第二話 始動



 逆鉾村さかほこむらについて、すでに1週間が経とうとしていた。櫻国おうこく首都・東都とうとから新幹線と電車、そして路線バスにタクシーを乗り継いで、ようやくつけるようなど田舎の村である。名産といったものもなく、スマートフォンも場所によってはつながらない。


「あーやっぱり異世界ファンタジーものアニメをダラダラと見続けるの最高ね。私にも早く転生勇者様のような殿方が現れないかしら」

 黎花れいかは充てがわれた村営住宅の二階の一室で寝そべり、東都から持ってきたポータブルプレイヤーでアニメを見ていた。部屋着のままで、長く伸びた金色の髪も結わえることなく、ボサボサと乱れている。


「……お嬢様。さすがにもう少しなんとかなりませんか?」

 村営住宅の狭い玄関口からその様子を見ていた白髪頭の男が、ピシっとした格好で声をかける。

「何の用よ、さかき。どうせ誰も来ないし、来たところで、若い人間は私くらいのど田舎なんだし、別にいいでしょ」

 榊と呼ばれた白髪の男性が部屋のなかに入り、閉めきった部屋のカーテンと窓を開け、外の風を入れる。櫻国の北部に位置するこの村でも、ようやく暖かくなってきていて気持ちのいい風がびゅうと吹き込む。

「今日は御当主様からの伝言を。『今月に必要な金を言え』とのことです。それと――」

「一億!!」

 話の途中で黎花が叫ぶと、榊は呆気にとられる。

「お嬢様。私は真面目に……」

「私も大真面目よ。とりあえず、一億必要なの。それとこの近くの行政書士を紹介してちょうだい」

 えっ、という顔で榊が聞き返す。

「お嬢様……一体何を!?」

 ふん、とため息をついた後で、「まぁいいわ。教えてあげる」と立ち上がって、上着を羽織ると、村営住宅のドアを開けて、外の狭い外階段に繋がる通路に立つ。


「――ねぇ、榊。この村どう思う?」


「どう、とおっしゃいますと?」

 老紳士は穏やかに聞き返す。

「私ね、ここに来てから色々と歩いてみたんだけど……スマホが使えるのはあの役所の周りだけなのよ。で、その役所の近く、ほら、あの辺りに『河北かわきた商店』っていうおじいちゃんとおばあちゃんが二人でやってる小さな商店が一つあるの。この村で日用品が買えるのはそこだけ。そして、その向かいに郵便局」

 一つ一つおおよその位置を指でさしながら、黎花が続ける。

「それで驚いたんだけど、ここの役所って、働いてる人は村長も含めて隣の少し大きな村から通ってるのね。だから、役所から隣の村までの道は傷んでるけど、多少は整ってる」

「……でも、その他の道はダメね。11月の終わりから雪で通れなくなるって村の人が言ってたの分かる気がするわ」

「あと、この村寂れすぎてて議会がないのよ。『町村総会特例ちょうそんそうかいとくれい』ってやつね。こんなの、櫻国このくにでシステムとして動いてるの、初めてみたわ」

 黎花が「あと、ほら」とさらに続けようとするのを、榊が慌ててさえぎる。

「お嬢様、あなた一体何を!?」

 それに対して、ハァと短くため息をついて黎花が応える。



「私はね、この村を、『私の住みやすいように』開発するの」



 榊はまだ要領を得ない顔をしている。黎花はやれやれといった様子で続ける。


「いいわ、教えてあげる。確かに、どこから来たかもわからないようなこんな小娘の話なんて、普通誰も聞いてくれないでしょうね――だから、まず『器』が要るのよ。会社を作りたいの。そのためにも『とりあえず今月は一億ちょうだい』ってあのジジイに伝えて」

「失礼ですが、いくら会社を立ち上げたとしても、この村の人間が他所からきたお嬢様の話を聞くということにはならないのではないですか?」

 榊が厳しい口調で切り返す。それを聞いて、黎花はもう一度ハァと大きなため息をつく。

「……榊、あんた、何か勘違いしてない? 私が話をつけたいのは、この第25行政区の人間とか建築会社の人間であって、この村の人間ではないわ。もちろん、村の人間をヘタに刺激しないようにはするけどね……アンタ、政府がやってる『地域おこし』って何でいまいちパッとしないか考えたことってある?」

 榊が「いえ、特に……」と応えると、また大きなため息をつく。


「ハァ。もうそれが答えでもいいわ。結局ね、『地域おこし』なんて言ってても、金を出す政府の役人は一度も現地には来ないし、地方側の手を上げた人間たちの紙の上の計画書を見てるだけなのよ。『ここが困ってる』っていうリアリティが足りないのね、提案する方にも審査する方にも」

「しかも、その手をあげてる連中がその地域の声を全部反映なんてしてるのかしら?

 …………十中八九、してないわね。だって、こんな過疎すぎて議会もないような村ですら、話を聞いてみると、みんなばらばらなこと考えてたもの」


 それを聞いて「そんなことまでされていたのですか?」と、榊が感心する。


「ジジイは『数年間はかえってくるな』って言ってるんだから、自分の根城の近くを把握するのは当たり前でしょ。で、あまりの不便さに、私はこの村をカスタマイズしようって決めたの。どうせ、いろんな意見あって村の人間の理解得られそうにないし、最初っから自分のしたいようにするわ!」



「さぁ、始動よ!!」



 両手を腰にあて仁王立ちしたポーズで、黎花が気合を入れる。その顔は、やる気に満ちている。


「…………私は源一郎様の前の御当主から『朝比奈』家にお仕えしておりますが、やはりあなたは『朝比奈』ですね。亡くなったお父様やお母さまよりも、いえ、ひょっとしたら源一郎様よりも『朝比奈』らしいようにさえ思えます」


 「やめてよ気持ち悪い!」と即座に黎花が反論する。はっはっは、と笑いながら榊が続ける。


「伝言は確かに承りました。ちゃんとお伝えしましょう……それと、私は本家の仕事が有りますので、お嬢様の身の回りの仕事と警護は、あの者が担当します」

 そう言うと外階段の下で待っていた若い男に「上がってきなさい」とうながす。


「え、えっと町田まちだ亮平りょうへいと申します。今日から黎花様の警護と身の回りのお世話を担当します」

 階段を上がってきた男が冴えない様子で自己紹介をする。

「…………ちょっと、こんなので大丈夫?」

 確かに目の前の黎花と変わらない背格好の童顔の男は、おどおどとしていてだいぶ頼りなく見える。

「いえいえ、この男は見かけによらず、優秀な男ですから」

 すかさず榊がフォローを入れる。

「まぁ、いいわ。リョーヘイ、よろしくね!」

「はっハイ! 頑張ります!!」


 深々とお辞儀をする亮平をみて、ちょっとだけ「めんどくさそう」と思った黎花の金色の髪を、涼やかな5月の風が揺らしていた。




(続く)

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