第四話 宿屋 前編



一、 河北商店前


 河北かわきた商店の解体・新築工事は、梅雨の長い雨のために度々中断されながらも、少しずつ進んでいた。その間、大友貴智たかさとは、村役場の一角、かつて――と言っても貴智が逆鉾村さかほこむらに来たときにはすでになかったのだが――売店があった場所を借りて、河北商店の営業を引き継ぎつつ、新しく建てる予定のコンビニエンスストア開業ための準備を始めていた。

 今日は雨のなか、黎花れいかが打ち合わせで訪れている。

「なぁ、どうでもいい事かもしれないが、何で『コンビニ』にしたんだ? 別に前の商店のままでもアンタの目的にはかなったんじゃないか?」

 貴智が前から思っていた疑問を黎花にぶつける。

「そんなの決まってるじゃない、通販の店頭受け取りサービスよ! このあたりって、軽貨物運送も少し遅れてくるでしょ? だけど、コンビニの店頭受け取りのシステム導入してしまえば、この周りの他の地域と同じ速さで来るの。頼んだアニメの円盤が遅れて届くとか許せないのよ、私は!!」

 黎花がドヤ顔で即答する。

「…………お前、”残念な美人”カテゴリーだったんだな」

 貴智が呆れた顔で言う。

「美人、ってところだけ聞いといてあげる」

 黎花はフンっと顎を上げ、きびすを返して役所を後にする。途中、役所の人間たちに声をかけられるとさっきとはまったく違う笑顔で手を振る。


 玄関を出たところで、河北商店の工事現場の前に見知らぬ白い軽自動車が止まっているのに気づく。

「ありゃりゃ、河北のじいちゃん達、ついに店畳んじゃったのかー」

 間延びした口調で話す、目の細い女性が工事現場の前で呟いている。どうやら河北商店のお客さんらしい。

「……あの。河北さんなら、あっちの役場の中で営業してますよ。今は老朽化した建物の建替え中です」

 黎花が女性の後ろから声をかける。

「えっ!? あ、え、そうなの? よかったー突然電球切れちゃって、隣町まで行くのには少し遅いから助かったよ!」

 笑うと細い目がよけい細くなったその女性は「ありがとう」と言って役場の方へ走っていく。(常連さんかな?)と、黎花はそのちょっと変わった女性客の後ろ姿を見送った後で、次の用事のために雨の中を歩き出した。




二、 逆鉾村入口


「――さて、と」


 役場の前の道を少し歩いた場所の両方の路肩に、苔で覆われた石柱が冠木かぶきのない門のように立っていて、村の入口を表す目印になっている。黎花はそのうちの一本に差していた傘を立てかけて、大きく深呼吸をする。


『汝、彷徨さまようう悲しき子供、羽根を持つもの、正しきものの味方。悪しきものに突きつける毒の短剣。此処に、その小さな羽根をはばたかせて、我と共に在れ』


「――おいで、ピクシー」


 幻獣への”呼びかけの言葉”に続けて、右手をかざし、自身の魔力を込めた魔法文字ルーンを詠唱する。

 すると、かざした右手の少し先に、黒い何かの結晶のような構造体が現れ、それがゆっくりと回転を始める。徐々に回転のスピードが速くなり、それが青白く光ったと思うと、次第に小さな羽根の生えた妖精の形になっていく。


 ――とその瞬間、妖精の形になったそれは泡のように消えてしまう。


「……うーん、ここもダメね。やっぱり、この村、ちょっと”ヤバイ”かも。というか、あのジジイ、わかっててこの村選んだのね……やっぱり、クソジジイだわ」

 石柱の片方の先を見上げて、雨に濡れる髪をかきあげる。


「れ、黎花様!? 風邪ひいてしまいますよ!!」

 黎花の代わりに貴智と打ち合わせの続きをしていた亮平りょうへいが慌てて駆け寄ってくる。黎花は「大丈夫よ」と立てかけていた傘をもう一度さす。ハラハラした様子で、亮平は自分のポケットからハンカチを取り出すと黎花に差し出す。


「おーい!」


 そこへ白い軽自動車が近づいて来る。さっきの目の細い女の人だ。

「お嬢ちゃん、さっきはありがとうね。助かったよ……って、ん? 何で、そんなに雨に濡れてるの?」

 なんでもありません、と黎花が答えるのを妨げるように、車に乗った女性が続ける。

「そうだ! ウチな、この村のもう少し奥の山の裾野で温泉宿やってるんよ。このままじゃ冷えて風邪ひいてしまうし、ウチの温泉で温まったら? さっきのお礼。さっ、乗って!」


 半ば強引に車に乗せられべっとりと張り付く濡れた髪をハンカチでふきながら、黎花は(あ、この人、ヒトの話を聞かないタイプだ)と、ぼんやり思っていた。




三、  逆鉾村奥


「さぁ着いたよ。蒼鷺館あおさぎかんへようこそー!」


 村役場のある村の中央部から車でさらに山奥へしばらく進んた高台の場所に、その温泉旅館はあった。それほど大きくない木造の建物で、玄関の上に流れるような櫻国おうこく文字で看板がかかっている。

「さぁさぁ、入って、入って! オーイ、いわおちゃーん! お客さんだよー」

 黎花を連れてきた女性が、大声で奥に向かって呼びかける。

「あ、自己紹介がまだだったね。私は葛木かつらぎ麻衣まい。この蒼鷺館の女将ね……で、こっちが旦那の葛木巌。雑用全般と料理長と、あと掃除と、あとなんだっけ? とりあえずそんな事を全部ね」

 奥の方から現れた190cmは超えてそうな大男がペコっと小さく頭を下げる。

(……というか、ほとんど旦那に任してるってことは、女将って何してるのかしら?)

 という疑問は、黎花も亮平もあえて口にしないでおいた。


「ワタシは黎花、”松田”黎花です。家の事情で、村営住宅に引っ越してきたばっかりで……」

 普段とは違う余所行きの言葉遣いで答える。

「黎花ちゃんか、よろしくね! ……えっと、そっちのお兄ィさんは?」

 麻衣は少し場違いな感じのするほど整った身なりの亮平をややいぶかしがる目つきで見る。

「町田亮平です! 黎花様の身の回りのお世話をしています」

 亮平がビシっと答えると、麻衣は驚いたように「お世話って、黎花ちゃんはどこかのお嬢様なの!?」という。ええ、まぁそれなりに、と黎花が亮平の融通の利かなさに辟易へきえきとしながら応える。

「ふぅーん、何か面白そうな話が聞けそうだねぇ。さ、体冷えちゃうし、温泉に入ろう!」

 半ば強引に、麻衣が黎花を引っ張って奥の浴場に向かう。


「……あ、リョーヘイ君はしばらく待っててね。ウチの温泉、混浴だからサ」


 「こ、こん!?」と前に見た黎花の下着を思い出して、亮平は口篭って顔を朱くするのだった。




(続く)

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