持った人々が口々に語る夢物語のようなものに、長い年月をかけて少しずつ魔力が溜まっていって生み出される――そう話したよね」

 黎花は前と同じように右手の人差し指をくるくると回して続ける。


「その幻獣のもとである『共同幻想』は、信仰だったり畏怖だったり、その対象となる言い伝えや自然現象があるところで最も大きく成長するの……まぁ、成長というのが正しいのかどうかは別として。

 それは『神』と呼ばれるほどに長い間信仰や畏怖を集めた共同幻想でも例外ではない――というより溜め込んでいる魔力が膨大な幻獣ものになればなるほど、本来は『土地に縛られる』ような傾向を示すとも報告されている…………でも、それじゃぁ今回の件は辻褄つじつまが合わないでしょ?」


 やはり前の時と同じように、麻衣も亮平もそれに加えて、今日は居合わせている貴智たかさとまでもがぽかんとしている。それを見て黎花がフフッと笑うと、その弾みであの龍神につけられた傷が痛む。


「アイツが、あの逆鉾龍命さかほこたつのみことっていう龍神が、強大な力――少なくとも私を全く相手にしない程度の力を持っているのに、のかしら?」


 あっと麻衣が声を上げる。


「そう言えば……ウチも古い神社があるってことは知ってたけど」

「俺もそうです。この”残念美人”のことがあってから、初めてあんなところに神社があるって知りましたし。ばぁちゃんに聞いたら、思い出したように『そう言えば』とか言ってましたよ」

 残念美人という単語に亮平がぴくりと反応したものの、当の黎花は「でしょ?」と気にもしていない。

「共同幻想という考え方からしたら、少なくともこの村の人間たちはアイツのことをおそれたり、うやまったりしているべきなんだけど、何故か村の人間たちはそうしていないし、それだとアイツはどんどんと弱っていくはずなのよね」

「弱体化しているのにあれだけの力を……」

 亮平がぼそっとつぶやくのを黎花が横目で見る。

「で、それは多分"これ"が知ってるはずなのよ」

「"これ"……ですか?」

 黎花が左手で触れているそれを見て、亮平は思わず調子を外してしまう。

「"これ"って……ただの門でしょ?」

 麻衣と貴智も続く。

 黎花が肩を当て体重を預けているものは、村の入口の路肩に立った石柱で、その大部分が苔生こけむしている。


「そう、これ……これはね、ぱっと見じゃわからないだろうけど、『魔力中枢を持たない無機物の中に何らかの魔法式を封じる』っていう滅多に見ることができない高度な魔法技術を使って作った『魔法具』なのよ」


 少し興奮気味の黎花が続ける。


「おそらくこの魔法具に封じられている魔法式は、この結界内で『あの龍神に関する共同幻想』が認知されないように、村全体の人間の意識を妨害ジャミングしている」

 他の三人が――おそらく不可解なその結界について怪訝けげんに思って――暗い顔をするのに反して、黎花は嬉々として続きを話す。その特徴的な真っ黒い瞳には力がみなぎっている。


「こんな魔法が存在するなんてことも初めて知ったわ! 大学や大学院の講義でも出てこなかったし。こういう"わからないこと"あるととことん調べたくなってくるじゃない?」




(続く)

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