第六話 共同幻想
一、
「おっはよー! よく寝れたかな?」
「ええ、久しぶりにゆっくり寝れた気がします」
実際、
「……そっちのお兄ィさんも、満足できたかな?」
続いて、麻衣は亮平に声をかける。
「ええ、もちろんです!
興奮した様子でいう亮平に軽くひきながら、「……ああ、そう。それはよかったわね」と麻衣と黎花が声を揃えて言う。
「……ま、まぁ、気に入ってくれたなら嬉しいよ。また、たまには遊びにおいで?」
「もちろん! ちょくちょく寄らせてもらいます! あ、そうそう。麻衣さん、この村で神社とかお寺ってないかしら? 一人で歩きまわった限りでは見つけられなかったんだけど……」
黎花が思い出したように尋ねる。
「神社かお寺? 神社ねぇ…………」
麻衣は考えこむようなポーズで、唸る。
「ああ! こことは反対側の村のハズレに
「本当に!? やったぁ!」
「ありがとうございます」
とそれぞれにお礼をいい、また麻衣の白い軽自動車に乗り込むことになった。
二、
でこぼことした村の悪道を二十分くらい進むと、ただでさえ山奥の逆鉾村のなかでもさらに山奥という言葉がぴったりな場所に出る。村の中心部である役場や河北商店跡地のある辺りでさえ道は細いのだが、この辺りになると車一台がかろうじて通れる程度で、路肩には背の高い草木がぼうぼうに伸びている。
「あ、ほら、あれあれ。あの山が村の名前にもなってる『逆鉾岳』っていう山なんだけどさ。で、その麓に確かボロボロの神社の跡地があったと思うのよね…………でも、そんなところに何の用なの?」
昨日の一件以来、黎花を興味の対象として見ている麻衣は、好奇心からそう尋ねる。
「――――
いや、知らないという感じで麻衣と亮平が頭を振る。
「じゃぁ、少し長くなるんだけど……
魔法が”発見”される前、まだこの世界の人々が神話とかお伽話のなかの神々とか化物を信じていた頃の話ね。その頃は、それぞれの地域で、『こんな神がいて、こういう奇跡を起こして、人々を救う』あるいは『脅威になる』みたいな話を、伝承の方法は様々だけど、人から人に伝えていくってことが普通に行われてたわけですよね」
黎花が後部座席で右手の人差指をくるくるさせながら、続ける。それを助手席の亮平は振り返りながら、運転席の麻衣は前を見ながら耳を傾けている。
「一方で、この世界の生き物は――少しの例外を除いて――みな魔力を持っているでしょ? そのなかで、動物とか植物の魔力を取り込んで使うのが、麻衣さんの使う緑魔法だし、白魔法とか黒魔法は術者自身の魔力を使う魔法ね。
……それで、この伝説とか神話、お伽話が人から人へと伝わっている過程で、魔力を持った人間の口から発せられた言葉が、次の人間を”信じこませる”というプロセスが、無数に繰り返されると、その神話や伝説自体が一種の魔法式のような性質を持ってくるの。これを――――」
「”不特定多数の人間が共同で作り上げた幻想”という意味で『共同幻想』という」
いまいちピンと来てなさそうな二人を見ながら、ハァという息をついてさらに黎花が続ける。
「まぁ仕方ないか。わかりにくいものね……かみ砕いて言うと、ある程度以上の人間の集団の中で、神話や伝説が長い年月をかけて伝わっていくと、『あ、こんな神さまがいるんだ』と思い込んだ人がそれなりに出てくるわけでしょ?
その人たちが、その神様や化物に、祈ったり、畏怖を抱いたり、もっというと想像したり、妄想したりするだけでも、本人には無意識のうちに、ごくごくわずかな魔力がその想像上の神様や化物にチャージされていくの。
この不特定多数の――術者には自覚のない――魔力のチャージが、長い年月をかけて繰り返されることで、本来は想像上の存在でしかなかったはずの神や化物に『魔力生物としての存在』を与える、言い換えると、神や化物を大多数の不特定の人間たちが、世代を超えて、共同に『作り上げる』ってことになるわけね。この作り上げられた魔法生物のことを、『幻獣』と一般的には呼んでるわけね」
麻衣や亮平はさらに頭を捻ったような顔をしているのだが、説明が少し楽しくなってきた黎花はさらに続ける。
「そして、色々と成約とか手順はあるんだけど、簡単に言うと、普段は具現化されていない幻獣を、自分の魔力を使って具現化して、使役するのが『青魔法』。
「ちょ、ちょっと黎花ちゃん? それで、何でこの神社に来たのかな?」
さらに長くなりそうな気配を察して、麻衣が慌てて話をさえぎる。
「ん? ああ、それはね。この村で
「これは酷いことになってるなぁ……」
ようやくたどり着いた逆鉾村の神社だった場所は、すでに境内には草木が生い茂り、狛犬も崩れてしまっていて、鳥居にかすかに『逆鉾神社』の四文字が見える程度のひどい状態になっていて、黎花も思わず絶句する。すでに社務所も
「とりあえず、本殿に行ってみましょうか」
黎花は、かつて参道だったと思われる場所を本殿に向かって歩き始める。少し遅れて、麻衣と亮平が続く。
境内を覆い尽くしている背の高い草木が、初夏に向かう爽やかな風で揺れていた。
(続く)
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